第380話 華と葉月


『神木さんって、絶対、お兄さんとデキてるよね』


 あれは、忘れもしない中学三年の夏。


 たまたま聞いた、華の噂は耳を疑いたくなるようなものだった。


 女子トイレの中から、聞こえてきた女子生徒の声は、あまりにもあり得ないもので、だけど、その会話は、止まること無く膨らんでいって、思わず足が止まった。


『えー、デキってるって兄妹で?』


『だって、神木さんのお兄さん、告白断ってばかりらしいじゃん。彼女作らないのは、妹とデキてるからだって』


『あーでも、確かにお兄さん、神木さんのことめっちゃ溺愛してるよね』


『でしょー。しかも、この前は一緒にデートしてるところを、見た人がいるんだって』


『マジ!? あー、でも、あんなカッコいいお兄ちゃんがいたら、血つながってても好きになっちゃうかも』


『つーか、血つながってないでしょ! 神木さんとお兄さん、全く似てないじゃん!』


 金髪碧眼で綺麗な飛鳥さんと、黒髪で日本人らしい華は、全く似てなかったから、時々、こういう噂が流れる時があった。


 特に飛鳥さんは、あの双子をとても大切にしていたし、どんな時も家族優先。


 そのうえ、めちゃくちゃモテてたから、飛鳥さんにフラれた女子たちが、その腹いせで、良くない噂を流すこともあって、そして、その矛先が、華に向かうこともあった。


 だけど、あの家族の形は、小学校の事から何も変わらない。お互いがお互いに、大切にし合ってる。それは、華の傍で見てきた私が一番よくわかっていて。


 でも、小学校の時は、仲のよい兄妹弟で通っても、中学にあがり思春期を迎えると、その仲の良さが、異常なものだと言い出す人も現れた。


『神木さんの家って、今、親いないんだってー』


『あー。そういえば、父親は海外にいるっていってたっけ』


『ぶっちゃけさー、親の目がなければ、やりたい放題だよね』


『え、兄妹でってこと!? うわ、それヤバいじゃん! だれか親に教えてあげれないいのに。おたくの子供たちが、兄妹でいやらしいことしてますよーって』


『つーか、この噂広めちゃえばさー、学校から親に話がいくんじゃない?』


『あー先生たちもビックリするかもね。あんな清純そうな神木さんが、お兄さんと』


 ――バン!!


『ひッ!!』


 大切な親友と、その家族のことで、あることないこといわれて、さすがに頭に来た。


 気が付いたら、側にあった壁を思いっきり殴りつけていて、中にいた女子たちも、私に気づいたのか、バツが悪そうに顔を見合わせた。


『げ、葉月ッ』


『あんた達、さっきの話なに?』


『な、なにって、そういう噂がマジであるんだって! あの兄妹、仲が良すぎるし!』


 その言い分には、さすがに呆れた。仲がいいから兄妹できてるって、なにそれ。


『バッカじゃないの!! 華と飛鳥さんは、ちゃんと血がつながってるよ! 母親は違うけど、父親は同じなの! それに、親は不在っていっても、弟君もいるじゃん!? つーか、デートじゃなくて、二人が行ってんのは、ただの! あんたら、家族と一緒に買い物行ったことないの!?』


 イライラがまして、言葉が荒くなる。


 しかも、そんなありもしない噂を、学校中に広めようとしているのが、あり得ないと思った。


『変な噂、流したりしたら、ただじゃおかないから』


『え?』


『そんな噂流して、華が学校にこれなくなったら、あんたたち、どう責任とるの?』


『せ、責任って……っ』


『事実じゃない噂でも、一度広まれば、それを本気にする奴らだっているんだよ! そうしたら、華と飛鳥さんは、何もやましいことしてなくても、そういう目で見られるようになるの! あんた達「あの噂は全部間違いでした」って、聞いた人全員に謝ってまわる気あるの!?』


『そ、それは……っ』


『あ、神木さん……!』


 すると、どうやらタイミング悪く、華がやってきたらしい。


 私の後ろに現れた華は、何事かと困惑していて、目が合った女子たちは、その後、慌てて華に謝罪しはじめた。


『ご、ごめんね、神木さん。変な噂、流したりしないから、安心してね!』


『え、変なウワサ?』


『あ、うんん! 聞こえてなかったなら、いいの!』


 だけど、華には聞こえていなかったのか、女子たちは、安心したように駆け出していって、それを見送ったあと、華は、私の側にやってきた。


『葉月、何があったの?』


『うんん。別になにも』


『そう……ごめんね』


『な……なんで、華が謝るの?』


『うーん、なんとなくだけど、葉月が助けてくれたんだろうなって……ありがとう』


 華は、笑っていた。

 すこしだけ、悲しそうに。


 きっと、どんな話をされていたのか、なんとなく、わかっていたのかもしれない。


 だけど、それでも華は、変わらない。


 変わらずに

 今もずっと、家族を大切にしてる。



 ◇


 ◇


 ◇



(前に、兄貴に彼女ができた時、どんな気持ちだったか聞いてきたけど、あれは、飛鳥さんに好きな人ができたからだったのかな?)


 今、華は、どんな気持ちなのだろう。


 飛鳥さんに好きな人が出来て。

 嬉しい? それとも、寂しい?


 でも華なら、どんなに寂しくても、きっと応援するのだろうな。


 大好きな、お兄ちゃんの幸せを――



「葉月~、何やってんの!」


 ボーっとしていたら、華が飛鳥さんからはなれて戻ってきた。


 きゅっと腕に抱きついて、笑いかける華は、普段通りの明るい表情で、自然と笑みがこぼれた。


「なんでもないよ。ちょっと軽くシュミレーションをね」


「シュミレーション?」


「うん。だって私、飛鳥さんと一緒に電車に乗るの初めてだし! モーレツに女子が押しよせてきたらどうしよう〜って!」


「あはは、さすがに電車の中じゃ危ないし、それはないと思うけど、でも痴漢にあったことはあるみたいだから気をつけないとね!」


「え、痴漢!? それって男、女?」


「どっちもだって」


「どっちも!?」


「うん。相変わらず美人すぎるよね、うちのお兄ちゃん」


 華がため息混じりに、飛鳥さんを見つめた。

 駅の入口では、華が離れたからか、さっそく女子から声をかけられている飛鳥さんの姿があった。


 はっきりいって、この家族は『普通』じゃない。


 あんなに美人なお兄ちゃんがいるからかもしれないけど、ありえないくらい仲が良くすぎて、必要以上に絆が強い。


 だけど私は、そんなありえないくらい仲がいい神木家が、今も昔も、変わらずに大好きだった。


「ねぇ、華」


「ん?」


「飛鳥さんに彼女ができて、寂しいなーって思う日がきたら、私に言いなさいよ。いつでも話きいてあげるから」


「え?」


 耳元でコソッと囁けば、華はキョトンと目を見開いた。


 私だって兄貴がいるから、少しは気持ちが分かる。うちの兄貴に彼女はいないけど、やっぱり、ちょっと寂しいかもなって思うから。


 でも、私がこうなんだから、華は人一倍寂しいかもしれない。


 だって飛鳥さんは、華にとって、お兄ちゃんであり、お母さんのような人でもあるから。


「うん……ありがとう葉月。その時は、よろしくね」

 

 私の言葉に、華がふにゃりと微笑めば、私も一緒に微笑んだ。


 本当は、その寂しさを感じた時に、榊がいてくれたらいいんだけど、きっと、そう上手くはいかないだろうな?


 だから、華が家族に気づかれないように、こっそり悲しんでる時は、友達の私が、そばにいてあげよう。


 だって華は、一人孤立していた私に、唯一声をかけてくれた子だから。


 無駄に正義感が強くて、周りから怖がられていた私に


『葉月ちゃんて、かっこいいね!』


 なんて言って、笑いかけて、一切怖がらずに接してくれた女の子。

 

 きっと、華がいなかったら、こんなにも楽しい学校生活は、送れなかったかもしれない。



「おーい、なにやってんのー」


 女子を追い払ったのか、その後、飛鳥さんが声をかけてきた。


 私と華は、すぐさま飛鳥さんの元に行って、駅の中に入った私たちは、電車に乗って隣町へ。


 今日はまた、一段と楽しい一日が始まりそう!


 まぁ、あんなに美人なお兄さんのお供をする訳だから、普段よりも、大変かもしれないけどね!


 

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