第413話 恋と別れのリグレット⑭ ~出会い~


「あや姉、私、行ってくるね」


 二月下旬──


 美しく晴れ渡る冬の空の下、白いコートをきたあかりは、墓石の前にいた。


 このあとあかりは、一人で桜聖市に向かう。受験する桜聖大の場所や、予約したホテルからの距離を把握するためだ。


 そして、その前に墓地に立ち寄ったあかりは、今こうして彩音に手を合わせていた。


 『倉色家』と書かれた墓石は美しく磨かれ、菊の花がいけてあった。


 そして、この中には、あの日亡くなった彩音の遺骨が眠っている。


 あれから、丸3年が経ち、中学3年生だったあかりは、もう高校3年生。


 まだ幼かった理久だって、秋に誕生日を向かえ、8歳になり、春になれば小学4年生だ。


 季節は目まぐるしく流れ、緩徐に心を癒し、冷えきった倉色家は、あれから少しずつ笑顔を取り戻していった。


 そして、先日の家族の前で決意を固めたあかりは、どことなく清々しい表情をしていた。


 深い後悔は、今もその胸にあった。


 あの日の凄惨せいさんな光景は、今も目の奥に焼き付いたまま。


 できるなら、忘れたかった。

 あの光景だけは、記憶から消し去りたかった。


 だけど、忘れられるはずもなく。


 むしろ、忘れられないものを無理に忘れようとしても、苦しいだけだった。


 なら、忘れなくていい。

 むしろ、忘れちゃいけない。


 覚えているから

 後悔があるから


 きっと人は──強くなれる。


「あや姉……私ね、一人暮らしをしたいと思ってるの。だから、絶対に大学合格するからね」


 墓石をみつめ、あかりは、明るく彩音に笑いかけた。


 いつまでも俯いてはいられない。

 きっと、彩音だって、それは望まないだろう。


 なら、しっかり前を向いて歩いて行こう。


 もう聞き逃すことがないように


 誰かの悲しい声に気づいてあげられるように


 二度と後悔することがないように


 生きていきたい。


 自分のために、そして、私を愛してくれる家族のために──



「行ってきます、あや姉」


 ゆっくりと立ち上がると、その後、あかりは静かに歩き出した。


 雪の中で泣いていた、あの日から数年。

 晴れた空の下を歩き出す。



 新しい未来に向けて



 未来に向かって──









 恋と別れのリグレット⑭ ~出会い~








 ◇◇◇


(わぁ、人がいっぱい……っ)


 桜聖市・桜ヶ丘──


 あかりの住む町から、電車では三時間ほどの距離にあるその街は、とても活気に溢れていた。


 母の稜子の話だと、桜聖市は、子育て支援にとても力を入れている街らしく、最近は、若い世代が移り住んでいるため、とても栄えてきているらしい。


 だからか、駅の中は、親子連れや若者たちの姿がよく目に付き、たくさんの人で溢れていた。今日が週末というのもあるかもしれない。


 だが、人ゴミが苦手なあかりにとっては、同時に、しり込みするような場所でもあった。


(なんか都会って感じ……私の地元は田舎だしなぁ)


 あかりが暮らす宇佐木うさぎ市は、桜聖市よりも大きな町だ。


 だが、残念ながら、あかりが住んでいるかがり町は、その宇佐木市の外れにある田舎町。


 のどかで落ち着いた優美な町ではあるが、さすがに田舎から来たのもあり、この街のきらびやかさには目を見張ってしまう。


(私……この街で暮らすかもしれないんだ)


 勿論、合格したらの話だが、その見慣れぬ光景には、少しばかり不安がよぎった。


 知らない場所。

 知らない人々。


 そして、この街で、自分は一人で生きていかなくてはならない。


(……頑張ろう)


 人波に圧倒される中、あかりは負けじと気合いを入れた。


 今更、怖気付くわけにはいかない。するとあかりは、まずは泊まるホテルを探そうと、駅から歩き出した。



 ◇◇◇



(っ……どうしよう、迷ったかも)


 だが、それから数時間がたった頃、日が落ち始めた夕方の国道沿いで、あかりは青ざめていた。


(おかしいな。この道で、あってるはずなんだけど……っ)


 ガードレールが続く歩道を歩きながら、あかりは、不安げに辺りを見回す。


 あの後、前日に泊まるホテルを見つけ、そこから桜聖大までの道のりを確認していたのだが、どうやら迷ってしまったらしい。

 もう直、日が暮れるというのに、受験先である『桜聖福祉大学』が、なかなか見つからなかった。


(道、違えたのかな? もう一本向こうの路地だった? それとも、もう通り過ぎたとか?)


 不安は最高潮に達して、あかりが、再びカバンからスマホを取り出すと、その瞬間、チリンと財布につけていた鈴が鳴り響いた。


 だが、あかりは、その音には気づくことなくスマホを見つめる。


「うーん、やっぱり使えないよね?」


 そして、そのスマホの画面は真っ暗ままだった。


 実は、スマホをナビ代わりに使っていたからか、いつもよりバッテリーの消耗が早く、大学にたどり着く前に、充電が切れてしてしまったのだ。

 

 しかも、こんな時に限ってモバイルバッテリーを忘れるという有様。


(はぁ……こんなんで私、ちゃんと一人暮らし出来るのかな?)


 不甲斐ない自分に、不安はさらに大きくなった。受験前の下調べてきたのに、その受験先の大学がみつからないなんて……


(もう夕方だし、遅くとも6時の電車には乗らないといけないのに……っ)


 この街にいる時間は、限られていた。

 あと一時間ほどだ。


 しかも、充電が切れ、連絡も出来ないとなると、家族に心配をかける可能性がある。


 だが、ここまできて諦めるわけにはいかない!


(しっかりしなきゃ……!)


 あかりは、改めて気合いをいれると、再び歩き出した。


 だが、その時──


「ねぇ!」


「………??」


 不意に、どこからか声が聞こえた気がした。

 車の音に紛れて届いた、澄んだ声。


 気のせい?と思いつつも、あかりは、キョロキョロと辺りを見回し、その後、ゆっくりと振り向いた。


 すると、そこには、見たこともないほどが立っていた。


 長い金色の髪と、海のように青い瞳をした、とてつもなく


 ──綺麗な人。



 *


  *


 *


  *



 神木さん──


 それが、あなたとの出会いでしたね。



 夕暮れの街で声をかけてくれたあなたは


 あの日、私の財布を拾ってくれて


 大学までの道のりを、親切に教えてくれました。



 あの時、私は、あなたのことを『女性』だと勘違いしていたけど、でも、だからかもしれません。


 優しく笑うあなたの姿が、どことなく"あや姉"と重なったんです。


 見た目は全く似てないのに、お日様みたいに温かいその雰囲気に、ひどくほっとしました。


 だけど、にっこり笑うあなたは、笑っているのに、笑っていないようにも見えて、思わず聞いてしまったんです。


『少し、イライラしてますか?』


 私の耳のせいで、また迷惑をかけたかもしれない。そう思うと、申し訳なくて。


 だけど、あなたは、少し驚いた顔をしたあと


『あれ? どこをどう見てイラついてると思ったのかな。てか、今ので、ちょっとイラついたかも?』


 なんて言って、おどけながら返事をしましたね。嫌な顔ひとつせず、笑顔のまま。


 そして、その後も、あなたは、私に優しく接してくれました。


『もうすぐ暗くなるから気を付けてね。あっちの道、街灯すくないから、夜になると危ないよ』


 そう言って、私の身を案じてくれたあなたは、本当に素敵なお姉さんでした。


 だから、凄く安心したんです。


 こんなに優しいお姉さんがいる街だったら、きっと素敵な街かもしれない。


 一人暮らしに対して不安になり始めていた心が、不思議と和らいだ気がしました。


 だから、あの時のことは、今も感謝しています。


 だけど、今、思えば──


 あの日、出会わなければよかったと『後悔』しています。


 神様は、残酷ですね。


 どうして『一人で生きよう』と進み始めたあの日に、あなたを巡り合わせたのでしょう。



 だって、あの時、あなたと出会わなければ


 こんな思いをすることはなかった。



 あなたに恋をして


 こんなにも、苦しくなることはなかった。




 神木さん──


 私は、いつから、あなたを


 好きになっていたのでしょう?



 絶対に、恋はしないと思っていました。



 だって、怖かったんです。


 そして、それは今も変わらないはずなのに


 私は、あなたを好きになっていました。



 でも、それは


 あなたが、それだけ


 私の傍に、寄り添ってくれたから。



 半分聞こえない私の左側に座って


 普通の友人として、接してくれたから。



 だから、私は


 あなたの隣に居心地の良さを感じて



 『ずっとこのままでいたい』と


 思うようになってしまって



 意地でも気付かないふりをして


 友達を貫こうとしていました。



 でも、それも、今日で終わりです。



 あんな風に拒絶した私を


 きっと、あなたは嫌いになったでしょう。



 でも、それでいいです。



 だって、私は



 あなたに『幸せ』になってほしいから──…




 だから、嫌いになってください。



 私のことなんて


 記憶の片隅に追いやってください。




 ──さようなら、神木さん。




 きっともう、話すことはないでしょう。




 でも、それでも私は



 あなたの未来が明るいものになることを



 心から、願っています。




 だから



 ──ありがとう。



 ──ごめんなさい。



 ──そして、さようなら。




 あなたに愛された私は



 きっと、誰よりも幸せ者でした。




 だから、もう十分です。




 こんな私を、好きになってくれて



 かけがえのない時間を



 たくさん、与えてくれて




 本当に、ありがとうございました。






 だから、どうか、幸せになってください。




 たくさんの人に祝福されて




 素敵な人生を歩んでください。






  私ではない『誰か』の隣で──…













*あとがき*https://kakuyomu.jp/works/16816927861981951061/episodes/16817139554612112183

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