第246話 モデルとドラマ

 バタン──と玄関が閉じる。


 ミサが自宅に帰ると、家には既にエレナが帰宅していた。


 1階の明かりが全て消えている所を見ると、きっと2階の自分の部屋で勉強でもしているのだろう。


 ミサは、そんなことを考えながら靴を脱ぐと、そのまま2階のエレナの部屋へと向かった。


 上へと続く階段を上りきると、その先にある子供部屋の前に立つ。


「エレナ」

「……!」


 扉をノックし、返事がある前に中に入ると、エレナは窓際にある机に向かい宿題をしている所だった。


「ただいま」


「お、おかえりなさい」


「今日はモデルのレッスンどうだった?」


「あ、うん……いつも通り」


「そう……」


 いつもと変わらない娘の姿に安堵しつつ、ミサはそっとエレナの側に歩み寄ると、勉強をするエレナの手元を覗き込む。


 見れば、机に広げたノートに一字一字丁寧に習得した漢字を書いていた。


 エレナは、それなりに勉強も出来るし、字も綺麗だ。言葉使いも丁寧だし、姿勢だっていい。


 自分が教えた通り、全て身につけてきたエレナは、きっとどこに出しても恥ずかしくない、申し分ない子に成長した。


(今度こそ……)


 今度こそ、叶えられるかもしれない。


 そう、余計な"邪魔"さえ入らなければ──



「あれから、あかりさんとは、連絡取ってない?」


「え?」


 真横からミサが声をかけると、エレナは途端に身を強ばらせた。


 漢字を書いていた手が止まると、指先が微かに震える。ふと視線を移すと、母であるミサが机の上に置いていた、エレナのスマホを手にとっていた。


 きっと、中身を確認するつもりなのだろう。


 LIMEのデータや通話の履歴。エレナが他の"誰か"と、連絡をとってはいないか。


「と、とってないよ……っ」


 スマホをスクロールし、履歴を確認する母を横目で見つめながら、エレナは怖々とそう返した。


 あかりとは、もう連絡をとってはいない。


 着信履歴に残っているのは、基本「狭山さん」ばかりのはずだ。


「……そう、いい子ね。もうあんな子に関わってはダメよ」


「……うん」


 再びミサに微笑みかけられ、エレナは手元に戻ってきたスマホをキュッと握りしめると


(よかった……っ)


 のことはバレてない。


 エレナは、そう思い小さく胸をなで下ろす。だが、ほっとするも束の間


「そう言えば、そろそろかしら? オーディションの結果が出るの」


「……っ」


 突然降ってきた問いかけに、エレナは息を飲む。オーディションを受けてから一ヶ月弱。合格者には、そろそろ連絡が来る頃だった。


 だが、まさか受けていないなんて口が裂けても言えない。


 でも、受けていない以上、結果が出るわけもなく。


(っ……どうしよう)


 唇を噛み締めると、エレナは再び飛鳥のことを思い出す。


《今はあの人を怒らせないように、少しずつエレナの気持ちを伝えていくしかない。長期戦になると思うけど……できる?》


 このままは嫌だ。


 なら、少しずつでもいいから、なにかを伝えていかなくては、何も変わらない。


 どちらにせよ、オーディションは合格しないのだ。なら……


「そ、そうだね。で、でも、私……合格する……自信……ない…っ」


 俯き、小さな声で訴える。


「……どうして?」


「う、上手く笑えなかったし。それに私の他に、すごい人は……たくさんいたし」


「…………」


 一つ一つ放つ言葉が、すごく重い。


 真横から見つめる圧力に萎縮する。

 不安な思いは、胸の中でぐるぐると渦巻く。


 怒られるかもしれない。

 怒鳴られるかもしれない。


 また、物が壊れるかもしれない。


 怖い。怖い……でも───


「エレナ」

「……っ」


 名前を呼ばれ、身構える。すると──


「大丈夫よ。エレナなら」


「え?」


 ポンと頭を撫でられ言われた言葉に、エレナは目を見開いた。


「仮に合格できなかったとしても、精一杯頑張ったのなら、それでいいわ。そう簡単に芽が出る世界じゃないし、また次頑張ればいいのよ」


「っ……」


 叱られなかったことに、安堵する。だが…


「エレナはモデルに、なりたいのでしょう?」


「………………」


 モデルに──


 念を押すように問いかけられた言葉に、エレナは再び口ごもる。


 本当はモデルなんてやりたくない。


 だけど、その言葉が、どうしても言えない。


 喉元に食い込む言葉を、エレナは必死に飲み込むと


「うん……」


 ただただ同意することしか出来なかった。








 ◇


 ◇


 ◇




『いや、そんなの信じない!』


 時計の針がコチコチとリズムを刻み中、神木家のリビングでは、悲痛な女の声がこだましていた。


 あれから、帰宅した双子は兄に出迎えられ、いつも通りの時間を過ごした。


 帰宅して、ご飯を食べて、宿題をして、お風呂に代わる代わる入って、最後に兄の飛鳥が風呂から出てきたのが、22時頃。


 それからは、ただただ3人ソファーに座って誰が見ているのか分からないテレビドラマを呆然と見つめていた。


 帰りがけに『兄にそっくりな女の人』にあった双子は、完全に仲直りするという思考を吹っ飛ばされ


『自分の母親』のことを話さなくてはと決心した飛鳥も、そのタイミングが掴めず


 結局3人は、今もぎこちないままだった。


(どうしよう……)


(空気、重い)


(てか、なんで、誰も話さないんだろう)


 いつもなら、会話がなくても特段気にならないのに、この重苦しい空気のせいか、無言でいるのがとにかく辛かった。


 だが、待てど暮らせど、いつもの陽気な会話は訪れず、その後もリビングには、ずっとドラマから流れる男女の声だけが響いていた。


『俺だって信じたくねーよ! まさか俺たちが、兄妹だなんて!』


 すると女に引き続き、ドラマの中のイケメン俳優が声を発した。


 いきなり聞こえてきた『兄妹』というキーワードに、3人は一斉にテレビに視線を向ける。


『どうして!? 私達こんなに愛し合ってるのに、今更、異母兄妹だなんて……っ!』


『俺だって、信じたくない。でも本当なんだ! お前は俺の"生き別れの妹"で、俺達は正真正銘血の繋がった──"兄妹"なんだ!』


 泣き崩れるヒロインを、主人公の男が抱きしめる光景に3人は唖然とする。


 なんでも恋人同士だった主人公とヒロインが、異母兄妹だったと発覚したらしい。


(え、待って。このドラマこういう話だったの?)


(嘘でしょ。私、ただの恋愛ドラマだとおもってた!)


(つーか、付き合ったあとに兄妹だってわかるなんてシャレにならねー)


 思っていたよりもドロドロとした内容に、三人は困惑する。


(てかこれ、あれだよね。前に本屋で見かけた小説の……ドラマ化してたんだ。でも確かあの小説、遺産相続問題に発展して、修羅場続出とか書いてあったような)


(うわ~異母兄妹って、まさに私と飛鳥兄ぃみたいな関係じゃん。なにこれ超気まずい)


(話し重すぎる。てか、これバッドエンドなんじゃ)


 このままでは、ただでさえ重い空気が更に重くなる。


 なによりも、異母兄妹弟である自分たちの前で、このドラマは酷すぎる!!


(け、消していいかな?)


(消したい)


(てか、これ誰が見てんの?)


 はっきりいって、誰も見ていない。


 このドラマは、この空気を少しでも回避するため、何気なしに付けていただけだった。


 だが、誰かみているかもしれないと思うと、3人は勝手に消すこともできず、生き別れていた兄妹の話は、更に重苦しい話題へと発展していく。


『私達、別れなきゃダメなのかな?』


『バカ言うな、例え兄妹でも俺は──』


 あぁーダメだ!

 これは、このまま見続けてはいけない!


(な、なにか話さなきゃ!)


 空気を変えなければと、華は内心慌てふためき、ぐるぐると考える。


 学校の話でもするか? でも、あからさまに話題を変えるのは不自然すぎる!


 そう思った華は──


「あはは~なんかすごい話だねー。ねぇ、飛鳥兄ぃなら、どうする? 突然、とか出てきたら!」


「──え?」

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