第4話 天使と悪魔



 そして、その画面には、電話帳の欄が映し出されていて、そこにあるを見て、狭山は蒼白する。


「け……警視庁……たちばな警部?」


「うん。この警部さん、昔、俺がストーカー被害にあった時に、お世話になる警部さんなんだけど、何かあったら、すぐに電話してって言われてるんだ」


「……つ、つまり?」


「うん。もし、妙なことしたら、?」


 少年が、これまたニッコリとした笑みを浮かべた。


 だが、その、どこか悪魔的なその笑みをみて、狭山は、心中で叫ぶ!


(なに、この子、見た目は天使なのに、中に悪魔、飼ってるよ!? 天使と悪魔が共存してるよ! ていうか、さっき『人を見る目ある』っていってなかった!? 完全に、ブタ箱にぶち込む気満々なんだけど!!)


「はい、じゃぁ、出発~」


「!?」


 すると、少年がポン!と肩を叩き、狭山は、しぶしぶエンジンをかけ、少年の案内通りに進んだ。


 だが、本当にすぐだったらしい。パーキングから出ると、そこから10分もかからない場所で、停車の合図を出された。


 そして、目の前にそびえ立つのは、セレブ感あふれる高級マンション。


 そう、言うなれば、お金持ちが暮らすマンションだ。


 ほー……と狭山が感心しつつ、そのマンションを見上げていると、車から降りた少年は、そそくさと、お礼の言葉を述べる。


「じゃぁね、お兄さん。ありがとう」


「あ、ちょっと待って。せめて名前だけでも教えてくれない?」


「やだ」


「なんでだよ!?」


「だって、名前教えて、また偽造契約書とか作られておどされても嫌だし」


「なにそれ実話なの!? 怖すぎるんだけど!?」


「あはは。でも俺、本当にモデルになる気はないから……諦めてよ」


「……!」


 だが、その瞬間、少年が暗く影を宿したのを、狭山は見逃さなかった。


 綺麗な青い瞳が、切なげに揺れる。


 彼が、そこまでモデルを嫌がるのには、なにかワケでも、あるのだろうか?


「……な、なにか悩みがあるなら、いつでも聞いてやるぞ?」


「なにそれ。口説くどいてんの?」


「ちげーよ。お兄さん、そっちの趣味はないからね!」


「そっか。まぁ、ありがとう。もし、次に会った時に、俺が、お兄さんのこと覚えてたら、名前教えてあげる♪」


 すると、ヒラヒラと手を振り、立ち去ると、少年は目の前の高級マンション──ではなく、その更に奥の路地へと消えていった。


「え? 家、ここじゃないの?」


 どうやら目の前の高級マンションは、彼の家ではないらしい。


 そんな少年の危機管理能力の高さに、狭山が、一人うなったのは、言うまでもない。




 *


 *


 *



「……疲れた」


 その後、本来の目的地である自宅マンションに入った少年は、エレベーターの中で、ため息をついていた。


 我が家は、10階建てマンションの7階。


 だが、ふと時計を見れば、買い出しに出掛けてから、もう2時間が経過していた。


(ヤバい……また、あいつらに小言、言われるかも)


 アイスの箱を握りしめ、少年は、また、ため息をつく。


 やはり日曜に、街をうろつくのは無謀だったと、そんなことを今更、思っても仕方ないのだが、自分の容姿は、相も変わらず目立つものだと、少年は、エレベーターに備え付けられた鏡を呆然と見つめた。


 青い瞳に、金色の髪に、人形のように整った顔立ち。


 利用できるものは何でも利用するし、自分が他よりも可愛いのも認めるが、モデルを勧められるのだけは、を思い出して、未だに嫌悪感を抱く。


(……ホント、バカだな)


 もう、あんなに、昔のことなのに――…




 ──ピンポン!

 

 刹那、エレベーターが7階についた。


 少年は、スッと気持ちを切り替えると、エレベーターから出る。すると、ちょうど廊下を清掃中だった館内整備の女性に声をかけられた。


「あら、飛鳥あすかくん。おかえりなさい」


「ただいま、瀬戸山さん。いつも御苦労様です!」


 ここは、海外へ単身赴任中のが、子供たちを身を案じで借りた、セキュリティマンションだった。


 防犯に特化しているのは勿論。


 マンション内はいつも掃除が行き届いており、なおかつ、一階にあるエントランスには警備員も常駐しているため、神木家の長男である彼『神木かみき 飛鳥あすか』にとっても、家の中は、とても安心できる空間だった。


「ただいまー。お兄ちゃん、帰ったよー」


 そして、家につくと、飛鳥は鍵を開け、いつも通り明るい声を上げた。


 ブーツを脱ぎ、玄関をあがる。

 だが、その矢先──


「お兄ちゃぁぁぁぁん!!」

「!?」


 と、突然、妹が泣きついてきた!

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