第358話 酔いと抱擁


 一方、飛鳥が源さんたちと飲んでいるとは知らず、華達は、なかなか帰って来ない兄を心配していた。


「ねぇ、飛鳥兄ぃ、遅くない?」

「確かに遅いな。なにやってんだろ」


 トイレに行くと言って離れたきり、なかなか帰ってこない兄。


「もしかして、また女の子と間違えられて、ナンパされてるとか?」


「いや、もしかしたら、トイレで痴漢にあって、返り討ちにしてる可能性も」


「確かに神木くん綺麗だしね。あの顔で男子トイレにいたら色々と問題起こりそうだなぁ」


 双子に続き、狭山が呟く。

 狭山とて、初めて会ったとき、飛鳥を女の子と間違えた。


 だが、狭山がそう言ったからか、ますます心配にもなってきた一同。


「俺、LIMEしてみる」


「あ、ダメだよ蓮! 飛鳥兄ぃ、携帯置いてってる」


「マジか」


「あ、じゃあ、私探してこようか?」


 すると、心配する双子をみて、あかりが飛鳥を捜索してくると名乗り出た。


「ほ、本当ですか!」


「うん、見つかったら連絡するね」


「あ、じゃぁ、俺もいく」


 すると、立ち上がったあかりに続き、隆臣も立ち上がり


「変なのに絡まれてたら、マズイからな」


「俺も一緒に探す! 神木くん、心配だし!」


 あんなにも美人なお兄ちゃんが、まさかの行方不明! これは一大事だ!!


 すると、狭山が荷物番としてエレナと一緒に残ることになると、他のメンバーは、手分けして飛鳥を探すことにした。


「じゃぁ、俺は男子トイレみてくる」

「わかった。俺は、あっち探す」


 一番危険そうなトイレを隆臣が探すことになると、見つかり次第、華に連絡することを約束して、5人はそれぞれバラバラになって探し始めた。


(神木さん、どうしたんだろう?)


 急にいなくなるなんて、なんだか心配だ。


 見た目が綺麗なせいもあるが、もし、倒れていたり、ケガをしたりしていたら?


 あかりは、まさか飛鳥が、知り合いと出会い、お酒を飲んでいるなんて知りもしもせず、一人、飛鳥が通ったであろう道を歩きながら、キュロキョロと辺りを見回す。


 だが、あれだけ目立つ人。見つけるのは簡単なはずなのに、なかなか見つからない。


(うーん、こっちにはいないのかな?……あれ?)


 すると、その先で、見覚えのある金色の髪が視界に映りこんだ。赤みの入った金色の髪。


 そして、その青年は、桜の木に手をついて、気だるそうにしていた。


 そう、それは紛れもなく飛鳥だった。


「神木さん! 探したんですよ……!」


 飛鳥を見つけるなり、あかりはすぐさま飛鳥の傍に駆け寄った。


 心配そうに飛鳥の顔を覗き込み、様子を確かめる。すると、目があった瞬間、なにやら熱っぽい視線を向けられて、あかりは首を傾げた。


(あれ? なんだか様子が……?)


 普段の姿とは、明らかに違って見えた。頬が赤く染まり、どこか悩ましげな視線と、フラついた身体。


 青い瞳は、やたらと色っぽくて、それは、桜が散る姿と相まって、どこか幻想的な雰囲気すら感じさせた。


 だが、はっきりいって、見惚れている場合ではない!


「神木さん、大丈夫ですか? もしかして、どこか具合でも……わ!?」


 だが、あかりが声をかけた瞬間、飛鳥が、急にもたれかかってきた。


 まるで、抱きつくような、それでいて抱きしめられているような、そんな体勢になり、あかりは困惑する。


「か、神木さん……?」


 抱きしめられたのは、初めてではない。

 だが、そう簡単になれるものでもない。


 驚きと羞恥で顔が赤くなる中、それでも、あかりは、なにかに寄りかからないといけないほど、具合が悪いのかもしれないと考えた。


「あの、大丈夫ですか?」


「…………」


「どこか、具合が悪いなら、みんなのところに戻って、休んだ方が……」


「…………」


 あかりは大人しく抱きしめられたまま、飛鳥に呼びかける。だが、飛鳥はボーッとしたまま、何も話さなかった。


 ふと視線をそらせば、花見客が何人か通り過ぎながら、顔を赤くしているのが見えた。


 ムリもない。こんな場所で、まるで抱き合っているような体勢だ。


 しかも、男と女が──


(ど、どうしよう。すごく、恥ずかしい……っ)


 ただ、抱きいるだけ。


 それなのに、体が密着しているせいか、やはり意識はしてしまう。


 とはいえ、彼は、だ。つまりは、女の子には、全く興味がない!


 だから、これにも、やましい気持ちは一切ないし、ただの挨拶みたいなものだ。


(やっぱり、具合悪いのかな?)


 恥ずかしさと同時に、心配する心が入り混じる。


 すると、早く休ませてあげないと──と、あかりは、双子に助けを求めることにし、ポケットからスマホを取り出した。


 のだが……


「なんか……いい匂いが……する」


「へ?」


 瞬間、飛鳥がポツリと呟いて、あかりは困惑した。


「ぇ、ちょ……!?」


「すき……」


「はい?」


「すごく……好き」


(す……好きって)


 匂いが?

 匂いが好きってこと?!


 でも、さっきバトミントンしたし、今は汗臭いんじゃないかな!?


 え、待って!

 あまり匂いは、嗅いで欲しくない!!


「か、神木さん、どうしちゃったんですか!? あの、一旦、離れ……っ」


「やだ……」


「や、やだって……っ」


「もう、ちょっと……こうしてて……っ」


「……っ」


 スマホを握りしめたまま、硬直する。


 だが、珍しく甘えてくる姿は、ちょっとだけ、可愛いなんて思ってしまった。


(こうしてれば、落ち着くのかな?)


 前にミサを見かけた時も「そばにいて」とすがりついてきた。


 日頃しっかりしていて、見落としがちだが、意外と彼は、甘えたがりなのかもしれない。


(でも……そうだよね。両親は離婚しちゃって、母親になってくれた、ゆりさんまで亡くして、ずっと、華ちゃん達のこと大事に守ってきて……)


 甘えたくても、甘えられなかったのかもしれない。そう思うと、なんだか無償に抱きしめたくなってきた。


 ……が。


(いやいや、何考えてるの!? この可愛いさに、惑わされちゃダメ!)


 だが、相手は異性だ!

 いくら可愛くても、年上の男性だ!

 可愛い幼児では、全くない!!


(落ち着こう。とりあえず、華ちゃんたちに連絡を……)


「おい、飛鳥!!!」


 だが、その瞬間、大きな声が響くと同時に、飛鳥の身体は、あっさり引き剥がされた。


 何事かと、あかりが目を見開けば、飛鳥を怒鳴りつけたのは隆臣だった。


「何やってんだ、お前は!!!」


 どうやら、飛鳥があかりに抱きついているを目撃して、慌ててやってきたらしい。


 だが、あかりは、その隆臣の姿を見て、蒼白する。


(あ、どうしよう……このままじゃ、二人の関係にヒビが……!?)


 飛鳥と隆臣が付き合っていると思い込んでるあかりは、どうやら、飛鳥の浮気現場を目撃して隆臣が怒っている──と、思ったようで……?

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