第359話 お兄ちゃんと修羅場


「飛鳥、何やってんだ、お前!!」


 隆臣の怒号が響けば、あかりは青ざめた。


 目の前には、飛鳥の首根っこを掴み、困惑と同時に怒りを露わにする隆臣の姿があって


(ど、どうしよう……!)


 これは確実に、浮気だと思われている!


 いや、でも女の子に興味がないなら、浮気にはならない!?


 同性同士の恋愛事情が、全く分からないあかりには、この場をどう対処すればいいのか、よく分からなかった。


 だが、とにもかくにも、誤解を解かなくては!

 そう思ったあかりは、慌てて隆臣を静止する。


「た、橘さん! これは、違うんです!」


「え? 違う?」


「はい。神木さん、具合が悪いみたいで、ちょっと寄りかかられてただけなんです」


「よ、寄りかかられてたって……」


 どう見ても、ようにしか見えなかった。


 そう、一瞬、告白でもして、両思いにでもなったのかとおもった。


 だが、隆臣は先程、源さんと遭遇し、既に飛鳥が酒を飲まされていることを知っていた。


 それ故に、心配になり必死に探しまわったわけなのだが、時すでに遅し!


 隆臣が飛鳥を見つけた時には、この酔っぱらいは、しっかり好きな女の子にセクハラをしている最中だった。


「あかりさん、今は飛鳥の肩をもたなくていいです。変なところ触られたり、変なこと言われたりしてませんか?」


「え、いえ、大丈夫です! 本当に、寄りかかられたけで、匂いは嗅がれましけど、変なことは何もされてません!」


「匂い!? え!? それ、立派なセクハラですよ、あかりさん!!」


 この酔っぱらい、何やってんだ!?

 まさに、隆臣はそんな心境だった。


 だが、あかりはあかりで、二人の間に亀裂が入りそうで心配で仕方なかった。


「橘さん、どうか神木さんのこと怒らないであげてください! なにより神木さんは、私には一切興味ありませんし、これは、ただの同性同士のじゃれ合いだと思ってください! 私と神木さんの間には、一切なにもありません。あるのは友情だけです! だから、どうか心配しないでください!!」


「…………」


 必死に浮気でない旨を、隆臣に力説するが、そのあかりの言葉に、隆臣はなんとも言えない気持ちになった。


 私には一切興味がない!

 同性同士のじゃれ合い!

 あげくのはてに、あるのは友情だけ!


(マジか……今、確実に抱きしめられてたのに、全く意識してないぞ)


 飛鳥は、誰もが振り返るほどの、絶世の美男子だ。そんなやつに、抱きしめられたら、(あかりさんは、寄りかかられてだけと言うが)、大抵の女の子は、顔を真っ赤にして恥じらうだろう。


 だが、あかりさんは、恥じらうどころか、同性同士のじゃれ合いなどといった。


 つまりこれは、確実に飛鳥をとして見てない!!


(……本当に、飛鳥のこと友達としか思ってないんだな)


 ちょっと可哀想になってきた。


 本気で好きな女の子に、男とすら見られていないなんて……


「あの、神木さんは、大丈夫でしょうか?」


「え、あぁ……」


 すると、あかりが再度、飛鳥を心配そうに見つめてきて、隆臣は、あらためて飛鳥に向き直る。


 頬を赤くして、呆然としたさまは、まさに酔ったときの飛鳥の症状だ。


 弱々しくて、素直で、可愛らしさが限界値まで高まったその姿は、まさに、無防備で愛らしい産まれたての小鹿。


 だが、あかりは飛鳥が酔っているとは思っていないようで、どうやら体調が悪いと勘違いしているらしい。


「あかりさん、飛鳥は酔ってるだけだから、心配しなくていいですよ」


「え、酔ってるんですか?」


「はい。さっき酒を飲まされたらしくて。おぃ、飛鳥、大丈夫か? ここで寝るなよ!」


「ぅにゃ……?」


 話を全く聞いていないのか、うつらうつら船を漕ぎ出した飛鳥をみて、隆臣が揺すり起こせば、飛鳥はまるで猫のような声を上げた。


(ぅにゃ?じゃねーよ、全く)

(なんか、神木さん。すごく可愛い)


 苛立つ隆臣と、その珍しい姿を見て、キュンとするあかり。そう、それはまるで、猫のように愛でたくなる可愛さだ。


(神木さんて、酔うとこんなにかわいくなっちゃうのね。これなら、橘さんも好きになっちゃうよね)


(飛鳥のやつ、こんな姿あかりさんに見せて、状況悪化してないか?)


 悪化もなにも、飛鳥と隆臣が付き合っていると勘違いしているあかりの誤解は、より深まるばかり。


「あの、あかりさん、とりあえず、飛鳥が色々すみませんでした。今日はこのまま寝ると思うので、また後日、謝らせにいきます」


「え! いいですよ! このことは、神木さんには話さないでください! 酔っぱらいを介抱していただけの話ですし、それに、また気に病んで、菓子折りもってお詫びしに来ても困りますから!」


 そう、前にも衝動的に抱きしめてしまって、菓子折りもって謝りに来た飛鳥。


 酔って、セクハラしましたなんて聞かされたら、今度は土下座までしに来そう!


「あの、今日は私、とても楽しかったんです。これも全て、神木さんが、お花見に誘ってくれたおかげです。私怒ってもいませんし、あまり荒立てないでください」


 あと、絶対に別れないでください!


 これが、あかりには一番切実な話だった。


 口には出来ないが、自分のせいで別れ話に発展さしたら、もう目もあてられない!


「あ、そうだ! 私、華ちゃんに連絡しますね!」


「え、あ……」


 すると、あかりはすぐさま話を終わらせ、スマホを手にメッセージを打ち始めた。




 ◇◇◇



 そして、華と蓮はと言うと……


「えー!! 飛鳥兄ぃに、お酒飲ませたの!?」


 ちょうど源さんと出くわした双子は、まさに衝撃の事実を聞かされていた!


 なんと、あの超絶お酒に弱くて、超絶色っぽくなる兄が、お酒を飲まされたというのだ!


「ちょっと、ちょっと、源さんなにしてんの!? 飛鳥兄ぃ、お酒めちゃくちゃ弱いんだから!」


「あれ~そうだったのか? ここでは、普通にのんで、みんな待ってるから、そろそろ行くね~って、いつも通り帰っていったんだけどなー?」


「え!? そうなの! いつ、いつ離れたの!?」


「15分ほど前かなー」


 どうやら、源さんたちの前で、無様な姿は晒していないらしい。


 すると、そのタイミングで、あかりからLIMEが届いた。


 そしてそこには「神木さん、見つかりましたよ」と書かれていた。


「蓮! 見つかったって! しかも、あかりさんから!」


「え!? 大丈夫かよ、兄貴! あかりさんに、あんな姿見せたら、まずいんじゃない!?」


「とにかく急ごう!!」


 そんなこんなで、双子たちは源さんたちに挨拶をすると、バタバタと駆け出して行ったのだが


(あのイケメン、酔うとどうなるんだろう)

(超気になる……!)


 源さんのお孫さんたちは、あの超絶綺麗なイケメンの酔った姿を拝めなかったと、少しだけ残念な気持ちになったとか。


 ちなみに、お留守番中の狭山&エレナと、飛鳥を探していた、大河はと言うと


「狭山さん! どうしよう! 神木くんがみつからないんです! これはもしや事件では!?」


「うそ! 狭山さん、今すぐ警察に連絡しよう!!」


「いやいや、エレナちゃん、大河くん。美人だけど、あの子、20歳の男だからね?」


 心配する大河とエレナを、冷静に宥める狭山。



 こうして、みんなでいったお花見は、飛鳥とあかりを進展させるどころか、ただただ誤解を深めただけに終わってしまい、グダグダなお花見と化してしまったのでした。


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