第461話 赤い糸とバッドエンド


 通話ボタンをタップしたあと、あかりは、スマホに耳に近づけた。


 何か、あったのかもしれない。


 こんな時間にかけてきたということは、ただ事ではない気がして、あかりの胸は、不安でいっぱいになる。


 だが、その後、いくら待っても、飛鳥から言葉が返ってくることはなく。


「……あれ?」


 今一度、スマホの画面に目を向ける。


 すると、その画面は『通話中』にはなっていなかった。


「ぁ……」


 どうやら、切れてしまったらしい。


 きっと、通話ボタンを押す直前に、飛鳥が、諦めて切ってしまったのかもしれない。


「そっか………切れたんだ……っ」


 どこかほっとしたような?


 だが、不安は一切なくならず、あかりは複雑な心境になる。


(どうしよう……っ)


 そして、かけ直すか、かけなおさないか?

 その選択肢で、迷った。

 

 もう、後悔はしたくない。


 だけど、かけ直すほどの勇気は、なかなかでなくて──


「本当に……最低ですね、私」


 飛鳥に語りかけるように、あかりは呟いた。

 そして、その後、深く自己嫌悪する。


 話を聞くなんて言いながら、折り返す勇気すらない。


 そして、彼を無視する度に、心の中に、どんよりとしたモヤのようなものがたまっていく。


 重く、沈み込むような感情が──


(苦しい……っ)


 苦しくて、辛くて、胸が張り裂けそうで


 そして、その度に思うのは


(私、こんなに……神木さんのことが、好きなんだ…っ)



 ◆


 ◆


 ◆



「…………」


 その後、電話を切った飛鳥は、スマホを見つめたまま、呆然としていた。


 あかりは、出てくれなかった。


 寝ていたのかもしれないし、着信に気づけなかっただけかもしれない。


 だが、幾度と繰り返されてきた拒絶の反応に、心が沈み込む。


 喫茶店にいっても、姿ひとつ見れず、電話をかけても、声一つ聞けない。

 

 だからか、会いたい──そんな思いが、より強まった。


 好きという気持ちが溢れ出しそうで、我慢すればするほど、会いたくてたまらなくなる。


 待つと決めたはずなのに──


「飛鳥?」


「……!」


 瞬間、侑斗が声をかけてきて、飛鳥は、静かに父を見つめた。


 そういえば、父がいたのだった。

 

「なに?」


「あ、いや、大丈夫か?」


「うん……大丈夫」


「ほ、ほんとか? お前、酔ってるよな?」


「酔ってないよ」


(いや、酔ってるでしょ!?)


 いつもの飛鳥なら、こんな時間に女の子に電話かけたりしないよ!?


「あ、あかりちゃんは?」


「……出なかった」


「そ、そうか。きっと寝てたんだろう。きっと、明日の朝には、かけなおしてきてくれる」


「こないよ」


「え?」


「あかりは、かけ直してこない」


 はっきりと断言する飛鳥に、侑斗は眉を顰めた。


 息子の切なげな表情は、ひどく憂いを帯びていて、その姿を見て、侑斗は何かあったのだと、すぐに察した。


「あかりちゃんと、上手くいってないのか? 喧嘩でもしたとか」


「うんん、喧嘩はしてないし、上手くはいってるはずだよ……俺たち、だし」


「え?」


 だが、その返答に、侑斗は目を丸くして


「両思い!? お前! 彼女ができたときは、俺に報告しろと」


「……いや、付き合ってないよ」


「え? でも、両思いって」


「うん。両思いだけど、あかりは、俺と付き合うつもりはないんだよ。それにあかりは、恋人もいらないし、結婚もしたくないし、子供も欲しくないって考えの人で……だから俺、一生、結婚は……できないと思う……っ」


 父は、いつか結婚して家族を持ってほしいと、思ってるのかもしれない。


 でも、このまま、あかりを求め続ける限り、そこに、辿り着くことはないと思った。


 まるで、泡沫のような未来だ。


 決して、交わることはなく、手に入ることのない未来。


 目には見えるのに、掴むことができない泡のような幸せ。


 それは、返信のないメッセージを見る度に


 避けられているのだと実感する度に


 思い知らされた。


 俺を無視することで、一番傷つくのは、あかりの方なのに、その傷を抱えてまで、俺を遠ざけようとしてる。


 両思いなのに、報われない。


 なにが、あかりをそんな風にしたのかすら、よくわからない。


 どうして、あかりは、たった一人で、生きていこうとしているの?


 俺と二人の未来より、一人きりの人生の方が、あかりにとっては、幸せなの?


 なにより、一番辛いのは、今の自分には、あかりを苦しめることしか出来ないということ──


「なんで……上手くいかないんだろう……俺の恋は、このまま……バッドエンドで、おわっちゃうのかな……?」


 うつらうつら、船を漕ぎ出した飛鳥は、限界とばかりに目を閉じた。


 たとえ想いが繋がっても、向かうべき道が違えば、その先に未来はない。


 なにより、あかりは、この糸を解こうとしてる。

 俺との『赤い糸』を切ろうとしてる。


「そうか……あかりちゃんは、結婚したくない子なんだな」


 すると、しみじみと父がそう言って、飛鳥は、途切れそうな意識を、必死につなぎ止めた。


 あれ? そういえば、俺

 何で、こんな話してるんだっけ?


「あ、まって……今の忘れて……ッ」


 少しだけ思考が改善して、飛鳥は、父にしがみついた。シャツを掴み、弱々しく飛鳥が囁く。


「ごめん……今の、気にしなくていい……それと、華と蓮には、絶対……言わないで」


「え?」


「アイツらは、俺とあかりが……両思いだって……知らないから」


「え? 知らないのか?」


「うん……知らない……言ってない……俺が、両思いなのに、無視されてるなんて言ったら……今度は、あかりが悪者になる……っ」


 だから、隆ちゃんにしか話さなかった。


 隆ちゃんは、きっと中立な立場で、物事を見てくれる。でも、華と蓮は、そんな器用なことはできない。


 あの子たちは、俺のことが大好きだから、どうしたって、俺の気持ちを優先する。


 そうなれば、あかりのことを、悪く思うかもしれない。


 家族に、あかりを悪く言われたくない。


 それなら、フラれたくせに、未練がましく片思いを続けているダメな兄だと思われた方が、ずっといい。

 

「ごめん……本当は、父さんにも……話すつもり、なくて……あれ? おかしいな……なんで……っ」


 口が勝手に、不安をつむぎだす。


 溢れて、止まらなくなって。

 感情が、うまく制御できない。


「なんで……っ」


 おかしい。

 これは、お酒のせい?


 苦しくて、辛くて、胸が張り裂けそうで──


「飛鳥」

「ッ……」


 すると、その瞬間、侑斗が飛鳥を抱きしめた。


 まるで、幼い子を慰めるように、ポンポンと、父の手が背中に触れる。


「お前は、また一人で、抱え込もうとしてるんだな」






*あとがき*

https://kakuyomu.jp/works/16816927861981951061/episodes/16817330659450057177

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