第411話 恋と別れのリグレット⑫ ~贖罪~
「おねぇちゃん、お風呂はいろー!」
それから暫くして、私は中学を卒業し、その後、高校に合格した。
あの後、追試験を受けられたおかげで、第一志望だった公立高校に無事に通えることになり、冬の厳しさが少しずつ和らいできた3月のころ、私は入学準備で何かと忙しくなった。
だけど、そのおかげか、日常は、少しづつ前と同じに戻りつつあった。
でも、一つだけ戻れなかったのが、一人でお風呂に入れなくなったこと。
小学校の高学年くらいから、ずっと一人で入っていたけど、湯船を見たり、シャワーの音を聞くと、あの時のことがフラッシュバックしてパニックを起こすようになった。
だからか、それからは、母と理久が一緒に入ってくれるようになった。
湯船につかっても、理久と遊んでいると気が紛れたし、母もその方が安心だと言っていた。
「しかし、あかりの髪も、大分伸びたわね」
その後、洗い場で、髪を洗っていると、湯船の中から母が語りかけた。
狭い浴槽に三人一緒には入れないから、入れ代わりで入る感じ。そして、私は、長い髪を洗い流しながら
「ねぇ、お母さん。私、髪を寄付したいと思ってるの」
「寄付?」
「うん、あや姉がやってたヘアドネーションってやつ」
「…………」
あや姉の話をすれば、その後、母は少しだけ言葉をつぐんだあと
「いいんじゃないかしら。どうせ切っちゃうなら、寄付した方がいいし。今度、行きつけの美容室にヘアドネーション用にカットをしてくれないか、聞いてみるわね」
「うん、ありがとう」
美容室によっては、ヘアドネーションに協賛しているサロンもあった。
でも、仮に協賛店でなくても、行きつけの美容室で相談すれば、ヘアドネーション用のカットをしてくれる場合もある。
母が事前に美容室に確認を取れば、そこは快く引き受けてくれた。
「おねぇちゃん、本当に切っちゃうの?」
「うん、バッサリ切ってくるね」
そして、高校に入学する直前、私は長かった髪をバッサリ切った。
腰下まであった長い髪は、肩につくくらいの長さになって、おかげで髪だけでなく心も軽くなった気がした。
こうして、少しずつ、いいことを積み重ねていこう。
誰かの役に立てる人間になろう。
それは、自分に課した『贖罪』だった。
あの日、私は、聞き逃してしまった。
あや姉のほんの小さな悲鳴を聞き逃して、死なせてしまった。
だからこそ、この先は、決して聞き逃さないように、間違えないように、あや姉を救えなかった分、他の誰かを救えるようになりたい。
でも、それは、決して綺麗な感情ではなかった。
これは、ただの偽善だ。
誰かのためじゃなく、自分のために人に優しくする。
でも、そうでもしないと、自分を保てなかった。
あや姉を死なせてしまった。
その罪が、今の重くのしかかる。
ねぇ、あや姉。
あなたの命は、善行、何人分でしょうか?
どれだけの人を助ければ、あや姉は
――――戻ってきてくれるの?
◇◇◇
「こんにちは。彩音に会いに来ました」
その後、あや姉が住んできた家は、今はもう使われなくなって、あや姉の家にあった仏壇は、そのまま倉色家にやってきた。
だからか、蒼一郎さんは、定期的に私たちの家に来て、あや姉に線香を供えて行った。
蒼一郎さんは、今でもあや姉を愛してる。
亡くなっても、その気持ちは変わらないと言っていた。
でも、蒼一郎さんが来るたびに、私はとても悲しい気持ちになった。
結ばれなかった二人を思い出して、あや姉の最期を思い出して、涙が溢れそうになったから。
だけど、蒼一郎さんがくると、理久がよく気を聞かせて、蒼一郎さんを連れ出してくれた。
「蒼一郎さん、理久と遊んで!」
そういって、蒼一郎さんを連れていく理久は、私と蒼一郎さんを二人っきりにしないようにしてくれたのだと思う。
理久は、とても家族思いの優しい子で、あれから大きくなって、日に日にしっかり者になってきた。
そして、今でも私の側で、よく私のことを助けてくれる。
でも、私が、もっと強ければ、理久は今頃、姉離れをしていたかもしれない。
優しい家族に囲まれて、私は甘えていた。
でも、きっとこのままじゃダメだ。
そう思うようになったのは、それから数年が経って、短くなった髪が、また伸びたころ。
◇◇◇
「え? 別れちゃったの?」
それは、高校2年の冬。
一織ちゃんが、突然彼氏と別れた。
中3から付き合っていた二人は、とても仲良さそうに見えた。だけど、終わりは意外と、あっけないものだった。
「そういえば、最近、うまく言ってないって言ってたけど」
まさか、別れるほどだったとは──お弁当を食べながらそう言えば、一織ちゃんは、深くため息をつきながら
「だって最近『ヤりたい、ヤりたい』ってうるさいんだもん……!」
「え? やりたいって何を?」
「う……いや、えっと……あかりちゃんって、そういうの、ちょっと疎いよね?」
「え、疎い!? 何の話!?」
「だから――」
意味がわからず首を傾げれば、一織ちゃんは、私の聞こえる方の耳に顔を近づけて
「最近、エッチしたいってうるさいの」
「……ッ」
その赤裸々な話に、私は顔を赤くし、同時に驚愕する。
そ、そっか、みんなもう、そういうお年頃なのね。
無理もない。
だって私たちは、もう高校2年生だ。
「そうなんだ……それで、別れたの? ていうか、まだだったんだ」
「あたりまえじゃん。失敗して、子供デキたら怖いし……っ」
「あぁ、それは確かに」
子供なんてできたら、大変だ。
まだ学生だし、女の子には色々なリスクがある。
だが、高校生にもなれば、様々な恋愛話を耳にした。誰と誰が付き合っただとか、誰が妊娠して休学するんだとか、色々。
そして、それと同時に、芸能人やアイドルに熱を上げる同級生もたくさんいた。
でも、どんな素敵な男性の話をきいても、私の感情は全く動かなかった。
この頃の私にとって、異性は、その辺の転がってる大根やカボチャと同じようなものだった。
誰が、カボチャに恋をするだろう。
それだけ、恋をしないと決めた私の決断は固かった。
恋に臆病になったというよりは、むしろ、恋をするのが、恐怖に近かった。
誰かを好きになるのが怖い。
誰かに好意を向けられるのが怖い。
だって、その先に待つのは
身を切るような『絶望』だけだと知ってしまったから──…
「はぁ~、次はもっと私の体を大事にしてくれて、おまけに家事も育児も完璧なイケメンみつけよー」
すると、一織ちゃんが切実な声でそう言って、私はくすくすと笑いだした。
「育児って。それは、さすがに高望みしすぎじゃない? 私たちまだ高校生だよ?」
「そうだけどさー、いいんだよ。理想は高く! そういうあかりちゃんは、まだ好きな人できないの?」
「うん、私は全く」
「もう学生生活、損してるぞー!」
一織ちゃんは、あや姉の自殺の原因をしらない。私が話してないから、知ることすらできないんだけど、だからこそ、私の決意も知らなかった。
でも、一織ちゃんの前では、普通に振舞っていたかった。
普通の女の子として接してくれるからこそ、普通でいたかった。
だから『一生結婚しない』なんて、夢のないことも言わなかったし『なかなか好きな人ができない』そんな風に話を合わせていた。
でも、自分でも、矛盾しているのには気づいていた。
普通じゃないと自覚したはずのに、それでも、普通に接してもらうことを求めてしまう。
それは、私が普通じゃないからこそなのか?
それとも、こんな自分でも、普通の人間だと思いたいからなのか?
答えは出ているのに、まるで心は納得していないような、変な感じだった。
でも、それから、季節は巡り、私の髪が更に伸びたころ。
高校3年の冬。
私は、ある転機を迎えた。
それは、親元を離れて一人で生活するという『自立』への決断だった。
*あとがき*
https://kakuyomu.jp/works/16816927861981951061/episodes/16816927863153775647
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます