第462話 価値観 と 選択肢


「お前は、また一人で、抱え込もうとしてるんだな」


 そういって、ぎゅっと抱きしめられた瞬間、飛鳥は、目を見開いた。


 何故か、父親に抱きしめられていた。

 というか、これ、どういう状況?


「ちょ、何してんの!?」


 その瞬間、一気に酔いが覚めて、飛鳥は、かすかな抵抗を試みる。だが、侑斗は一向に離してはくれず


「あー、良かった。一応、オッサンに抱きしめられたら、危機感は抱くんだな。良かった、良かった!」


「なにが!? なにが、良かったの!? 意味がわからない!?」


「だって飛鳥、お酒飲むと凄く色っぽくなっちゃうからさー、パパ心配で! いやー、良かった!」


「良かったじゃないよ! ていうか、離して!」


「やだ」


「なんで!?」


「だって、息子が辛そうにしてたら、抱きしめたくなるだろ」


「なるだろって……それって、せいぜい中学生くらいまでの話じゃない?」


「そうか?」


「そうだよ」


「まぁ、確かに、飛鳥はもう立派な大人だけどなー」


「……っ」


 だが、しみじみと、そう言った父に、飛鳥は、眉をひそめた。


 大人──その言葉は、自分には、あまり似つかわしくないような気がして


「大人じゃないよ、俺は……っ」


 いくら年齢が大人になっても、まだ大人というには、未熟すぎる気がした。


 自分が、もう少し、ちゃんとした大人になれていたら、あかりは、心を開いてくれただろうか?


 話してくれないのは

 やっぱり俺が、頼りないから?


「お前は、本当に優しい子だな、飛鳥」


「え?」


 すると、侑斗が、また口を開き


「でも、んだ。だから、自分に原因があるんじゃないかって考えすぎてる。あかりちゃんのことは、飛鳥が原因とは限らないだろ?」


「……っ」


 その瞬間、飛鳥は息を詰めた。


 慰めてるつもりなのかもしれない。


 でも、それだと、あかりに原因があると言われているような気がして


「違う、あかりは……悪くない」


「うん、あかりちゃんは悪くない。そして、お前も悪くない。飛鳥、もしお前の恋が、バッドエンドで終わるのだとしたら、それは、俺たち大人のせいだ」


「え?」


 大人のせい──それは、よく分からない話で、飛鳥は首をかしげる。


「なに、いってんの? 俺の恋が上手くいかないのは、どう考えても俺のせいでしょ?」


「うーん……でも、あかりちゃんは、結婚したくないって考えの子なんだろ?」


「……そうだけど」


「じゃぁ、そんな感情を、あかりちゃんに植え付けたがあるってことだろ? それにさ、今は、結婚したくない若者が増えてるって言うだろ。若い子たちが、結婚に夢を見れなくなってるんだよ。パートナーを得て、幸せになる未来を描けなくなってる。でも、それって、結局は、俺たち大人が、そんな負の感情を、植えつけたのが原因だと思う。結婚は地獄だとか。自由がなくなるだとか。パートナーの愚痴をSNSに垂れ流しては、これから大人になる子供達への不安を煽ってる」


「……」


「ぶっちゃけ、今の子供達は、大変だと思うんだよ。まだ、善悪もはっきり分からないうちから、情報化社会の荒波に飲まれて、いい話も悪い話も、それが、嘘が本当かもわからないまま耳にしてる。しかも悲しいことに、人間ってのは悪い情報にばかりに目がいちゃうんだ。100のいい話があるのに、たった1つの悪い話が、未来に不安を抱かせる。だから、もし、お前の恋が上手くいかなかったとしたら、それは、あかりちゃんに、そんな感情を植え付けた、大人俺たちのせいだ」


「……っ」


 それは、あまりにも身も蓋もない話だった。


 長年、蓄積された結婚への負のイメージ。


 そんな漠然としたもののせいで、あかりに拒絶されているのだとしたら。


 でも、そういうことで、父は守ろうとしているのかもしれない。


 俺の『心』を──


 たとえ、うまくいかなかったとしても、それは、お前のせいではないよ──と。


「なにそれ……慰めてるつもり?」


「そうだな。だって、飛鳥は、こんなにいい男なんだぞ。選ばれないのは、どう考えてもおかしいだろ。でも、あかりちゃんは選んでくれない。だけど、その理由すら、よく分からない」


「………」


「きっと、どれだけ考えても、答えがでなかったんだろ? なら、すこし距離を置いてみろ。進むための選択肢はな、本当は、無数に存在してるんだ。でも、そのたったひとつに固執するから、他が見えなくなる。だから、しばらく、あかりちゃんのことは考えるな」


「……っ」


 その言葉には、ひどく戸惑った。


 考えるなということは、好きな人のことを、心から消せと言ってるみたいで

 

「それが、できるなら……苦労してない…っ」


「あはは。そうか、そんなに好きなのか、あかりちゃんのことが……俺は嬉しいよ」


「嬉しい?」


「あぁ、俺はミサと罵り合って、逃げるように離婚して、お前をたくさん傷つけた。結婚の悪い部分をたくさん見せつけて、幼い飛鳥に、消えない傷を植え付けた。だから、そんな傷をかかえたお前が、結婚を意識するほど、人を好きになってくれたのが、純粋に嬉しい。でも、どんなに好きでも、うまく噛み合わないことはある。人の価値観を変えるのは、とても難しいことだから」


 確かに、あかりの価値観は、これまで、あかりが生きてきた中で、築いてきたものだった。


 人の心。それは、まるで一本の芯のように、揺るぎない精神。だからこそ、他人が変えるのは難しい。


 人は、自分の心ですら、簡単には変えられないのだから──


「なに? それって……諦めろってこと?」


「いや、そういう訳じゃない。ただ、今は距離を置いて、別の選択肢も考えてみろと言ってる。お前は、結婚したくないと言うあかりちゃんと、今後、どうしていきたい? また友達に戻る。もしくは、諦めて他の子を選ぶ。色々、あるだろ? そして、たくさん見つけた選択肢の中から、それでも、あかりちゃんとの未来を選びたいと思ったら、その時は、全力で掴みにいけ。あかりちゃんの価値観を、ぶっ壊すくらいの気持ちでな」


「……っ」

 

 なんて、むちゃくちゃな話だろう。


 あんなにも、頑なにな女の子の気持ちを、変えろといってる。


 でも、それが出来ないなら、諦めるしかないといわれてる。


「むちゃくちゃだ……っ」


「あぁ、俺は、むちゃくちゃで、酷い大人だ。だから、うまくいかなかったら、俺のせいにすればいい。俺たち大人が、あかりちゃんに結婚したくないって思わせた。そのせいで、お前の恋は、叶わなかった。それにな。きっと、ここで上手くいかないようなら、結婚しても上手くいかない」


「……っ」

 

 その父の言葉は、あまりに重く。

 飛鳥は、苦渋の表情を浮かべながら、静かに目を閉じた。






 ねぇ、あかり。


 俺、言ったよね。ずっと、待ってるって。



 あかりが、心を開いてくれるまで


 ずっとずっと、待ってるからって。



 でも、声一つ聞けずにいると


 やっぱり、不安になる。



 俺は、本当に待ってていい?


 迷惑じゃない?



 俺は今でも、あかりのことが好きだけど



 あかりは、まだ



 俺のことを、好きでいてくれてる?



 わからない。


 わからないから、声を聞きたい。



 会って、目を見て、安心したい。



 ただ一言、言葉を交わすだけで


 

 また、頑張れる気がするのに



 あかりは、頑なに叶えてくれない。




 もし──



 俺が、ここで


 別の選択肢を選んだとしたら



 あかりは


 笑って、喜ぶのだろうか?



 いつものように、ふわりと優しい笑顔で──




 もし、そうだとしたら




 こんなにも












 残酷な結末はないと思った。


 


 

 








*あとがき*

https://kakuyomu.jp/works/16816927861981951061/episodes/16817330660454913267

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