第460話 深夜と指先


「あ、飛鳥! お前、こんな時間にっ!?」


 突然、電話をかけだした飛鳥を見て、侑斗が慌てはじめる。


 だって、もう11時だ!

 こんな深夜に、女の子に電話をかけるなんて!


(あ、もしかして、もう酔ってるのか!?)


 すでに、手遅れなのだろうか?


 悩ましげな表情を浮かべる飛鳥は、酔っているようにも見えて、侑斗は、これはマズイ!と狼狽ろうばいする。


 酔った飛鳥は、酷く素直になるのだ!


 辛辣しんらつな言葉など一切、吐かなくなり、ただひたすら、甘い言葉のオンパレードになる!


 しかし、今日は、一段と早かったなぁ!?

 隆臣くん、ちゃんと飛鳥を飲みに誘ってくれてる!?


 これでは、社会人になるまでに、耐性をつけさせるのは無理ではないだろうか!?


 しかし、今は、そんなこと言ってる場合じゃない!


(もし、あかりちゃんが出たら……っ)


 酔ったこんな状態で話なんかしたら、あかりちゃんに、とんでもないことを言いそう!!


「飛鳥! あかりちゃん、寝てるんじゃないか!?」


「…………」


 だが、時すでに遅し。侑斗が、どんな言葉をかけても、飛鳥の耳には入っていなかった。


 鳴り止まないコール音。

 飛鳥はそれに、ひたすら耳を傾ける。


 でも、飛鳥だって、分かっていた。

 こんな時間に、電話をかけちゃいけないのは…


 でも──


(声、聞きたい……)


 ただただ、あかりを求める。


 長いこと、声を聞いていない。

 話もしていない。


 姿ひとつ目にできず、気がつけば、三ヶ月がたった。


 華の言う通りだ。

 人生は、何が起こるか分からなくて。


 好きな人が

 明日も元気にしているとは限らなくて


 だから、今、動かなければ

 あとで、後悔する。


 一生、自分を責めて

 ダメな自分を嫌いになって


 過去に縛られながら生きていく。


 だから──


(あかり、出て……)

 

 規則的に紡がれる機械コール音が、ほてった身体に染み入るように響きわたる。


 それは、純粋な想いだった。


 ただ、一言でいい。

 あかりの声を聞けたら。


 そんな思いを胸に抱き、飛鳥は、ただ祈るように目を閉じた。










       第460話 深夜と指先








 ◇◇◇


 その頃、あかりは、机に向かって勉強をしていた。


 夏休みに入り、バイトの日数を増やした。

 少しでも早く、引越し費用を貯めるために。


 だが、その分、勉強をする時間が、深夜に及んだ。


 夏の夜。クーラーの効いた部屋は、とても快適で、あかりは、ローテーブルの上に広げた教科書を確認しながら、ノートにペンを走らせていく。


 だが、その時──


 トゥルルル!


「!?」


 突然、テーブルの上に置いていたスマホが、音を奏でた。


 軽やかな着信音。それと同時に、バイブレーション機能による振動が、部屋の中に響く。


「……え?」


 こんな時間に、誰だろう?


 戸惑いと同時に、あかりの手が止まる。


 時計を見れ、もう11時。


 深夜に電話をかけてくる人は、ほぼいなくて、あかりは、すぐさまスマホを手に取った。


「……っ」


 だが、その相手を確認した瞬間、あかりは息を呑む。


「か、神木さん?」


 ドクンと脈拍が跳ね上がり、かすかに指先が震えた。


(なんで、いきなり……っ)


 前に話をしたのは、三ヶ月前。

 蓮が熱を出して、デートを中止すると話をしたあの時。


 そして、それを最後に、あかりは、飛鳥からのメッセージを無視しつづけている。


 だから、この電話に、出るか出ないか。

 その答えは、ハッキリしていた。


 三ヶ月も拒絶してきたのだ。

 ここで電話に出てしまったら、全てが水の泡になる。


 でも……


(……なんで、こんな時間に?)


 彼のためにも、薄情にならないといけない。


 突き放して、嫌われて

 大嫌いな女に、ならなきゃいけない。


 でも、指先は、自然と通話ボタンへ伸びた。


 ずっと、LIMEだけだった。

 それなのに、こんな時間に電話がきた。


(……もしかして、なにかあったの?)


 わざわざ電話をかけてくるってことは、何かあったのかもしれない。


 あかりの胸には、大きな不安が渦巻く。


 思い出したのは、彩音のことだ。


【話したいことがあるんだけど、今から家にこない?】


【あかり、嘘ついてゴメン】


 あかりは、彩音からのサインを、二度も見逃した。


 聴き逃して、見逃して、死なせてしまった。


 だから、何かあったのなら聞いてあげたい。

 その悩みを、軽くしてあげたい。


 でも──


(どうしよう……っ)


 二度と、後悔はしたくなかった。

 でも、出たら、振り出しに戻ってしまう。


 嫌われないといけないのに、また、距離が近づいてしまう。


 迷い、悩み、心がぐちゃぐちゃになりながら、あかりは、スマホをきつく握りしめた。


(どうしよう? どうするのが、正しいの?)


 だが、迷いながら、ふと、自分の言葉を思い出す。


『もし、大切な人たちだからこそ、話せないというなら……その時は、なんの接点もない他人の私が、いくらでも聞きますから』


 彼が初めて、この部屋に来た日。ミサさんを見て過呼吸になったあの日、私は、神木さんに、そう告げた。


『もし悩みがあるなら、いつでも話に来てくださいね?』って──


(もし、何かあったんだとしたら……っ)


 ここで、出てなければ、きっと後悔する。

 あや姉の時のように、一生、自分を責め続ける。


 もう、失いたくない。

 大切な人だからこそ、絶対に──


 すると、あかりの指先は、自然とスマホの上を動き




 通話ボタンをタップした。








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