お兄ちゃんとお酒 ②


「いらっしゃいませー!」


 隆臣に連れられ、やって来たのは、ごくごく普通のこじんまりときた居酒屋だった。


 店内にはテーブル席と座敷があり。

 中はすでに客で賑わい、陽気な雰囲気が漂っていた。


「え? 知り合いの店ってここ?」


「ああ。そうだ」


「居酒屋じゃん」


「まーたまにはな。 、せっかくだから……」


「……」


 隆臣は、空いているテーブル席を指さし、飛鳥に返事を返すと、さりげなくお酒を飲むようにすすめる。


 うん。実にさりげない。

 それでいて、不自然なところなど一切ない。


「ねぇ、隆ちゃん……」


「なんだ?」


「お前、?」


「…………」


 鋭い!!

 こいつホント鋭すぎる!!


 今、疑うようなところあったか!? てか、なんで、ピンポイントで当たるんだ!?


「なんだ、いきなり」


 だが、隆臣はあくまでも平静を装い、飛鳥に返事を返す。


「なんだ、じゃないだろ? なに? お前、俺のこと騙したの? おかしいと思ったんだよね、夜誘うとか。てか、いつから隆ちゃん、俺の親父の回し者になったの?」


「別に居酒屋でも食事はできるだろ。酒飲みながら食事して、なにが悪いんだ?」


「へー……しらばっくれるんだ?」


 すると、飛鳥はむすっとした顔をすると、スマホを取りだし、文字を打ち始めた。


「なにしてるんだ?」


「んー……昌樹さん(隆臣の父[警察官])に、お宅の息子が、俺に無理矢理、酒飲ませて、良からぬこと企んでるって報告する」


「あほか、お前は!!?」


 よりによって、警察官の父にとんでもないメールを送信しようとしている飛鳥。


「あーもう! 仕方なかったんだよ! 侑斗さんにあそこまで言われたら!」


「だからって、騙してまで連れてくる? 警察官の息子がそんなことしていいの?」


「文句があるなら、お前の親父に言え! 酔ったら 据え膳確定まで言われてたぞ! どんだけ弱いんだよ、お前!」


「はぁ!? あのアホな親父の言ったことは忘れろ!! それに、俺、お酒弱くないから!」


「は?」


「父さんの晩酌にも普通に付き合ってるし、ある程度飲めるようになったよ。だから、飲みたいなら、騙して連れてくるんじゃなくて、普通に誘え」


「…………」


 ──あれ?


 隆臣は、呆気にとられた。

 なんか、聞いていた話と……違う??


「え? お前、弱くない……のか?」


「だから、 弱くないって……とりあえず、席つけば? テーブル席でいいの?」


 そういうと飛鳥は、先程、隆臣が指差した席に移動する。


「いや、だってお前、飲みにいくの嫌がってたろ!?」


 隆臣は、そのあとに続き、飛鳥と向かい合わせに腰かけると、メニュー表を手にした飛鳥に問いかける。


「そんなの、 酔っぱらいに絡まれるのが嫌だからに、決まってるだろ?」


「……」


 なぜか、妙に納得してしまった。確かに飛鳥は、あえてからまれるような所にはいかない。


「マジかよ! 侑斗さん、どんだけ過保護なんだよ!?」


「うちの父さん、かなり大袈裟だからねー……次からは聞き流せよ」


 なぜか、すごく振り回された気がする。

 親バカって怖い。


「それより、隆ちゃん、この店よく来るの?」


「あー…ここ親父の行きつけの店だからな。子供の時から、よく来てる」


「へーそうなんだー」


「お前のうちは、あんまり居酒屋には行かなかったのか?」


「まぁ、うちは子供3人だからね。どちらかと言えば、ファミレスの方が多かったかなー。それに父さん、家で飲むタイプみたいだし」


「なるほどな……」


「はい。隆ちゃん! 詳しいならテキトーに頼んでよ♪ オススメなやつ」


 そういうと、飛鳥はニコリと笑って、隆臣にメニュー表を差し出してきた。


 この様子だと、普通にお酒も飲むつもりらしい。隆臣は、少し拍子抜けしたが、飛鳥に言われるまま、料理やお酒を注文すると、あまり時間をおかずにビールや料理が運ばれてきた。


「では、またひとつオジサンに近づいた、隆ちゃんを祝して~♪」


「普通に祝えねーのか。悪意しか感じねーよ」


「そりゃ、普通に祝ってもつまらないし。はい! とりあえず、乾杯♪」


 何だかんだと、始まりは怪しかったが、どうやら当初の目的は達成できそうで、隆臣はさっきまでの自分を思いだし苦笑する。


 だが、二人のグラスが気持ちのよい音をたてれば、なんだか急に、お互いの幼い頃を思い出した。


 転校してきて、初めて話した相手が飛鳥だった。あの時は、こいつとこんなに長い付き合いになるなんて、夢にも思っていなかったが


(まさか、飛鳥と一緒に、酒飲む日が来るなんてなー……)


 そう思うと、不思議と大人になったような気がして、妙にしんみりしてしまうのは……やはり、お酒のせいなのか?



「隆臣~! 今日は父ちゃんは一緒じゃないのか!?」


「!?」


 するとそこに、一人の男が隆臣にむけて親しげに声をかけてきた。


 店の奥からでてきたその男は、この店の店主であり、時おり両親とこの店に訪れていた隆臣にとっては、顔馴染みのおじさんでもあった。


「あー、どーも。今日は親父はきてねーよ」


「そっか、残念だなーまた、宜しく言っといてくれ!」


 店主は隆臣に向け豪快な笑みをみせると、向かいに座る相手に気づいたのか、飛鳥のほうに視線を向けてきた。


「なんだ、隆臣! お前いつの間に彼女できたんだよ!!」


 だが、隆臣と飛鳥はその瞬間、思考を止めた。


「また、えらく美人な彼女だな~こんな美人連れて夜遊びとは、隆臣も大人になったなー」


 美人な彼女といいながら、店主が視線を向けているのは、どうみても飛鳥だった。


 そう、これは店主。明らかに勘違いをしている。


「いや、違……こいつは──」


「まったくお前は~彼女、酔わせてなにする気だ~! いきなり変なこと連れていくなよー!」


 といって、店主は隆臣の背中を叩くと、高らかな笑い声を響かせて、また再び厨房の奥へと消えていった。


 そして残された二人は、店主が入っていった厨房を呆然と見つめると


「飛鳥……」


「なに?」


「お前、今すぐその 髪、切るか、剃るか、抜くかしろ!!」


「剃るか、抜くかってなに!? おかしいだろ、その選択肢!? てか、なんで俺が怒られるの? 悪いのは、話聞かない、あのオジサンだろ?」


「いや、どうみても、お前が悪いだろ! 大体、なんで髪下ろしてきたんだ! てか、その見た目、マジでなんとかしろ!! 男に戻るか、女に生まれ変わるか、どっちかにしろ!」


「はぁ? お前、何言ってんの?俺、心も体もしっかり『男』なんだけど!?」


「いや、もう『実は、女でした』って言われても、驚かない自信がある」


「いや、驚けよ。お前、修学旅行のとき、一緒に風呂入っただろ? 俺、なんの迷いもなく男湯入ったよね?」


「あーそれな。 今だから言うけど、一部の男子から苦情がきてたぞ」


「どーいうこと!? なんで、苦情がくるの!? 意味わからないんだけど!?」


 女顔の飛鳥は髪を下ろすと、更に女性に間違えられやすくなる。


 だが、正直こういう勘違いをされるのだけは、本当に勘弁してほしい。隆臣は、長い付き合いを振り返り、切にそう思うのだった。




 ③につづく……

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