第379話 兄とお買い物


 新緑が瑞々しい、4月中旬。

 葉月は、一人駅前では待っていた。


 昨日、華から、いきなり買い物に誘われたが、その内容があまりに衝撃的すぎて、昨夜はあまり眠れなかった。


 だが、それもそのはず。今、葉月は、この街では、トップレベルと言われるほど秘密を知ってしまったのだ!


(まさか、あの飛鳥さんに、好きな人ができたなんて……!!)


 華の話によれば、あの絶世の美男子で、美人すぎる兄だといわれる"飛鳥さん"に、好きな人が出来たらしい。


 葉月と華は、小学生の頃からの付き合いだが、小学校の入学式の日。当時、小学六年生だった飛鳥さんを見た時は、かなりの衝撃を受けた。


 いや、きっと入学した一年生は皆、驚いたことだろう。


 日本人離れした金色の髪と青い瞳。そして、女の子と間違えそうなくらい綺麗で整った顔立ち。しかも、一見外国人ぼいのに日本語はペラペラで、その上、黒髪で、the日本人な華と蓮の兄ときけば、興味を引かないわけがなかった。


 まぁ、同じ学年に双子がいると言うだけでも珍しいのに、その兄があんなに美人でイケメンなのだ。だからか、華と蓮は、小学生一年生の時から、ずっと兄についての質問攻めを食らってきた。


 そして、その度に聞かれたのが『お兄さんに、好きな人はいるのな?』や『彼女はいるの?』という質問。


 そして、その問いに双子は毎回こう答えていた。


 兄に好きな人は――『いない』と。


 だが、その飛鳥さんに、好きな人が出来たのだ。あの双子を異常なくらい可愛がっていた飛鳥さんに!!


(うわ、ヤバい、マジやばい。こんな秘密、誰かに知られたら学校中が大騒ぎになる!!)


 しかも、その好きな人からのお願いで、女装までするらしい。

 まさか、そんな無茶ぶりにまでこたえてくれるなんて、相変わらず飛鳥さんは、優しい上にノリいい!!


(私、高校の文化祭で、飛鳥さんが、女子高生やったの見てないんだよなー。うわ、マジ気になる。てか、絶対似合うじゃん! あーでも、それもだけど、飛鳥さんが好きになったひとがどんな人か気になる。やっぱりモデル並みの美少女かなー? でも、そうじゃなきゃ、誰も納得しないよね?)


 想像の中で、飛鳥の思い人を、あれこれ考える。

 あれほどの美青年の彼女になる相手なら、やはり、それなりの子でなくては、きっと誰も納得しない。


 これまでにも、たくさんの女子たち(中には男子も)が、飛鳥さんに告白してきた。中には、読者モデルや医者の娘やら、ステータスの高い女の子も沢山いたらしい。だからこそ、誰もが納得する相手でなくては、非難殺到間違いなしだ!


(年上かな? それとも、年下? ていうか、飛鳥さんの好きなタイプって、どんな人なんだろう?)


「葉月〜お待たせー!」


「!」


 すると、そのタイミングで、華の声が響いた。

 駅前で悶々と考えていた葉月は、声に釣られるまま顔をあげる。すると、そこには、見なれた男女の二人組がいた。


 茶色がかった黒髪で、ふわりとしたフレアスカート穿いた可愛らしい華と、その隣で、これまた抜群のスタイルで、シンプルなシャツとジーンズを着こなす飛鳥。


 葉月だって、これまでに何度と神木家にお邪魔していて、飛鳥とは数えきれないくらい会ってきた。だが、この独特の色気には、見る度、驚かされた。


 赤みを帯びた金色の髪は、外光を浴びてキラキラと輝いていて、身長はさほど高くはないのに、すらりと伸びた美脚のせいか、そんな欠点ないに等しい。そして、第二ボタンまで開けたシャツからのぞく理想的な鎖骨のライン!


 もはや、一枚の絵画でも見ているようで、こんな美男子の彼女になれるほどの美少女なんて、はたして現れるのだろうか!?


「葉月ちゃん、今日はゴメンね」


 すると、飛鳥が爽やかに笑って挨拶をすれば、Tシャツにホットパンツ姿の葉月は、いつもどおり笑いかけた。


「いいえ! 飛鳥さん、するそうですよね! 衣装選ぶの、すっごい楽しみにしてました!!」


「うん……ていうか、あまり大きな声で言わないでね?」


 まるで遊園地にいく小学生みたいに、目をキラキラ輝かせる葉月に、飛鳥は苦笑いを浮かべた。


 というのも、ここは駅前で、今日は土曜日だけあって、それなりに人もいる。


 そんな中、こんな美男子が『女装する』などというパワーワードが聞こえたら、もはや、人目を引くだけの話ではなくなってしまう。


「ていうか、葉月ちゃんは、来なくてよかったんだけど?」


「えぇ!? なにそれ~!?」


「そうだよ、飛鳥兄ぃ! 葉月は、私のために一緒に戦場に行くっていってくれたんだよ! もう葉月、今日はありがとう~。やっぱり葉月だけだよ、私の親友は~」


「おーよしよし華。こんな美人なお兄ちゃんを持つと大変だよね〜。よかった、うちの兄貴は、普通の兄貴で~」


「お前ら、二人とも追い返すぞ」


 ガシッと抱きついてきた華を、よしよしと撫でる葉月を見つめながら、飛鳥が真っ黒な笑顔を浮かべた。


 なんで、こんなことになったかというと、昨日、隆臣と大河に、あかりの前で女装することを相談した際、隆臣に言われたのだ。


 一番の適任者は、妹である――華だろうと。


 というのも、今回の女装姿を見せる対象者は、女性(あかり)だ。ならば、男の意見を聞くよりは、女子の意見を聞いた方がいいとの結論に達し、飛鳥は華に付き合ってもらうことにしたのだが


(やっぱ、やめときゃよかった……)


 目の前の女子二人は、戦場に行くなどと言いつつも、まんざらではない様子だった。むしろ大層喜んでいて、これは、確実に着せ替え人形にでもされそうな雰囲気だ!


(あかりといい、この二人といい……女子の考えることって、よくわからない)


 見た目は、女性に間違えられる飛鳥。だが、さすがに乙女心まではわからなかった。


「じゃぁ、行こっか! 電車、ちょっと混んでそうだね~」


 すると、駅前に人だかりを見て、華は不安げに声を上げた。


 これから向かうのは、隣町のショッピングモール。電車で30分ほどの場所にあるのだが、一年ほど前にできたその大型の店舗には、普通の洋服だけでなく、マニアックな服まで取り扱っているらしく、せっかくだから、そっちに行ってみようということになったのだが……


「仕方ないだろ、今日は土曜日なんだし。女性専用車両もあるし、二人はそっちに乗れば?」


「ええ、別々に乗るのはヤダー!」


「ヤダって」


「だって、せっかく一緒にいるんだから、みんなで行動しよう! ほら、行くよ飛鳥兄ぃ!」


「ちょ、華……っ」


 相変わらず、仲が良ろしいことで──兄の腕に抱きつき、容赦なく連れて行った華をみて、葉月は微笑ましげに口角をあげた。


 昔から、神木兄妹弟は、お互いの距離が近い。抱きついたり、腕を組んだりなんて、もはや当たり前。

 だからか、こうして見ていると、恋人同士にも見えるほど。


 だが……


(そっか、飛鳥さんに、好きな人ができたってことは、華と飛鳥さんの、あんな姿を見るのも、あと少しなのかな?)


 それは、ちょっとだけ寂しいと思った。

 だけど、それと同時に、少しだけ安心もした。


 飛鳥さんの彼女ができれば、華も少しは、榊に目を向けるかもしれないし、もう変な噂を流されそうになることもないだろうから。


 というのも、華は昔から可愛いらしく、どこか危なっかしい子だった。


 その上、恋愛方面はからっきしダメで、友達みんなでコイバナをしても、憧れはあっても、いいなと思える人は華の中には一切現れなかった。


 だけど、それも無理もない話だった。 


 だって、華を守っていた王子様は、いつも、みんなの憧れの的である飛鳥さんだったから。


 あの誰より綺麗でカッコイイお兄ちゃんと、誰よりも華を理解する双子の弟が、常に華の傍にいて、大事に大事に守られているのが、よく伝わってきた。


 だけど、その姿は、時に予期せぬ誤解を生むことがあった。


 あれは、中学三年の夏。


 たまたま、女子トイレで聞いた華の噂は、耳を疑いたくなるようなものだった。

 

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