第249話 遊びと夢
モデル事務所に呼び出されたミサは、その日は仕事を早めに切り上げ、狭山と共に2階の応接室にいた。
渡したい書類があると言われ、テーブルを挟んで向かい合ったミサは、狭山から書類を数枚受け取る。
「うちは一年ごとに更新することになっています。エレナちゃんも、うちの事務所に入って、もうすぐ一年になるので、このままモデルの仕事を続けるなら、この書類に必要事項を書いて、俺に提出してください」
そう言われ、ミサは渡された書類に目を通す。
ミサとエレナが、この桜聖市にきて──もうすぐ1年。
エレナには、昨年の11月に引っ越してきて、すぐに事務所のオーディションをうけさせた。
難なく通過して、確か12月中ごろ、正式に事務所に所属するのが決まった。
それから一年、月日が経つのは早いものだと、ミサはしみじみしながら、ニッコリと狭山にほほ笑みかける。
「分かりました。では、記入したら、またエレナに持たせます」
「あ、はい……よろしくお願いします」
ミサの言葉に、歯切れの悪い声で返事を返すと、狭山は少しだけ表情を曇らせた。
例のオーディションがあった日、狭山はエレナの異父兄妹である「神木 飛鳥」と話をした。
彼とエレナちゃんの関係や、ミサさんのこと。
色々総合した上で、狭山は飛鳥に協力することにした。
エレナは、モデルをやりたくないと思っている。なら、少しでもいいから、ミサに今のエレナの様子を伝える必要がある。
でなくては、きっと彼女は、エレナの気持ちなど、考えもせず、この書類をなんの迷いもなく提出してしまうのだろう。
「あ、あの……紺野さん」
「はい、なんでしょう?」
綺麗な青い瞳を細めて、ミサが美しく微笑む。
その笑みに、狭山は少しだけ鼓動が早まるのを感じながら、いつも通りを装い話しかける。
「あの、最近エレナちゃんは……どうですか?」
「……どう、とは?」
「あ。いえ、エレナちゃん、最近、笑顔がぎこちないというか! 少し疲れていたり、ストレスが溜まっていたりとか、しないかなー……なんて?」
「…………」
瞬間、ミサの表情がひやりと冷たくなって、狭山は硬直する。
あ、ヤバい。怖い。
だが、このまま何もしないでいると、エレナちゃんはずっと苦しんだままで
「あ、ほら! 学校でなにかあったりとか!? それに放課後は仕事ばかりですし、たまには気分転換に、どこかいってみるのもいいんじゃないかなーと! あ。そういえば、夏休みは、どこか行きました? 海とか遊園地とか?」
「………」
「エレナちゃん、しっかりしてるけど、まだ子供ですし、楽しいところに連れて行ってあげると、きっと気分も晴れて、笑顔も──」
「狭山さん」
「!!?」
突如、名前を呼ばれた。
そして、その瞬間、狭山は滝のような汗をかく。
「は、はい……っ」
「お言葉ですが、あの子はモデルになるのが『夢』なんです。海に行って日焼けをしたらどうするんですか? 遊園地に行って、怪我をしたら狭山さん責任取ってくださるの? あなたは、あの子の夢を潰す気ですか?」
「す、すみません……っ」
あぁあああああああぁああああああああああああああああああああぁぁぁ、怖えええぇぇ!!!?
待って、神木くん、これ無理!!
協力するって言ったけど、やっぱり無理!!
なに、君たちのお母さん、怖すぎるんだけど!? 全然話聞く気ないんだけど!?
ムリ! オレにはこの山は動かせない!
どこに逆鱗ついてるか分からない!!
ていうか、絶対、今、地雷踏んだよね?
目が笑ってないもん。
しかも、責任とれとか!!
あぁぁぁぁぁ、神木くん、ごめん!!
本当にごめん!!
あとは、任せた!!!!!
「あはは、そうですよね~怪我なんてしたら、モデルの仕事なくなっちゃいますもんね~」
「…………」
狭山は苦笑いを浮かべると、そそくさと書類を手に立ち上がる。
「で、では、書類を提出するときは、期限までにお願いします。あと、オーディションの件は残念でしたが気を落とさずに! 帰ったらとりあえず頑張ったエレナちゃんを褒めてあげてください、では!」
そう言うと、狭山はそそくさと応接室から退散する。
「………」
そして、一人残されたミサは、書類をカバンに詰めると、狭山に続き応接室をでた。
すると、事務所の廊下を進みながら、ミサは小さくため息をつく。
先日のオーディション、どうやら、エレナは──"不合格"だったらしい。
それは、昨日結果が出て、先程狭山に告げられたことだった。
(仕方ないわよね……)
そう簡単に、合格出来る世界じゃない。
まだ、小さな仕事しかないけど、それでも、エレナはよく頑張ってる。
「褒めて、あげて……か」
ボソリと呟いて、廊下の角を曲る。すると
「あ、紺野さん!」
その先で、この事務所のアシスタントと出くわした。
「あら、こんにちは」
「こんにちは~。エレナちゃん、残念でしたねー」
それは、オーディションのことを言っているのか、ミサは心なしか悲しそうに微笑むと
「そうですね、でも──」
「エレナちゃんなら、オーディションを受けてさえいれば、絶対合格出来ると思ってたのに!」
「……え?」
瞬間、ミサは思考を止めた。
オーディションを……受けてさえいれば?
「……あの」
「はい?」
「今の話、もう少し詳しく聞かせて下さらない?」
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