第7章 未来への一歩
第360話 面接と母親
4月初旬、春休みが、もう少しで終わる頃、あかりはスーツ姿で、喫茶店の前に立っていた。
店の名前は、喫茶 ラ・ムール。
飛鳥の友人である
とてもオシャレな外観と、落ち着いた雰囲気。
あかりも、飛鳥からオススメされてから、過去に何度か、この喫茶店に立ち寄ったことがあった。
だが、まさか、その店の面接を受けることになるとは思っておらず……
(よし、頑張ろう!)
店の前で、一度深呼吸をすると、あかりは意を決して、喫茶店の扉をあけた。
この春に受ける、三度目の面接。
だが、先の二社は落ちてしまい、あかりは少し不安でもあった。
いくら、この店の
──カランカラン♪
その後、扉を開けると、店のベルが軽やかな音を立てた。
中に入りレジ前に目を向ける。すると、ちょうど会計を終えた隆臣と目が合って、あかりは、ぺこりと頭を下げた。
「こんにちは、橘さん」
「いらっしゃいませ」
レジ前まで移動し、改めて挨拶をすると、隆臣が爽やかに挨拶をする。
「今日は、スーツなんですね?」
「あ、おかしいですか?」
「いや、私服で面接くる人もいるので、しっかりしてると言うか、なんか新鮮だなーと」
「あはは。私もまだ着慣れなくて、変な感じです」
白いシャツに黒のスーツ。あかりの今の見た目は、まさに就活生で、普段のゆるい雰囲気が一変、キリッと引き締まって見えた。
こんな姿、きっと飛鳥は、まだ見た事がないだろう。
そう思うと、隆臣は、少しだけ申し訳ないような、得したような気分になりつつ、カウンターから、あかりを中へと通す。
「奥で面接をしますので、どうぞ」
「はい。宜しく、お願いします」
隆臣の指示を受け、あかりは再度頭を下げると、その後、喫茶店の奥へと入っていった。
◇
◇
◇
桜聖高校をすぎ、しばらく歩く。すると、駅に近いその場所には、ビルが建ち並ぶビジネスタウンがあった。
普段は、あまり訪れない地域だ。
来るとするなら、電車に乗り、隣町にでも行く時くらい。よく出歩いている商店街とは違い、そこには、スーツ姿の大人たちが、右往左往していた。
だが、そんな場所でも、飛鳥は一際目立つようで、大人たちは、幾度と振り返りながら、飛鳥の横を通り過ぎていく。
(ここだよね、確か……?)
しかし、そんな周りの視線には目もくれず、飛鳥は、とあるビルの前で立ちどまると、手提げ袋を手にしたまま、考え込む。
何故、飛鳥が、こんなところに来ているかと言うと、今朝方、エレナが困り果てていたからだ。
なんでも、今日は10時からお友達と遊ぶ約束をしていたらしいのだが、家から出る直前、ミサがお弁当を忘れていることに気づいたらしい。
そして、お弁当も届けたいが、お友達との約束もある。
そんなわけで、途方にくれていたエレナの代わりに、飛鳥が届けることになったのだが……
(……ていうか、大人なんだし、弁当忘れても、どうにかできるよな)
わざわざ届けなくても、大人なら、自分の昼飯くらい何とかできる。
飛鳥は、そんなことを考えつつ、ビルの前に立ち尽くした。
そう、ミサは大人だ。
お金だってあるし、なにより、あんなに美人なのだ。
「お弁当忘れちゃった~♡」なんて言えば、ご馳走してくれる相手は、すぐ現れそう。
とはいえ、妹が困っていたら、助けたくなるのが、神木家のお兄ちゃんである。
(いきなり来たら、やっぱりビックリするかな?)
多少悩みつつも、立ち止まっていても埒が明かないと、飛鳥は、とりあえず、先に進んだ。
まだ、真新しいガラス張りのビルの中に入れば、そこはとても広く、それなりな立派な企業なのだということが、入った瞬間わかった。
スタイリッシュなエントランスは、まさに、ビジネスの世界への入口だ。
辺りには、スーツを着て社員証を首にかけた社員たちが、
その空気には、流石の飛鳥も飲まれてしまうほど……
ある意味、私服姿で金髪の飛鳥は、明らかに場違いで、軽く怖気付いた。
(どうしよう。俺、ただでさえ目立つのに……)
なんとなく居ずらくなって、飛鳥は、あまり目立たないようにと、フードをかぶり、さりげなく髪を隠した。
早く渡して帰ろう。
だが、問題はどうやって呼び出すかだった。
(事務の仕事してるって言ってたけど……やっぱり、電話かけた方がいいかな?)
一応、連絡先は知ってる。
電話番号だけだけど。
前に、父が海外にもどる前に、念の為に……と渡された連絡先。
だが、飛鳥は、その番号にかけたことは一度もなく、あの日以来、ミサには一度も会っていなかった。
(……気がつけば、半年か)
エレナには、よく会っていたが、お互いに避けているのか、ミサとは全く会わなかった。
時間が経てばたつほど、会いづらくなる。
だからこそ、先日、思い切って花見にも誘ったが、返事はNO。
それを思うと、いくら忘れ物を届けるためとはいえ、連絡もなしにきたのは、軽率だったかもしれない。
(……でも、渡さないわけにはいかないし)
会社まで行って「やっぱり会わずに帰って来ました」なんていったら、エレナが悲しむ気がした。
だが、心は、未だに迷いがあって、自分が許せているのか、許せていないのか、どうしたいのか、どうなりたいのかすら、まだよく分からない。
でも、きっと、このままじゃ、何も変わらない。
許すことも、歩みよることも──…
「……よし」
今一度、呼吸を落ち着かせると、飛鳥はその後、スマホを取りだし、ミサの番号を探した。
ずっと避けてきた、母親の番号。
だが、その時──
「あのぅ、どうかしたんですか?」
「?」
と、突然、若い女性に声をかけられた。
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