お兄ちゃんと授業参観 ②
──キーンコーンカーンコーン
掃除時間が終わった頃、桜聖第二小学校では、子供たちが、賑やかに話をしていた。内容は、勿論、本日開かれる授業参観についてだ。
「今日の授業参観、誰がくるのー?」
「うちは、パパとママ、どっちも来るって!」
「うちは、お母さんだけ! 紺野さんのところは?」
「え?」
寒い二月上旬──庭掃除を終え、箒を片付けていたエレナは、クラスメイトに問われ、キョトンと目を瞬かせた。
母親であるミサは、現在、入院中。
それ故に、今日の授業参観は、誰も来ない。
「あ、えっと」
「ちょっと、エレナちゃんのお母さん、入院中だよ」
「あ、そうだった。ごめんね、紺野さん!」
「……うんん。大丈夫」
どうやら、母親が入院中だと思い出したらしい。申し訳なさそう謝るクラスメイトに、エレナは『気にしないで』と微笑みかけた。
実際に、あまり気にしてはいなかった。
なぜなら、母が学校にくる時は、いつも緊張していたから。
失敗をしないように、母の機嫌を損ねないように、エレナは、授業参観の時は、いつも気をはっていた。
前の授業参観でも、将来の夢を作文にして読み上げたが、あの時も、まるで母のいいなりとでも言うように、なりたくもないモデルになる夢を語った。
だからか、来なければ来ないでホッとしている自分もいて、エレナは、微かに罪悪感を抱く。
(今のお母さんなら、緊張することもなかったのかな?)
昨年のクリスマス。母と一緒にケーキを食べたことを思いだした。
歪なケーキを、母は『美味しい』と言って喜んでくれて、あれからも、何度か侑斗さんが面会に連れて行ってくれたが、最近のお母さんは、とても穏やかだ。
だから、今のお母さんなら、もう緊張することもなかったのかな?……そんなことを思うが、今は、入院してるのも確かなこと。
(……誰も来ないし、気楽と言えば、気楽かな?)
エレナは、再びクラスメイト達を見つめた。
みんなソワソワしているが、エレナには関係の無いことだった。だって今日は、誰にも見守られることなく、授業参観を終えるのだから。
だが、いざ誰も来ないと思えば、不思議と寂しさも感じるのは、何故なのか?
(そういえば、お母さん。参観日は、いつも欠かさずきてくれてたなぁ……)
母一人、子一人。
母は母で、必死に愛を与えてくれていたのだろう。
いや、むしろそれが、行き過ぎたせいで、あのようになってしまったのだ。
「エレナちゃん、行こう~」
「……あ、うん」
すると、クラスメイトに呼ばれ、エレナは我に返った。
もうすぐ、5時間目が始まる。
授業参観で行われる科目は、社会。
タブレットを使って学習する、タブレット授業だと先生は言っていた。
エレナが、他の生徒たちと共にクラスに戻る。
するとそこには、既に数人の親たちが、廊下の前にいた。
自分の親が来たのを見て、恥じらいながも、嬉しそうにする生徒の姿もある。エレナは、ちょっとだけ羨ましく思いながらも、自分の席に戻り、その後、授業の準備を始めた。
***
「すみません。4年1組の教室は、どこですか?」
その頃、授業参観にやってきた飛鳥は、小学校の校庭で、先生に声をかけていた。
長いストロベリーブロンドの髪を、いつものように横に流し、質の良いジャケットを身につけた姿は、普段以上に大人っぽい。
あまりカジュアルすぎるのは良くないだろうと、父の参観日でのスタイルを真似てきのだが、そのキレイめの服装が、仕事のできる男といった風貌で、普段の飛鳥のとは、また違い魅力を醸し出していた。
といっても、飛鳥は、基本、何を着ても完璧に着こなすのだ。きっとダサいジャージを着ていたとしても、女子たちは悲鳴をあげるのだろう。
そして、そんな眩いばかりのイケメンがいきなり現れたからか、声をかけられた男性教諭は、ポカンと口を開いたまま、呆然としていた。
「え、はい……4年1組?」
「はい。どの校舎に?」
「え!? あ、上校舎の、2階に!」
「上校舎……わかりました。ありがとうございます」
教わった校舎を確認し、飛鳥が、にっこりと笑いかければ、その笑顔に、男性教諭が頬を赤らめた。
ちなみに飛鳥は、桜聖第二小学校ではなく、桜聖第一小学校の出身だ。
だからか、第二小には来たことはなく、勿論、校内のことにも詳しくなかった。しかし、教室の場所さえ分かれば、あとは、どの学校もそう変わらないだろう。
飛鳥は、遅れないよう、すぐさま上校舎に向かった。校舎前につけば、そこには、既に保護者たちが集まっていた。
皆、可愛い我が子を見に来た親たちばかり。
年代は、様々だが、ざっと見た感じ、30代~40代の保護者が多いように見える。
そして飛鳥は、今日は、ミサの代理として、ここにやってきた。ならば、エレナやミサの今後のためにも、あまり目立つ行動はしないようにしよう。
飛鳥は、その後、生徒玄関で靴を脱ぐと、持参するようプリントに記載されていたスリッパに履き替えた。
そして、階段をのぼり、二階へと向かう。
だが『目立つ行動はしないように』と心では決めていても、自然と目立ってしまうのが飛鳥だった。
そして、飛鳥とすれ違う度に、廊下にいる保護者たちが、振り向く。
「ねぇ、あの子、だれ?」
「見たことない子よね」
「めちゃくちゃイケメン」
「親……ではないわよね? まだ、若いし」
見知らぬイケメンに、奥様方が、そこそことざわめきだす。だが、こんなのは日時茶飯事なので、目立つうちには入らない。
なぜなら、この抜群の美貌と、モデルのようなスタイル。そして、光り輝くような神々しいオーラは、隠せと言っても隠せるものじゃないのだから!
(あ……あった。4年1組)
少し進めば、エレナのクラスのプレートが見えてきた。生徒たちは皆、席に着いていて、授業の準備を始めている。すると、その瞬間
──キーンコーンカーンコーン
と、5時間目を知らせるチャイムが鳴った。
飛鳥は、かわいい妹は、どんな顔をするだろうかと、胸を高揚させながら、そのまま、4年1組の教室へと入っていった。
③に続く
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