お兄ちゃんとお酒 ③

 その後、数時間がたち、時刻は23時すぎ。


 隆臣は、時計を見て時刻を確認すると「そろそろ、帰るか?」と飛鳥に促し、お手洗いに向かった。


 あれから、それなりにお酒もすすみ、飛鳥も多少、頬が赤らんではいたが、受け答えもしっかりしていたし、特に酔っているようには見えなかった。


(あれだけ飲めるなら、大丈夫だろ?)


 やはり、飛鳥がいった通り、父親が大袈裟だっただけらしい。隆臣はトイレをあとにすると、その後、店内へと戻る。


「ねぇ、俺たちの席においでよ!」

「一緒に飲んだら楽しいからさ!」


「?」


 だが、トイレから戻るて、自分達のテーブルの方から声が聞こえてきた。


 みれば、自分達とそう年がかわらなそうな男が二人、 飛鳥に話かけていた。


(あーあれ絶対女と間違えてる。可哀想に。あれが男だと知ったらどれだけショックをうけるか……)


 髪を下したときの飛鳥のあの見た目は、マジで厄介だ。隆臣は、飛鳥を口説き落とそうとしている男たちを見るや否や、哀れむような視線をむける。


「おい、そいつ男だぞ」


「えぇ!?男!!?」


 隆臣は、テーブルに戻るなり、男たちに声をかけた。すると、困惑し改めて飛鳥を凝視した男たちは、ようやく男性だと気づいたらしく、サーッと顔を青くすると、バツが悪そうにして、自分達の席に戻っていった。


 そして隆臣は、去っていく男たちを黙ったまま見つめている飛鳥に声をかける。


「おい飛鳥、なにスキ見せてんだ?」


「ぇ……ぁ……ぅん……ごめん」


「とりあえず、また変なのに、絡まれる前に帰るぞ」


 隆臣は、飛鳥の荷物を手に取り差し出すと、店から出るよう促す。だが……


「……ぅん……ありがとぅ……」


「…………」


 ──ん??


 瞬間、なんか妙な違和感を覚えた。いつもの飛鳥なら、あんなやつら笑顔で退散させているはずだ。


 それなのに……


「飛鳥……?」




 ◇



 ◇



 ◇




 ~~♪


 夜も深まり、深夜0時をすぎた頃、突然鳴り響いた電話の音に蓮は目を覚ました。


 こんな夜中に誰だと、蓮は一つあくびをして、電話に出ると、電話の向こうからは、兄の友人である隆臣の声が聞こえてきた。


『あ、蓮。悪いが、オートロック開けてくれないか?』


「え、うちの? あれ? 兄貴は一緒じゃないの?」


『一緒だが… 使いものにならなくてな』


「……え?なんで!!?」


 瞬間、一気に目が覚めた!


 確か、隆臣さんとご飯食べに行くと言っていたのに、果たして、その兄に一体なにがあったのか!?


 蓮は慌てて部屋から出ると、オートロックのセキュリティを解除し、玄関に走る。


 鍵を開け廊下にでると、暫くしてエレベーターから降りてくる二人の姿が見えた。


 隆臣にもたれかかるように肩を借りている兄は、少しふらついていて、心なしか体調が悪そうにも見える。


「隆臣さん!? 兄貴どうしたの!? まさか、また変態の──」


「餌食にはなってないから、安心しろ」


 血相を変えて、兄を心配する蓮。どうやら例の事件は双子にとってもよほどのトラウマらしい。


 隆臣は、眠いのか、ぼ~っとしている飛鳥を抱えながら家の中に入ると、今度は、蓮にむけて苛立つような声をあげる。


「あぁ!! コイツほんとタチ悪い!! なにが酒弱くないだ!? バカかコイツ! てか、マジで侑斗さんの言った通りだった!! いいか蓮! 今後飛鳥に、絶対外で酒飲ますなよ!」


(ええ!? なんか、隆臣さんが珍しく荒ぶってる!)


 なにがあったのかはわからないか、隆臣がこれだけ怒るのだ。きっと、なにかあったのだろう。


「兄貴、お酒飲んだの? てか、なにがあったの?」


「あー……実はコイツ、いきなりスイッチ切れるんだよ!」


「スイッチ?」


「そう! 酒飲んでピーク迎えたら、いきなりスキだらけになるんだよ! いつもは警戒心むき出しの猛獣のくせして、スイッチ切れたとたん、生まれたての仔鹿みたいになるんだよ!?」


(生まれたての仔鹿!?)


 よくわからないが、何となくことの重大さは理解した。


「ん……たか……ちゃん?」


 すると、隆臣の言葉を聞いてか、飛鳥が小さく声を発した。どうやら酔っていても、意識はあるらしい。


 だがその姿は、頬を赤らめ、心做しか瞳も潤んでいて、どこかけだるそうなその姿は、なにやら妙に色っぽい。


「ッ……なんだ、飛鳥?」


 隆臣は、寝ぼけながらも自分を見上げてくる飛鳥に、一切目を合わせることなく、返事をかえす。すると……


「ぅん……いつも……迷惑、かけて……ごめん……ねぇ……」


 ──誰!?


 兄のあまりの変貌ぶりに、蓮は顔をひきつらせた。


 きっと、酔っているせいだろう。いや、むしろ酔っていなくては絶対に聞けない言葉だ!


 そして、その言葉は、隆臣の調子すら狂わせるものだったらしく、あまりに近くで囁かれたその言葉を聞いて、隆臣は困惑した表情を見せると、再び蓮にむけて忠告を言葉を投げ掛けた。


「いいか蓮! あとコイツ、たまにものすごく恥ずかしいこと言ってくるけど、全部聞かなかったことにしろ! じゃなきゃ飛鳥、明日から、生きていけない……っ」


「……うん、わかった(ヤベー、超言いたい)」


「飛鳥兄ぃ!? どうしたの!?」


 すると、その騒ぎを耳にし、華も玄関に姿を現した。華が心配し、飛鳥のもとに駆け寄ると、その声を聞いて、飛鳥がゆっくりと顔をあげる。


「ちょっと……お酒のんできたの? 大丈―― きゃ!?」


「わっ!?」


 すると、それをみた飛鳥が、急に華と蓮に抱きついてきた!


 兄に抱きつかれた 反動で、二人はドサッと玄関先の廊下に倒れ込むと、久しぶりの兄からの抱擁に驚き顔を赤らめる。


「え!? ちょっと……っ」


「ぁ、兄貴……?」


「うーん……華ぁ……れーん…」


 すると、何やら二人の耳元で甘えたような声が聞こえた。


 飛鳥は、虚ろな瞳のまま再度二人をジッと見つめると、安心したのか、ニコッと天使のような笑みを浮かべて再び抱き締める。


「俺もぅ……むりぃ……ねむ、ぃ…」


 そして、二人に体を預けたまま、寝言のような言葉を放つと、 どうやら眠ってしまったのか?


 双子を抱きしめたまま動かなくなった兄から、子供のような穏やかな寝息が、小さく小さく聞こえはじめた。


「「………………」」


 そして、二人は兄に抱きしめられたまま、暫く硬直する。


「えぇ、うそぉ!? ちょっとまって!? なにこれ、可愛いぃ!?」


「マジか!? 兄貴しっかりしろよ!!」


 そして、我に返った二人は、瞬間悲鳴を上げた。


 誰だコレ!?

 なんだコレ!?


 もう、何がなんだかわからなかった!!


 久しぶりに抱きしめられたからか?

 別人のような甘え方に驚いたからか?

 はたまた、可愛らしい姿にキュンとしてしまったのか?


 ていうか、 多分全部だ!!


「……大丈夫か?」


「大丈夫じゃないよ!? なに身内殺しにかかってんの、この人!!?」


「隆臣さん!もしかして飛鳥兄ぃって、お酒飲んだら天使だった頃に戻るの!?」


「いや……悪いが俺は、そいつが天使だった頃を知らない」


 自分が飛鳥と出会った小5の頃には、もうそこそこ 小悪魔だった……と隆臣は思う。


 だが、日頃辛辣な言葉しか吐かない兄のこの酔った姿は、隆臣だけでなく、双子たちにとっても殺傷能力が高いらしい。


「とにかく、飛鳥、絶対外で飲ますなよ。この見た目で、これだけ無防備になったら、マジで洒落にならないからな」


 認めたくはないが、侑斗がいっていたことの意味がわかった気がした。


 これだけ、中性的な見た目をしていれば、女にも、男にも、襲われる可能性は十分にある。


 しかも、あれだけ普通に飲んでいて、いきなり無防備になり、しかも、こんなに素直でしおらしい天使みたいなやつになれば、親もさぞかし、心配だろう。


「とりあえず、まずは家で飲ませて、耐性つけさせろ。わかったか?」


「うん、わかった! これからは、兄貴が飲むジュースに」


「定期的にアルコール仕込んどくから!!」


 そして、いくら兄のためとはいえ、腹黒い思考を見せた双子を見て、隆臣は思ったのだ。


(あ……やっぱりコイツら飛鳥の妹弟だ)




 ◇


 ◇


 ◇




 ──そして、次の日。


 全く起きれず、二日酔いでお昼近くに目を覚ました飛鳥は……



(あー頭痛い……あれ? 俺、昨日どうやって帰ってきたんだっけ?)


 と、まさか酔って、友人家族を萌え殺そうとしたなど、夢にも思っていないのであった。

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