第80話 死と絶望の果て③ ~施設~


「はい……では、明日…伺います」


 子供たちが寝たあと、施設に連絡した。ガチャリとなった受話器をおろす音が、やけに耳に響いた。


 呆然とする足取りで、子供たちが寝ている部屋に入ると、二つ並んだ布団の手前に、華と蓮が一緒に眠っていて、その奥の布団に、飛鳥が二人を見守るようにして眠っていた。


 部屋を見渡せば、クレヨンや画用紙など、子供たちのオモチャが、いたるところに散乱していた。


 テーブルの上を見れば、華と蓮が描いたのか、〇だか△だかわからないものが、いくつか描かれた紙が置いてあった。


 ごちゃついた部屋は、今の俺の心を、そのまま映し出すかのようだった。


 心の中が混沌とする。


 片付けは一つ、ままならない。

 いや、片付けだけじゃない。


「…………」


 ただ無言のまま、子供たちの側に座り込むと、その寝顔をみて、ふと考えた。


 久しぶりに、寝顔を見た気がした。


 いつから、見ていなかっただろう。

 声も、まともに聞いていないような気がする。


 ご飯はどうしてた?

 お風呂は?


 ここ最近の記憶がない。


 そういえば、何度も飛鳥が、やり方や作り方を聞きに来た気がする。


 きっと、飛鳥が代わりにやってくれていた。


 俺の代わりに───全部。



「…ご……めん…っ」


 子供たちの寝顔をみながら、自分の不甲斐なさを垣間見た。


 どうして、こうなったんだろう。


 本来なら、ここにはアイツもいたはずだった。

 家族5人、笑顔ですごしているはずだった。


 それなのに、なんで──


「なんで……死んだんだよ……っ」


 部屋には、今でも妻の面影があった。


 この部屋でよく、子供たちと一緒に洗濯物を取り込んでいた。


 せっかく畳んだ洗濯物を、華と蓮にぐちゃぐちゃにされて、怒りながらも困ったように笑ってた。


 妻が畳んだ洗濯物も、まだそこにある。


 妻が描いた絵も、妻が着ていた服も、妻が使っていたマグカップも


 だけど、妻だけがいない。

 面影はあっても、もう帰ってこない。


 なのに、その上、華と蓮も手放すなんて──



「ぃ、やだ……っ」


 嫌だ。嫌だ。手放したくない──


 でも、こんな俺に、飛鳥に全部任せて動けずにいる俺なんかに、この子たちと一緒にいる資格なんてあるのだろうか。


 みんなの言う通り、他の誰かと「家族」になったほうが、幸せになれるんじゃないだろうか。


「ッ……はな……れん……っ」


 涙が、溢れた。


 小さな手を握りしめて、絞り出すように言葉を紡いだ。


 明日の夜には、もうこの子達は、ここにはいない。なにも知らず眠る姿に、罪悪感が襲う。


 心の中が、ぐちゃくちゃになる。


(連れていきたくない……っ)


 ──けど、連れてくと決めた。


(一緒に……いたい)


 ──でも、この子たちとの未来なんて、誰も望んでくれない。


「…ごめん…っ……華…蓮……飛鳥…ッ、ご…めん、ごめん……ごめん、本当に…っ」


 こんな、ダメな父親で




 ごめんな───…ッ





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