第158話 父と母

 

「えぇ、お父さん、なんで!?」

「帰ってくるなんて聞いてないけど!?」


 突然、玄関を開け入ってきた侑斗に、華と蓮は困惑した。今、ロサンゼルスにいるはずの父が、いきなり帰ってきた!


 しかも、心配するだろうと思い、兄が熱を出したことは伝えていない。


 それなのに、どうして?


「どうしたの、お父さん! なにかあったの!?」

「何かって、そりゃ……っ」


 何事かと父に詰め寄る双子に、侑斗は、昨夜、電話をかけてきた息子のことを思いだし、眉をひそめた。


 あの飛鳥が、ミサに、また出会ってしまった。


 これは、飛鳥にとっても、侑斗にとっても一大事。だが、そんなこと言えるはずもなく……


「あー……えーと。なんか急に、寂しくなって」


「ただのホームシック!?」


「飛行機代、いくらかかると思ってんの!?」


 まさかのホームシックで高額な交通費を払い、いきなりロサンゼルスから帰国をした父!!


 父の真意など知らぬ双子は、まるで哀れむような視線を向けた。だがそこに


「お久しぶりです、侑斗さん。あと、お邪魔してます」


「あ、隆臣くん、いらっしゃい!」


 双子のあとに続き、隆臣が声をかけると、侑斗は、そんな隆臣にむけて、明るく返事を返す。


 だが、肝心の「長男」が顔を出さないことに、侑斗ははたと疑問を抱く。


「……飛鳥は?」


「あ、それが兄貴、急に熱だして……っ」


「え? 熱?」


 飛鳥が熱を出した。それを聞いて、侑斗の心には、小さな不安がよぎった。


(飛鳥……やっぱり、昔のことを思い出して)


「あ、でも、熱は下がったし、食欲もあるから、大丈夫だよ! 一時的に熱出しただけだから」


 だが、侑斗の不安げな表情を読みとってか、華が心配かけないように、飛鳥の容体を伝えると、侑斗はそれを聞き少しだけ安堵する。


「そうか……隆臣くんも悪いね、わざわざ来てくれたの?」


「あ、俺は……」


「私たちが頼んだの! お昼作りにきてくれて、私たちが学校行ってる間、飛鳥兄ぃのこと看ててくれたんだよ! 夕飯誘ったから、隆臣さんも一緒でいいよね?」


「あーもちろん。ありがとう隆臣くん。ゆっくりしていきなさい」


 そう言うと、侑斗は荷物を玄関に置いたまま、飛鳥の部屋に向かった。


「あ。お父さん! 飛鳥兄ぃ、今寝てるよ!」


「大丈夫。顔をみてくるだけだから! 華と蓮は俺の荷物頼むな」


 自身の不安を気取られぬよう、侑斗はいつも通りにこやかな声を発し、玄関をあとにすると、そのまま飛鳥の部屋に向かい、扉をあける。


 音をたてないように静かに閉め、部屋の中を見回すと、室内のカーテンは閉められておらず、夕方雨が上がり、晴れた空からは綺麗な月が覗いていた。


 侑斗は、ベッドに目を向けると、眠る飛鳥に歩み寄り、そっと、その額に手を触れた。


(本当に……熱は下がってるんだな)


 眠る我が子の体温を確認して、ほっとする。


 正直、飛鳥の話を聞いた時は、驚いた。


 ミサが、この街に───?


(どうして、今になって……っ)


 あの日、連絡を絶ってから、ずっとミサからの連絡はなく、お互いの所在は一切知らずに過ごしてきた。


(たまたま、引越してきたのか? それとも、ミサは知ってるのか?)


 俺達がこの街にいること───



「んー……」


 すると、額に触れた手の感触に気がついたのか、飛鳥が少しだけ身じろいたあと、うっすらと瞳を開けた。


「あ、ごめん。起こしちゃったな?」


「……」


「ただいま、飛鳥~♪」


「……え?……父……さん?」


 だが、いるはずもない父が目の前にいる。


 突然の父の登場に、飛鳥は、驚きベッドから起き上がると、慌てて父に声をかけた。


「ちょ、なんでいるの!? 仕事は!?」


「お前に電話貰ったあと、すぐ同僚に連絡して、休み変わってくれないかってお願いしたんだ。丁度、企画一つ片付けて一段落した所だったし、運良く連休貰えて、さっき帰ってきた! まー明日の昼過ぎには、また戻らなきゃいけないけどな」


「帰って……きたって……っ」


 今の時刻は午後6時前。だが、ロサンゼルスから日本までの移動時間は、飛行機で約11時間ほどかかる。


 今の時間に着いているということは、あのあとすぐ、飛行機に乗ったのだろう。


 息子からの電話を受けたあと、すぐに──


「なんで……別に帰ってこなくてもよかったのに……ごめん、俺が、あんな電話したから……」


 まさか、帰ってくるなんて思ってもいなかったと、飛鳥が申し訳なさそうに言葉を放つと、侑斗は少しだけ困った顔をした後、飛鳥の頭にくしゃくしゃと撫でる。


「なんでお前が謝るんだ。俺は父親なんだから、心配するのは当たり前だろ? それに、俺が、飛鳥に会いたかったんだ」


「……っ」


 そう言って、柔らかく微笑む侑斗の姿は、子供の頃から何度と見てきた、優しい父の姿だった。


「飛鳥。俺はな、ゆりを亡くした時に思ったんだ。別れは、いつ突然訪れるか分からないから、だから、その時その時、後悔しない選択をしようって……だから俺は、子供たちに何かあったら飛んで帰るし、そのためなら全力を尽くす。あとで『あの時、帰っていれば』って後悔したくなかったから、今日、会いに来たんだ。だから、これは俺のわがまま……やっぱり、声だけだと心配でな。お前の顔を見れてよかったよ、飛鳥」


「……」


 そういって、また頭を撫でる父の手に、飛鳥はふと幼い頃を思い出した。


 子供のころから、何度とこうして、頭を撫でてくれた。


 昔は自分のことを、父親には向いてないとかいってたのに、そんなことない。


 口先だけじゃなく、本当に帰ってきてくれる。


 子供のために、ここまで一生懸命になれるなんて、「親」って、凄い。


「飛鳥?」


 突然大人しくなった飛鳥をみて、侑斗が心配し声をかけると、飛鳥は、そんな父の顔を見上げた。


「うんん……俺、愛されてるんだなーって」


 そう言って、飛鳥が微笑む。すると


「ぁぁぁぁ飛鳥ぁ! お前ホント、いくつになっても可愛いやつだな! うん、愛してるよ!! お前は、俺の自慢の息子だよ!!」


「だからって、抱きつけとは言ってない!!」


 感極まった侑斗が、ガバッと飛鳥に抱きつくと、飛鳥は顔を青くし声を上げた。


 こんなところは、相変わらずだ。


「ちょっと、お父さん!」


 すると、そこに、パッと部屋の明かりがついて、様子を見に来た華が、部屋の入口から声をかけてきた。


「もう、なかなか来ないと思ってたら、やっぱり起こしてる~!」


「起こしてないよ、起きたんだ!」


「どうだか?」


 すると、華のあとに続き、蓮と隆臣も顔を覗かせた。


「兄貴、体調悪いっていったじゃん。なに抱きついてんだよ」


「そうだよ。また、熱だしたらどうすんの!」


「酷いな~。あ!さては、やきもちか? 心配しなくても、華と蓮も、ぎゅっとしてあげるよ。ほら、おいで~」


「「!?」」


 侑斗が、両手を広げ駆け寄ると、それを見た華が、慌てて蓮の後ろに隠れ、蓮が華を庇いながら威嚇する。


「父さん! さすがに、それ華にするのは、セクハラ!!」


「そうだよ! 私達もう高校生なんだよ!?」


「セクハラ!? それ酷くない!? 昔はお前達から、だきついてきただろ!!」


 抱きしめようとする父から、逃げる双子。


 飛鳥がそれを無言で見つめていると、今度は、隆臣がベッドまで歩み寄ってきた。


「もう、平気か?」


「うん。ありがとう、隆ちゃん」


「……しかし、相変わらずだな、侑斗さん」


「あはは。昔はあんなにスキンシップ激しい人じゃなかったんだけどね?」


「え? そうなのか?」


「うん。あれ、母さんのマネしてるんだよ」


「え?」


「俺たちの母親。よくあーして、俺たちのこと抱きしめてくれてたんだ。だから──」


 飛鳥は、未だに双子にちょっかいをかけようとしている父を見て、目を細める。


 母がしてくれたこと。

 母ができなかったこと。


 それをずっと、母の代わりに、俺たちに与えてくれた。


 母の面影やぬくもりを、決して、忘れることがないように……


「へーいい父親もったな、お前も」


 隆臣がそういえば


「……うん。自慢の父だよ。今も昔も──」


 そう呟けば、飛鳥は、自然と笑みを漏らした。


「飛鳥兄ぃ!」


 すると、なんとか父から逃れてきたのか、今度は華が、パタパタと飛鳥の元に駆け寄ってきた。


「……もう、大丈夫?」


 兄を見つめ、心配そうな顔をする華。飛鳥は、そんな華を見つめると


「うん、大丈夫だよ。華と蓮が、隆ちゃん呼んでくれたおかげで、今日一日ゆっくり出来たよ。ありがとう」


 そういってニコリと笑う。だが、華は少しだけ悲しそうな表情をすると


「……あまり、無理しないでね?」


 その言葉に、飛鳥はふと考える。

 それは、なにを思って言っているのか?


(そういえば、目が赤かったとか言ってたっけ)


 もしかしたら、熱以外の事でも、心配をかけていたのかもしれない。飛鳥は華を見つめ、柔らかく微笑むと


「心配かけて、ゴメン……でも、もう、大丈夫だから」


 ────もう、大丈夫。


 俺には、こんなに頼りになる「家族」や「友人」がいてくれるって、わかったから。


 だから、きっと、もう



 ──────大丈夫。




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