お兄ちゃんと授業参観 ③


「はい。今日は、タブレットを使って授業をします」


 クラス担任の女性教諭が、教壇から話しかける。


 今回の授業は、1人1台、学校からタブレット端末が貸し出され、それを子供たちが操作しながら、授業を進めていく。


 ネット社会が進み、パソコンやスマホが普及したからこその授業内容だ。


 そして、今回はグループ学習でもあるため、エレナは、机をくっつけ四人グループになっていた。


 ずっと仲の良くしてくれていた芦田あしださんと、その他に、男子と女子が一人ずつ。


 だが、グループを作り、先生の話を聞いている最中、急にクラスがざわめき出した。

 

 みんな、自分の親が気になるのだろう。


 だが、エレナは保護者不在のため、我関せずと言った感じで、ずっとタブレットを見つめていた。

 

 だが、その時──


「ねぇ、エレナちゃん。あの人、エレナちゃんの知りあい?」


「え?」


 いきなり意味の分からないことを問われ、エレナは首を傾げる。


(知りあい? 何の話?)


 しかも、授業中にも関わらず、みんな授業には集中せず、ひそひそと話をしているのに気づいた。


 なにやら、ただならぬ雰囲気。エレナは何事かと、教室の後方に目を向ける。


 するとそこには、エレナと同じ、ストロベリーブロンドの髪を持つ人物がいた。


 赤みの入った金色の髪。それは、夕陽の色に似た非常に珍しい色で、そして、その人物と目が合った瞬間、エレナは大きく目を見開く。


(あ、飛鳥さん!?)


 そう、なぜかそこには、飛鳥がいた!!

 神木家のお兄様が!!


(な、なんで!? 私、プリント捨てたのに!?)


 誰も来ないと思っていたのに、兄がいる!!

 しかも、めちゃくちゃカッコよくて、まるでモデルみたいだ!


 しかも、飛鳥は、ニッコリ笑いながら、エレナに、手を振ってきて、エレナは真っ赤になった。


(あ、あ、……授業参観、きてくれたんだ……っ)


 嬉しい!

 だが、もう授業どころではない!

 

 喜びと恥ずかしさで、心臓がドキドキして忙しない!

 そして、それは、エレナに限った話ではなく


「センセー! 授業止まってるよー!」

「え!? あ! ご、ごめんね!?」


 なんと、先生までもが、飛鳥に見惚れて、授業を中断する始末!


 そして、グループ学習のせいか、同じグループの生徒が、次々にエレナを質問を始めた。


「ねぇ、あの綺麗なお兄さん、誰!?」


「エレナちゃんの知り合いでしょ?! どういう関係なの!?」


「ど、どういう……っ」


 そりゃ、この髪の色と顔立ちを見て、他人だと思う人はいないだろう。だが、兄だなんて、果たして言っていいものか?


「あ、あの人は……私の……おに……っ」

「おに?」

「お、お、おに……っ」


 ダメだ、上手く話せない!!


 日頃『飛鳥さん』といっているからか、エレナは『お兄ちゃん』と言うのが、とてつもなく恥ずかしかった。


 しかも、飛鳥の事が気になるのは、エレナや生徒たちだけではなく


(なんだか隣に、めちゃくちゃいい匂いがするイケメンがいるわ)


(なんで授業参観に、こんなに綺麗な子がきてるの?)


(もしかして、紺野さんの知り合い?)


(入院してるって聞いたし、代わりに来たのかしら?でも、そうだとしたら)


((このイケメンと、紺野さんの関係が気になる!!!))


 もはや、お母様方の間でも、謎のイケメンについての脳内会議が繰り広げられていた。


 そして、このクラスには既に、絶世の美女(ミサ)が保護者としているのだ! 更に、その美女そっくりなイケメンが現れた!


 この美男子は、もしや、紺野さんのなのだろうか!?


 いや、もしかしたら、ということも考えられる!!


 しかし、なんてことだ!


 我が子に集中したいのに、この金髪碧眼の美青年が気になって、全く集中出来ない!!


 だが、そんな周りの葛藤など知りもせず、飛鳥は恥ずかしがるエレナを見つめて、微笑んでいた。


(顔、赤くなってる。可愛いなぁー)


 喜んでるのかどうかは分からないが、どうやら、サプライズは成功したらしい。


 なにより、可愛い妹が恥じらう姿は、自然と胸を和やかにしてくれる。


 エレナは、華とは、また違ったタイプだし、お兄ちゃんである飛鳥としては、どこか新鮮な感覚だった。


 なにより、最近の双子は、飛鳥が学校に行くと、すぐに帰れと言ってくるのだ。


 昔は『お兄ちゃん、お兄ちゃん』と、いつもくっついてきたくせに、成長とは、時に残酷なものである。


(しかし、タブレット授業か……俺が、小学校の時は、タブレットを使った授業はなかったな)


「あ、あの」


「?」


 だが、授業に集中していると、急に横から話しかけられた。視線を向ければ、隣にいた女性と目が合い、飛鳥は首を傾げる。


「なにか?」


「ひっ……! い、いえ、ごめんなさい!」


「???」


 目があった瞬間、顔を赤くし、目をそらす女性。


 そして、ふと思ったのは、ここにいる女性は、高確率で母親。それなのに、迂闊に目を合わせ、落としてしまったら一大事だ!?


(……あんまり、見つめないように気をつけよう)


 そんな訳で、飛鳥はできるだけ、目を合わせないように、気配を消しつつ(無理だったが)授業が滞りなく進むのを見守った。


 キーンコーンカーンコーン。


 そして、それから暫くし、終業のチャイムが鳴った後──


「飛鳥さん!」


 と言って、エレナが駆け寄ってきた。


「なんで! どうして、飛鳥さんが!?」


「華が、授業参観のプリントを見つけたって言って、俺に相談してきたんだよ。全く、変な気を回さず、次から、ちゃんと持ってこいよ」


「わっ……ご、ごめんなさい!」


 言いながらも頭を撫でてやれば、エレナは謝りながらも、嬉しそうにはにかみ、それを見て、飛鳥もホッとする。


 ただでさえ母親が入院し、寂しい思いをしているのだ。それが少しでも紛れたなら、兄としても嬉しい。


 だが、問題はここからだった!


 なんと、飛鳥のことを気にしていた児童たちが、一気に詰めかけてきたのだ!


「ねぇ、ねぇ! お兄さん、誰!?」

「モデルさん!?」

「アイドルだよね!?」

「サインちょうだい! サイン!」


「うん、ちょっと待って。モデルはやってないし、アイドルでもないし、サインなんて考えたこともないよ」


 さすが子供たち、質問の速度が早すぎる!


 だが、それを飛鳥が、あっさり対処するも、子供たちの質問が止まることはなく


「でも、エレナちゃんの知り合いなんでしょ。そっくりだもん!」


「あはは。そうだよ。俺は、エレナのお兄ちゃん」


「お兄ちゃん! いくつ、高校生?」


「うんん。大学生だよ。21歳」


「「ええぇ!!!」」


 だが、その瞬間、今度は、保護者たちがざわつき出した。


「き、君、21歳なの!?」


「しかも、エレナちゃんのお兄ちゃんってことは、紺野さんの息子さんってこと!?」


「え? あ、はい……そうですが」


 なにやら、奇々怪々とする保護者たち。


 だが、自分が、21歳なのは間違いないし、ミサの息子であることも間違いではない。


 だが、何をそんなに驚いているのか?

 ……と、思ったが、理由はすぐに明らかになった。


「紺野さんて、一体、いくつなの?」


(あー、そういうことか)


 つまり、ミサが、若作りをしすぎてるせいで、目の前の情報が処理できていないのだろう。


 まぁ、20代後半だと思っていた女に、21歳の息子がいると知れば、驚くのも無理はない。


 すると、飛鳥は


「母は、42歳ですよ」


 ──と、あくまでも母といいながら、年齢を暴露すれば、保護者たちは、更に騒ぎ出した!


「うそ! 私、年下だと思ってたのに、年上だったってこと!?」


「全然40代にはみえないよ! 美魔女って、本当にいるんだ!」


 もはや、ミサの実年齢と美貌の話で、奥様たちの話は持ち切りだ!だが、その騒ぎようを見て、エレナが、恐る恐る飛鳥に耳打ちする。


「ねぇ、飛鳥さん。年齢なんて暴露して良かったの?」


「え?」


「だって、お母さん、怒りそうじゃない?」


「……っ」


 瞬間、兄妹は、揃って汗をかいた。

 これは、確実に、幼少期のトラウマによるものだろう。


 なぜなら、怒った時のミサは、とてつもなく怖いから!


 しかも、厄介なのは、どこに逆鱗げきりんがついてるか分からないこと!


 それなのに、バカ正直に年齢を暴露してしまった!


「え、待って。まずかった?」


「わ、わかんないよ! でも、女の人の年齢って、けっこうデリケートな話らしいし、暴露するのは、やっぱり良くなかったような?」


「え、待って、真面目に怖いんだけど!? てか、俺が悪いの!? 元はと言えば、あの人が、40代なのに20代にしか見えないから、こんなことになってるんだろ!?」


「そんなこと言ったって! 飛鳥さんだって、大学生なのに、高校生に間違えられるし!」


「お前、それ言う!? てか、エレナも、いつか絶対、同じこと言われるからな!」


 親子そろって、若々しく見えるのは、血筋のせいなのか!?


 その後、授業参観は無事に終わったが、しばらく飛鳥たちへの質問が、止むことはなかった。

 


 ***



 そして、その頃のミサはと言うと──


「くしゅッ!」


 と、年の割に可愛らしいクシャミをし、側にいた看護士に声をかけられていた。


「紺野さん、大丈夫? 寒いなら暖房の温度あげましょうか?」


「あ、いえ、大丈夫です……ただ、ちょっと、くしゅっ!……く、くしゃみが止まらなくて……っ」


 まさか、飛鳥が暴露したせいで、自分の年齢が小学校中に広まってしまうなど夢にも思っていないミサは、その後しばらく、くしゃみをし続けたのだとか?







 *あとがき*

https://kakuyomu.jp/works/16816927861981951061/episodes/16817330649893248576

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