第157話 隆臣くんと双子


 夕方5時すぎ──


 朝から降り続いた雨があがり、少しずつ晴れ間が見え始めたころ、華は、隆臣にコーヒーをさしだし、そのテーブルの向かいに腰掛けた。


「隆臣さん、今日はごめんね」


 学校に行く前、華と蓮は、隆臣の自宅まで、鍵て届けにいった。


 今日は一日、兄が心配で、あまり勉強には身が入らなかった。


 だが、それを察してか、学校が終わったタイミングで、ちょうど隆臣からメールが入った。


《大丈夫だから、ゆっくり帰ってこい》


 そんなメールに、こころなしか安心した華と蓮は、兄から頼まれたものや、夕飯の買い出しをして、3時頃帰宅した。


 そして、帰宅した後は、兄の顔を見て、少しだけ話をした。


 朝、あんな事があったからか、華は少しだけモヤモヤとしたものがあったが、兄のいつも通りの表情に安心してか、おぼつかない気持ちも、少しだけ落ち着いた。


 そして、そのあとは「もう少しだけ寝る」といった兄は、また眠りについて、双子は、宿題をしたり、隆臣にテスト勉強を見てもらったりして──今にいたる。


「あやまらなくていい。何かあったら、これからも遠慮なくいえよ」


「うん、ありがとう、隆臣さん。飛鳥兄ぃ、私が休むっていっても全然聞いてくれなくて……でも、隆臣さんが見ててくれてたから、安心して買い物も行けたし、本当に助かりました!」


 にっこりと、可愛らしくお礼を言う華。それをみて、隆臣は小さく息をつく。


(飛鳥も、このくらい素直に甘えられたらいいんだけどな)


 華と蓮とは、二人がまだ五歳の頃からの付き合い。なにかと世話を焼いてきたのもあってか、困ったときには素直に頼ってきてくれる。


 ある意味、第二のお兄ちゃんにでもなった気分だ。


「まぁ、昼の時点で、熱は下がってたし、食欲もあったから、もう大丈夫だろう」


「よかった~。じゃぁ、目が覚めたら、精のつくものいっぱい食べてもらわなきゃ!」


 隆臣の話を聞いて、華がホッとしたように微笑む。


 ──ガチャ


 すると、そのタイミングで、リビングの扉が開いた。どうやら、兄の様子を見に行っていた蓮が戻ってきたらしい。


「蓮、飛鳥兄ぃ、どうだった?」

「ぐっすり寝てたよ」


 華が問いかければ、蓮がすぐさま答えた。


 その後、ダイニングテーブルに座る隆臣と華をみて、蓮もいつもの席に腰掛けると、先程、華がいれてくれたのだろう、目の前に置かれた、コーヒーを手に取った。


「そうだ、隆臣さん。良かったら、夕飯食べてけば? 帰っても、美里さん帰り遅いし、いつも一人だって聞いたよ?」


 すると、蓮が、隆臣に夕飯を進め、華も、同時に賛同し、詰め寄った。


 隆臣は、父の正樹と母の美里との、3人暮らし。


 だが、父の帰りはいつも一定の時刻ではなく、母の美里は夜8時まで喫茶店を営業しているため、隆臣が平日夕飯をとる時は、大抵一人だった。


「そうだよ! せっかくだし、食べていって! 色々お世話になったし!」


「良いのか? ご馳走になっても」


「もちろん! 」


「まぁ、華の手料理で、悪いけどね」


「ちょっと、蓮! あんたは、また余計なことを!」


「なら、失敗するなよ」


「しないし!」


「はは、ありがとな、二人とも。じゃぁ、せっかくだし、頂いて帰る」


 目の前で、いつものやりとりをする華と蓮をみて、隆臣は、まるで幼子を見るような目で、優しく微笑んだ。


 高校生とはいえ、こんなところは、まだ子供っぽい。


「あ、そうだ、隆臣さん」

「ん?」


 だが、その後、華が少しだけ困った顔をして尋ねてきた。


「あ、あのね……飛鳥兄ぃのことで、一つ聞きたいことがあるんだけど?」


「飛鳥のこと?」


 急に飛び出した質問に、隆臣は首を傾げた。そして華と蓮は、同時に顔を見合わせると


「その……飛鳥兄ぃって、今……彼女とか、いるの?」


「え?」


 その言葉に、隆臣は困惑する。


(……彼女?)


 どうしたんだ、いきなり?

 いやいや、ないだろ。飛鳥あいつ今、彼女を作る気すらないし。


「いや……いないけど」


 率直に、ありのままを伝えた隆臣。

 だが


「そ、そうなんだ。やっぱり……いないんだ?」


「?」


 すると、その返事に、華と蓮は表情を歪めた。


 昨夜のことを思いだす。


 兄は「名前もしらない後輩」の家に上がり込んだばかりか、子供には言えないようなアダルトな隠し事があるらしい。


 だが、それを受け入れられない華と蓮は、もしかしたら彼女がいて、それを知られたくないばかりに、嘘をついたのかも?と思っていた。


 そう、兄の言っていた「後輩」が「彼女」なら、家に上がりこもうが、そこで何をしてようが、なんの問題もないのだ。


 だが、この兄の友人である隆臣が「いない」ということは、確実に、その後輩は──


 ということは、やはり兄は、名前も知らない女の家にあがりこんで───


「あぁぁぁぁ~、黒か」

「黒だな」

「え? なにが黒??」


 どこか、確信したかのように華と蓮が項垂れると、隆臣は意味が分からないとばかりに、頭をひねる。


「なんだ? 飛鳥が、どうかしたのか?」


「あ、あのね、隆臣さん、実は──」


 こんなこと相談できるのは、絶大な信頼を誇る隆臣さんしかいない!


 そう考えたのか、華は、兄に対する疑惑を隆臣に打ち明ける決意をした。


 だが───


 ガチャン!


「「!?」」


 瞬間、玄関から、物音が聞こえた。


 まるで鍵を開けようとでもするかのような、不気味な音。


 3人は、すぐさま話を中断すると、隆臣と蓮が、神妙な面持ちでリビングから玄関を覗き見る。


 すると──


「ただいまー」


 といって、玄関を開けたのは、なんと、海外にいるはずの神木家の父──神木かみき 侑斗ゆうとだった。

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