第431話 水族館と映画館


「わ、私は……飛鳥さんの……ことが……っ」


 ゆっくりと紡ぎ出した言葉に、あかりの身体が更に熱を上げる。


 頬が火照って仕方ない。なにより、たった二文字を言うだけで、こんなに熱くなるなんて──


(や……やっぱり、無理っ)


 だが『好き』という言葉は、やはり簡単には口にできなかった。だいたい、二人きりでも恥ずかしいだろうに、人前で言うなんて──


「あかりちゃん、そんなに赤くなって」


「え……ッ」


 すると、大野が悔しそうにそういって、あかりは更に赤くなった。


 今、自分はどんな顔をしているのだろう?

 もう、穴があったら入りたい!


「あかりちゃん、そんなに赤くなるほど、神木君のことが、好きなの?」


「だから、好きだっていってるじゃん。この顔見れば、俺のことが大好きなのは、一目瞭然でしょ」


(ああああああああぁぁぁ!!!)


 そして、追い打ちをかけるように、飛鳥が、そう言って、あかりは自分の顔を両手で覆い隠した。


 やめて!!

 もう、やめて!!

 これ以上、何も言わないで!!


 羞恥心は、もはや限界だった。

 というか、いつまで続くの!?


「だから、早く諦めたほうがいいよ。大野さんが完敗するのは、目に見えてるわけだし」


「……っ」


 すると、あかりの気持ちを察してか、飛鳥がトドメを刺しにいった。


 どの道、付き合ってはいなくとも、実際に両思いではあるのだ。それ故に、大野さんが入り込む隙はない。


 だが、大野は、じとりと飛鳥を睨みつけると


「じゃぁ、なんであかりちゃん、泣いてたの?」


 おっと、そうきますか?

 泣いていた理由を、答えろと?


「ただの痴話喧嘩だよ。付き合ってれば、喧嘩の一つや二つあるでしょ?」


「痴話喧嘩?」


「うん。デートの場所で揉めてね。俺は、水族館に行きたいっていったんだけど、あかりは映画館がいいって言い出して」


「水族館と映画館?」


「うん。水族館で、今ペンギンの赤ちゃん産まれてるの知らない? 俺は、赤ちゃん見に行きたいなーって思ったんだけど、あかりは、今上映してる『ニャンピース』の映画が見たいって言い出して」


「そ、そうなんです! 私、ニャンピースが大好きで、いつか、でっかい猫とピースするのが夢なんです!!」


 なんとか二人で話を示し合わせる。

 すると、大野が、じっと黙り込んだ。


 信じてくれただろうか?

 これで、諦めてくれるだろうか?


「あかりちゃん、ニャンピース好きなの? 俺、ぬいぐるみとか持ってるよ。あげようか?」


 いや、そっち!?

 食いつくとこ、そこ!?


「い、いえ……ぬいぐるみは、飛鳥さんが、ゲーセンでとってくれるので」


(ゲーセン? 待って。俺、ゲーセンには、あまりいったことないんだけど)


 ちなみに飛鳥くん。ゲームセンターやカラオケに行くと、人だかりができしまい、お店側に迷惑をかけてしまうため、あまり行ったことがありません。


 だから、クレーンゲームは、めちゃくちゃ下手です。

 すると、大野さんが


「へー。でもさ。デートで揉めたくらいで、泣く?」


 うん、そうだよね?

 そのくらいじゃ、泣かないよね?


 しかし、もう乗ってしまった船だ!

 このまま押し通すしかない!!


「大野さん、あかりのニャンピース好きを舐めない方がいいよ。こいつ、めちゃくちゃ猫が好きだから!」


「そうです! 私、誕生日すら、猫の日ですから!!」


「誕生日も!?」


 あかりの話に、大野が驚く。


 ちなみに、日本の猫の日実行委員会が制定した猫の日は、2月22日。そして、その日は、あかりの誕生日でもあった。


「はい。私、猫が大好きなんです! だから、ニャンピースも大好きなんです! 映画の入場特典は、今しか手に入らないので、どうしても欲しくて、泣いてしまったんです!!」


 これでどうだ!!

 というか、もう引き下がってくれ!!


 これ以上、何か喋れば、墓穴を掘りそうだ!!


「そうなんだ……」


 すると、大野は渋々だが、どこか納得したような声を発した。


 やっと諦めたのか?と、飛鳥とあかりは、ホッと息をつく。だが、その後、大野は


「でも……なんか、取り繕ってるように見えなくもないというか」


「「!?」」


 鋭い!?

 意外と鋭いよ、大野さん!!


「だいたい、家を飛び出すほどの喧嘩して、本当に仲がいいって言えるの?」


「……っ」


 これは、完全に仲を疑われている!!


((ど、どうしよう……っ))


 二人は同時に、考え込んだ。


 どうすれば、この大野さんの気持ちを、折ることができるのだろうか?


 要は、疑う気持ちすら失せるほどの『何か』を見せつけないといけないわけだが、そんな方法が……


(あ……)


 すると、その瞬間、飛鳥がふと閃いた。

 飛鳥は、横にいるあかりを、そっと抱き寄せると


「そこまで疑うなら、今から、でもして見せようか?」


「!?」


 その言葉には、大野だけでなく、あかりも驚いた。


 キ……キス??





✻ あとがき ✻

https://kakuyomu.jp/works/16816927861981951061/episodes/16817330648363779709

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