第11章 お兄ちゃんと後輩
第159話 後輩と髪ゴム
あれから2週間ほどが経った、7月中旬。
神木家はいつもと変わらない賑やかな朝を迎えていた。
「ちょっと、飛鳥兄ぃ!!」
キッチンに立ち、朝食の準備をしている飛鳥にむけ、高らかに声をかけたのは、夏仕様の制服に身を包んだ華。
「また私の髪留め、勝手に使ってる!!」
「なら、その辺に置いとくなって、前にも言っただろ?」
朝からキーキーと甲高い声をあげる華に飛鳥は一切視線を移すことなく、目玉焼きとウインナーをフライパンで焼きながら、返事を返す。
兄の細くて長い金色の髪。それを束ねているのは、華が愛用しているピンクのバレッタだった。
エプロンをし、髪をアップにしている兄は、今日も変わらず美人で、ため息がでるほど新妻感が溢れている。
だが、そんなものも見慣れてしまった身内には、何の威力もない。
「だからって、勝手に使う!? てか、髪ゴムは?!」
「あー、髪ゴムなら部屋にあるよ」
「なんで、そっち使わないの!?」
「仕方ないだろ、朝ゴム持って、部屋出るの忘れたんだよ」
「だからって、妹の使う!? それに飛鳥兄ぃ、時々私のバレッタしたまま大学いっちゃうでしょ!?」
「あー、つい髪結い直すの忘れて……」
「何それー! 私がプレゼントした意味ないじゃん!!」
「ちゃんと、勉強中とか家で使ってるよ」
「じゃぁ、料理中も使おうよ!」
「てか、さっきからうるさい。わざわざ取りにいくのめんどかったんだよ」
「なにその怠慢!?」
キッチンの中で、喧嘩を始めた二人を見て、蓮がリビング脇にある母の遺影に手を合わせながら目を細めた。
チェストの上には、ガーベラの花が飾られた一輪挿しと写真立ての中で優しく微笑む母、ゆりの姿がある。
(母さん、なんでうちは、こんなに騒がしいんだろう……)
第159話 『後輩と髪ゴム』
◇◇◇
「蓮華、ご飯、出来たよー」
朝食の準備を終え、飛鳥はエプロンを外し、ダイニングデーブルのいつもの席に腰掛けた。
依然、華のバレッタで髪をアップにしたままの飛鳥。そして、夏の制服に身を包んだ双子が席につくて、3人は揃って手を合わせ「いただきます」と挨拶をする。
半熟の目玉焼きにウインナー。
レタスとトマトのサラダとオニオンスープ。
近所のパン屋で買ってきたフランスパンは、トースターで焼かれ、バターがしっかりと染み込み、口に含むとサクッと香ばしい音がした。
三人は、今日も兄が作った美味しい朝食を取りながら、いつも通り雑談を繰り返す。
するとそれから暫くして、食事を終え、コーヒーを手に取った飛鳥が、思い出したように声を上げた。
「あ、そうだ。俺、今日、遅くなるから」
その言葉に、まだ食事中だった華と蓮の手がピタリととまる。
「え? 遅くなるの?」
「今日、6限目まで?」
「うんん、大学は5限目まで。ただ、そのあと、後輩の家に行ってくる」
ピシッ──
瞬間、空間に一筋の亀裂が走った気がした。
それと同じに華と蓮が、口元を引き攣らせる。
「な、なんで?」
「なんでって……この前、借りた傘を返しにいこうと思って」
その返答に二人は言葉を詰まらせた。
傘とはあれだろう。兄が遅く帰宅したあの夜、後輩から借りてきたと言っていた女物の折り畳み傘。
だが、この前も「本を貸しにいくだけ」といいつつ、帰宅したのは夜8時すぎだった!
ならば、今回も「傘を返しに行く」と言って、遅く帰宅する可能性は十分にあった。
大体、本もそうだか、なぜ傘を返すためだけに、わざわざ家まで行かなくてはならないのか!?
てか、まだ返してなかったの!?
あれから、2週間も経つけど!?
「後輩なんでしょ? 大学で返せばいいじゃないの?」
「そうだけど……俺たち、大学では話さないようにしてるから」
大学では、話さないようにしてる!!?
コーヒー片手に平然と放った兄の言葉に、双子は、更に困惑した表情を見せる。
それもそうだろう。なぜ、話さないようにする必要があるのか? なにも、やましいことがなければ、話してもいいはず!
だが、話さないようにしているから、わざわざ家まで行くのだとすれば、それはつまり、秘密にしなくてはならない、ヤバい関係だということ!!
だから、バレないように、家で会ってるのか!?
「そ、そうなんだ。だから、わざわざ家まで行くの?」
「うん。でも遅いからって、心配するなよ」
「で、でもさ、兄貴。5限目終わるの、6時前でしょ? そんな時間に女の人の家に行くのって、どうなの?」
「どうって? 仕方ないだろ。夜、行かなきゃ会えないんだから」
「「…………」」
そして、今の兄との会話を経て、双子はある一つの確信を得た。
さて、皆さんは、お気づきだろうか?
今、兄が「女の人」という言葉を、一切否定しなかったということに!
(や、やっぱり女の人なんだ)
(傘を返しに行くって、もう、ただの口実にしか聞こえない)
わざわざ家まで行って、傘を返して、それで終わりなはずがない!!
いよいよ、確信めいてきた兄の疑惑。
先日隆臣は、今、兄に彼女はいないと言っていた。ということは、やはりこれは、彼女でもない女の人と、子供には言えないアダルト関係を築きあげているということなのだろうか?
(ねぇ、蓮。これってやっぱり、アレだよね? その女の人の家で)
(だろうな。むしろ、ここまで来て身体の関係ないはずないだろ)
(待って! でも彼女じゃないんだよ!? 止めるべき!? 後輩の家になんていかないでっていうべき!?)
(まて、お前がそれ言ったら、なんかややこしくなりそうだから!)
(じゃぁ、みて見ぬ振りしろっての!?)
(落ち着け! 俺も今、考えてるから!)
目の前で優雅にコーヒーを飲む兄の前で、双子は食事をとるのも忘れ、ひそひそと話しをする。
「なにしてんの? 早く食べなきゃ、遅刻するよ。俺もそろそろ、大学に行く準備を始め」
「兄貴!!」
すると、早く片づけたいと急かす飛鳥の言葉を遮り、蓮が突然声をあげた!
「あ、あの……っ」
真面目な顔をして、蓮は、まっすぐに兄を見つめると
「ゴ……ゴム、持っていくの、忘れないようにね?」
「……は?」
その言葉に飛鳥は、目を丸くする。そして、蓮の隣で、顔を赤くしていいのか、青くすばいいのか分からない華。
(ちょっと蓮!? 言わなきゃいけないこと、そこ!? いや、大事だけど! 大事だけどね! でも、伝えなきゃいけないこと、もっと他にもあるでしょ!? てか蓮、あんた絶対パニクってるでしょ!?)
確かに大事な話ではある。彼女でもない相手との間に、誤って子供でも作ってしまったら、女との修羅場よりも恐ろしいのは、なんといっても、あの父だ!
だが、まさか、そんな疑惑をかけられているとは露ともしらない飛鳥に、蓮の訴えが伝わるはずもなく
(……あー、ゴムって、髪ゴムのことかな? そういえば、朝忘れたからって、華と喧嘩したっけ)
飛鳥は、ふと朝のイザコザを思い出し「(髪)ゴムを(大学に)わすれないように」との事だと理解すると、いつものようにニコリと笑って
「大丈夫だよ。鞄の中に、いくつか常備してあるから!」
「「…………」」
その発言により、兄への疑惑が更に高まったのは言うまでもない。
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