第410話 恋と別れのリグレット⑪ ~恋~


「あかりちゃん! 心配してたんだよ!」


 それから数日、食事をとれるようになった私は、学校にも行るようになった。


 残り少ない中学生活。一週間後に、私たちは卒業する。だからか、あのまま引きこもりにならずに過ごせたのは、よかったと思う。


 そして、教室に行けば、案の定、友達の一織いおりちゃんが、心配そうに駆け寄ってきた。


「よかったー、学校これて!」


「ごめんね、一織ちゃん。LIMEの返事もあまりきなくて」


「うんん! いいんだよ、そんなことは! でも、会えてよかった。あかりちゃん、色々大変だったね。本当に、もう大丈夫なの?」


「………」


 大丈夫だったのかは、今でもよく分からない。けど、これ以上、家族にも友達にも、心配はかけたくなかった。


 だから、私は笑顔で答えた。


「うん、大丈夫だよ」


 でも、そうして笑っている時も、あや姉のことは、片時も離れなかった。


 今も胸の奥で、あの日の自分が悲鳴を上げる。


 辛い、悲しい。

 そして、それと同時に深く後悔する。

 

 どうして私は、あの時、あや姉の言葉を拒絶してしまったのだろう。


 あの日、私が気付いていれば、あや姉は、死ななかったかもしれない。


 その後悔だけは、どんな慰めの言葉をかけられても、決して消えることはなかった。


 いや、消してはいけない。

 忘れてはいけない。


 忘れたくても、どんなに辛くても、私は忘れてはいけない。


 だから、絶対に許さない。


 あの日の自分を、絶対に――…



「そういえば、受験はどうなるの?」


「え?」


 すると、また一織ちゃんが、問いかけてきて、私は、また笑顔で答えた。


「えーと、追試験を受けられるみたい。だから、あさって受けてくる」


「ホント! よかったー。受験できなかったら、同じ高校いけなくなっちゃうし!」


「いけなくなるって、まだ受かってもいないのに」


「でも、受けられなかったら、それ以前も問題でしょ!」


 明るい一織ちゃんと話していると、少しは気分が紛れた。


 それを思えば、学校に来たのはよかったのかもしれない。


 だって、家の中は、文字通りお通夜状態だったから。


 あや姉が亡くなって、私はずっと引きこもってばかりで、父も母も理久も、悲しみと不安でいっぱいだったことだろう。


 だからこそ、早急に、


 これ以上、悲しませちゃいけない。

 これ以上、家族を不安にさせちゃいけない。


 私は、あや姉みたいになっちゃいけない。


 だから、立ち上がった。

 家族のために。


 雪の中にうずくっていたら、いつか雪にもれてしまう。


 早く、立ち上がらないと、降りつもる悲しみに押しつぶされて、二度と立ちあがれなくなる。


 だから、早く、立ちあがって。

 早く、早く、早く――


 窒息して死んでしまう前に、前を向かないと――…



「倉色さん……!」


 瞬間、男子生徒に声をかけられた。


 どこから聞こえたのか分からず、私はあたりをみまわす。


「山野くん……」


 すると、それは、前に私に告白してきた山野君だった。


 そして、その瞬間『受験が終わったら、連絡先を聞く』と、あや姉と話していたのを思いだした。


(そうだった。ずっと、待たせたままだった……っ)


 告白の返事は、まだしていなかった。


 ずっと待たせてしまっているのに、それでも山野君は、私を心配して、声をかけてきてくれた。


「も、もう、体調は大丈夫?」


「……うん、大丈夫」


 滅多に話しかけてこない山野君の声は、少しぎこちなくて、好きな女の子に話しかける時って、こうなっちゃうものなのかな?


 でも、私には、恋というものが、まだよくわからなかった。


 好きな人と話して高鳴る感情も、恋をしてトキメク感覚も、何もかも知らない。


 でも、きっと、私はそれを知ることなく、人生を終えるのだと思った。


 恋への憧れも、女の子らしい些細な夢も、あや姉の死と同時に、どこかへ消え失せてしまった。


 だって、あの二人の姿を見て、この先、どうやって、恋なんてできるだろう。


「山野君」


 その後、山野くんを見つめて、私は、声を上げていた。


 冷えた教室は、みんなの声で騒がしくて、でも、私は山野君の声を聞き逃さないように、真っ直ぐ、その顔をみつめた。


「放課後、話したいことがあって……よかったら、裏庭に来てくれない」


「え……?」


 これまでは緊張して、ずっと言えなかった言葉が、今は、はっきりと出てきた。


 だって、これ以上、時間を割きべきじゃない。

 

 これ以上、引き伸ばしちゃいけない。


「う、うん! わかった。待ってるから!」


「うん、ありがとう……」


 放課後、また裏庭で会う約束をすると、山野君は顔を赤くして走りさった。


 そして、それを見て、一織ちゃんが、ちゃかすように耳打ちしてくる。


「ねぇねぇ、ついに、IDきいちゃうの!」


「うんん、聞かない」


「え?」


 興奮気味の一織ちゃんに、冷静に言葉を返せば、一織ちゃんは少し驚いた顔をしていた。


「え、なんで? 前は、連絡先交換するって……」


「うん、前はから始めるなんて言ったけど、やっぱりやめる。お付き合いとか考えられないし」


「えー、なんで! 山野くん、いい人じゃん」


「うん。そうだよ、山野君は、いい人……」


 だからこそ、もっといい人と巡り合える。

 私なんかより、ずっとずっと素敵な人。


 だから、今ここで、私なんかにをつかわせる訳にはいかない。


「ごめんね、一織ちゃん。前にダブルデートしたいって言ってたけど、諦めてね」


「えー、なにそれー!」


 一織ちゃんが、前に言っていた言葉。


 私に彼氏が出来たら『一緒にダブルデートしようね』って。


 でも、私は、穏やかに笑いながら、それは、だと、心の中で謝った。



 人は、何のために恋をするのだろう?


 何のために、人を愛するのだろう?


 それは、いつか

 家族を持つためだろうか?


 結婚をして

 命をつないでいくためだろうか?




 なら、私に──もう、恋は必要ない。




 この先、ずっと、恋もせず結婚もせず




 一人で生きていく。




 だって、そうすれば



 誰も悲しませずにすむ。





 ねぇ、あや姉。


 きっと、これが、一番『幸せ』なことだよね?



 普通じゃない私たちは



 普通の家庭なんて、望むべきじゃなかったんだ。



 だから、私は


 絶対に、恋はしない。



 一生、誰も好きにならない。




 だって、恋をしなければ




 絶対に、傷つくことはないんだから――…








*あとがき*

https://kakuyomu.jp/works/16816927861981951061/episodes/16816927863076368554

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