第420話 忘れ物と質問


「仮に何か言われたとしても──俺が守るよ」

「……っ」


 その言葉に、あかりの体は、火を吹くように熱くなった。


 守るという言葉は、前にも言われたことがあった。


 そして、目を合わせれば、その時以上に、真剣な瞳が訴えてくる。まるで、好きと語り掛けるように──


「だ、ダメです……そんなことされたら……っ」


 だが、あかりは、そう小さく拒絶したあと


「そんなことされたら、私、神木さんのファンに!」


「お前、まだそんなこと言ってんの!?」


 だが、その直後、全く違う話題が飛び出してきた。

 てか、いつぶりだ、その話題!?


 恥じらうでもなく、本気で嫌だと言わんばかりに、顔を青ざめさせたあかりに、飛鳥は、呆れ果てる。


 どうやら大学での自分は、未だに死神扱いらしい!


「お前、考えすぎ!」


「考えますよ! あなたのが、この大学に、どれだけいると思ってるんですか!?」


「隠れてるならわからないかな? ていうか、そんなに心配なら、いつ狙われてもいいように、俺が護身術、教えてあげるよ。あかり、一人暮らしだし、覚えていて損はないだろ」


「ちょって、待ってください。なんで私が、刺される前提で、護身術を覚えないけないんですか!?」


「だって、四六時中、俺がついてるわけにはいかないし、傍にいない時は、守れないだろ」


「さっき、守るって言ったのに!? てか、別に、あなたに守って貰らう必要はありませんし、なにより、神木さんが話しかけなければ、狙われることすらないんです!!」


「……っ」


 その後、ズバリと言い放たれ、結局、元の話題に戻ってきた。どうやらあかりは、大学内では、絶対に仲良くしたくないらしい。


 すると、飛鳥は……


「はぁ……分かったよ。じゃぁ、次はから出てね」


「………」


「なんで黙るの? 返事は?」


「そ、それより、要件はなんでしょうか?」


 あからさまに『返事』を避け、あかりが、話題を変える。


 なにより、いくら人けがないとはいえ、人が来ないとは限らないのだ。万が一、こんな所を誰かに目撃されたら、明日から、どんな噂が広まるか? 考えただけで、ぞっとする。


 だからこそ、あかりは、この状況を、早く何とかしたかった。


「用がないのなら、私もう行きますね。講義がはじまってしまうので」


 すると、微笑みつつも、そそくさと逃げるような体勢をとったあかりを見て、飛鳥は、小さく息をつくと、先程中断された話を、再び取り上げた。


「あのさ、この前、あかりの家に行った時、俺、忘れてなかった?」


「え?」


 その言葉に、あかりがキョトンと首をかしげた。


 髪ゴム──そう言われて思い出したのは、先日、飛鳥が女装をした時のことだ。


 まるでお人形のように、可愛らしいロリータ服を着て、美少女に変身した飛鳥。


 そして、その髪を結う際に、あかりは、飛鳥が持参した髪ゴムを使って、ツインテールにしてあげたのだが……


「あ……髪ゴムって、あのバラの飾りがついていたやつですか?」


「うん。多分、洗面台の辺りに置き忘れてると思うんだけど」


「えっと……っ」


 飛鳥の言葉に、あかりは必死に思考をめぐらせる。

 昨日、お風呂に入った時に、髪ゴムなんてあたっけ??


「あの……洗面台には、多分、なかったような?」


「そう……じゃぁ、洗面台の端に置いてたから、もしかしたら、隙間に落ちてるのかも? あの髪ゴム、エレナにあげようと思っててさ、見つけたら返してくれない?」


「あ、はい……!」


 なんだ、忘れ物があったから話しかけてきただけなのか──そう思うと、あかりはホッと息をついた。


 これなら、髪ゴムさえ返せば、もう関わることはないかもしるない。すると、あかりは、普段通り、ふわりと微笑むと


「わかりました。では、見つけ次第お返しします……それでは、私はこれで! あと、大学では、これまで通り一切話しかけ──ひッ!?」


 だが、そう言いつつ逃げようとした瞬間、突然、壁に手を付き、行く手を阻まれた。


 トン──と、飛鳥の腕が、あかりの目の前に置かれ、先ほどよりも距離が近づく。


「な……何やってるんですか?」


「お前こそ、なに言い逃げしようとしてるの?」


 いわゆる壁ドンのような体勢で、飛鳥がニッコリと微笑みかけた。


 その笑顔は、まさに天使だ。

 だが、あかりは、それの笑顔を見て、ゴクリと息を呑んだ。


 怖い!!

 その天使のような笑顔が、逆に怖い!!!


「い……いい逃げ、とは?」


「さっき、『電話に出て』って言ったのに、返事しなかっただろ。それなのに『大学でも話しかけるな』は、あんまりなんじゃない?」


「…………」


 もはや、二の句が告げなかった。


 確かに言い逃げと言えば、いい逃げだ。

 完全に、阻止されたけど……


「あの、それは……っ」


「電話に出る気がないなら、今後も大学で話しかけるよ」


「そ、それは困ります!」


「じゃぁ、電話にはでて」


「えっと……それも、ちょっと」


「ワガママ」


「どっちがですか!?」


 すると、まるで火がついたように、あれやこれやと押し問答が始まった。


 ケンカするのは、今に始まったことじゃない。

 これまでにも、何度かあった。


 だが、それも、しばらく繰り返せば、さすがに反論も尽きてきたらしく、あかりは、ひどく困りはてた。


(なに、なんなの……っ)


 なんで、そこまで関わろうとするの?


 ていうか、神木さんも講義を受けに来たのでは!?

 このままでは、二人共、遅れてしまうのでは!?


「あの……本当に、講義に間に合わなくなるので……っ」


 すると、あかりが、これ以上は……と言わんばかりに懇願し、飛鳥は目を細めた。


 確かに、あかりを講義に遅れさせる訳にはいかない。

 すると、飛鳥は、素直に引き下がり


「じゃぁ、一つだけ質問に答えて」


「質問?」


「うん。答えてくれたら、これからも大学では話しかけないし、俺から電話をかけたりもしないよ」


「本当ですか?」


 その瞬間、微かに光明がさした気がした。


 たった一つ、質問に答えるだけで、この場を収めることができるなら、なんだって答えてやろうではないか!


「わかりました! 答えます!」


 すると、あかりが、まっすぐに飛鳥を見上げた。


 校舎裏に二人きり。春の風は、そよそよと吹きぬけ、二人の髪を揺らす。


 すると、飛鳥は、あかりの瞳を覗きこみながら


「俺のこと、好き?」


 ──と、真剣な声で囁いた。





https://kakuyomu.jp/works/16816927861981951061/episodes/16817139556599570020


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