第247話 電話と動揺

「あはは~なんかすごい話だね。そうだ、飛鳥兄ぃなら、どうする突然、生き別れの兄妹とか出てきたら!」


「──え?」


 話題を変えようと、華が高く声を発した。


 だが場を明るくしようとして放ったその言葉は、兄に受け取られることはなく、その場の空気はしんと静まり返った。


 リビングには、以前テレビの音だけが響いていた。


 だが、テレビから流れる男女の会話などもう耳には入らず。


 その瞬間、飛鳥が思い浮かべたのは、もう一人の『妹』である──エレナのこと。


「ぁ……え、と…」


 突然のことに、言葉をつまらせた。

 すると、その反応を見て華が首をかしげる。


(どうしよう……っ)


 話した方がいいのだろうか?


 俺にはもう一人、妹がいるって──


「あのさ……華、蓮」


「あ~~~~!!!」


 すると、意を決して声を出した瞬間、ソファーの真ん中に座っていた華がそれを遮った。


 沈んだ空気を割くように響いた声に、両隣に座っていた飛鳥と蓮が驚き目を見開くと、華は間髪入れずに言葉を続けてきた。


「わ、私もう一つ宿題あったの忘れてた!!もう部屋に戻るから!後はごゆっくり!」


 そう言うと、勢いよく立ち上がった華は、二人を残しバタバタとリビングを出ていった。


 二人残された蓮と飛鳥は、お互いに視線を合わせると、目と目が合った瞬間、蓮は少し困った顔をして視線を逸らす。


「ぁ……俺も部屋に戻ろうかな。なんか眠くなってきたし」


 どこかぎこちない雰囲気を宿したまま、蓮が立ち上がり部屋を出ると、一人だけ残されたリビングで、飛鳥はリモコンを手に取り、事の発端となったドラマを消しさる。


「はぁ……」


 深々とため息をついて、ソファーにもたれかかった。


 びっくりした。

 いきなり、あんなこと聞かれて──


「ほんと……ダメだな、俺」


 話すって決めたはずなのに、話さなくて済んだことに


 こんなにも、ホッとしているなんて──




 トゥルルルル…!


 すると、テーブルの上に置いていたスマホが突然鳴りだした。


 相手の名前を確認して、画面をスライドさせると、飛鳥はソファーにすわったまま電話に出る。


「もしもし」


『あの、飛鳥さん? 今大丈夫?』


 かけてきたのは、エレナだった。


 今まさに考えていた人物からの電話に飛鳥は小さく苦笑すると、その後いつも通りエレナに語りかけた。


「うん。大丈夫だよ。エレナの方こそ大丈夫?」


『うん。私は大丈夫。お母さん、頭が痛いからってもう寝ちゃったから』


 エレナに連絡先を渡してから1ヶ月。


 あれからエレナとは、何度かこうして電話でのやり取りをした。


 初めはぎこちなかったが、最近になり少しずつ打ち解けてきたのか、エレナもあまり堅苦しい言葉は使わなくなった。


『あのね、今日お母さんにスマホ見られちゃった…』


 唐突に発せられた言葉に、飛鳥は眉を顰める。


「え……なにそれ。もしかして、俺の事バレた?」


『うんん! それは大丈夫。飛鳥さんの連絡先はスマホには登録してないし、電話かけたあとも履歴が残さないようにすぐに削除してるから……どちらかというと、あかりお姉ちゃんと連絡とってるんじゃないかって、疑われてる』


「……」


 不安げに発せられた声に、あかりを心配するエレナの思いが伝わってくるようだった。


 無理もない。


 エレナは、あかりをとてもとても慕ってる。


 それこそ、幼い頃の自分とゆりさんのように…


(なんでよりによって、あんな厄介な人に……)


 一抹の不安。

 それにより飛鳥は軽く頭を抱えた。


 あかりを巻きこみたくない。だからこそ、飛鳥もエレナも、あれからあかりには会ってない。


 守るためには、きっと、遠ざけるのが一番だと思ったから。


「連絡は、とってないんだろ?」


『うん…』


「なら、多分大丈夫だよ」


『そうならいいんだけど……あ、それとね』


「あー、ちょっと待って」


 どうやら話が長くなりそうだと、飛鳥はソファーから立ち上がった。


 エレナのことは、まだ誰も知らない。


 なら、いつまでもリビングで話しているわけにはいかないと、飛鳥は自室に戻るため扉の方へと歩き出す。


 リビングから出て薄暗い廊下に出ると、右手にある双子の部屋を一度流しみた。


 まるで、コソコソと逃げ回るような、そんな自分の行動に、飛鳥は先日の蓮の言葉を思い出し、失笑する。


(ホント……隠し事ばかりだな)










 ◇


 ◇


 ◇







 その後華は、バタバタと部屋の中に駆け込んだあと、扉の前で一人へたりこんでいた。


「な……なにあれ……っ」


 なんで!?


 なんでせっかく空気変えようとしてるのに、黙ったの!?


 なんで、冗談で返さなかったの!?


 いつもだったら


『は? バカなの? そんなのいるわけないだろ』


 くらい言いそうじゃん!?

 余裕綽々で鼻で笑われそうじゃん!!


 それがなに?


(あ~そうか! ドラマに夢中で聞こえてなかったんだよね、きっと!)


 そうだよね?

 だから、あんな顔してたんだよね?



「っ───はぁ~…」


 散々自分を言いくるめるが、それが無駄だと気づくと、華はその後、深く深く息を吐いた。


 宿題を忘れてたなんて、嘘だ。黙り込んだ兄を見た瞬間、思わず逃げてしまった。


 その先の言葉を聞くのが


 怖かったから──



「どうしよう……っ」


 全身の力が抜けると、華は膝を抱え蹲り、先程の自分の言葉を思い出す。


『飛鳥兄ぃなら、どうする? 突然、生き別れの兄妹とか出てきたら』


 いつもと、様子が違った。

 すごく、困った顔してた。


 あれは、聞こえてなかった反応じゃない。


「もしかして、本当にいるの……兄妹」




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