第79話 死と絶望の果て② ~不安~


 葬儀が終わってからも、心が休まる暇はなかった。


 まだ小さい華と蓮の子守りに加えて、仕事に復帰するため、俺はひたすら華と蓮の預け先を探していた。


 だけど、保育園はどこも空きがなく、仕事を辞めるかも考えたけど、再就職にも明らかに不利なこの状況で、辞めるのは得策じゃなかった。


『神木、おまえ、いつから出勤できるんだ?』


 そんな時、上司から電話がかかってきた。それは、妻が亡くなって二週間後のことだった。


「すみません。子供達の預け先がまだ見つからなくて、だから、もう暫く……」


『何を言ってるんだ。お前が働かないと、それこそ子供たち食わせていけないだろう。親でも親戚でも預けて、早く仕事に戻れ。それが、無理なら子供は──』


 電話先の上司の声に、酷く絶望した。


 働けるなら、働いてる。

 預けられるなら、預けてる。でも──


「それが出来ないから、こんなに悩んでんだろッ!!」


 受話器を叩きつけるようにして切ったあと、膝から崩れ落ちると、力任せに、そう叫んだ。


 味方など、誰もいないように感じた。


 誰もがみな「子供には母親が必要だ」と「子供は手放せ」と、そう俺に語りかけてくるようだった。


 上手くいかないことばかり続いて、イライラすることが増えた。それと同時に、体が思うように動かず、部屋で呆然とすることも増えた。


 何を食べていたかも、よく覚えていない。


 だけど、そんな俺のもとに、飛鳥はよく声をかけにきた。


「お父さん、大丈夫?」


「…………」


 薄暗い部屋の中で、呆然座り込む俺の肩を揺すりながら、飛鳥が声をかける。


「ねぇ、お父さん……何か、食べて」


 まだ小学二年生の、女の子みたいな、か細い声をした飛鳥の、とてもとても不安そうな声。


 お父さん、お父さん、と。

 なんでもいいから食べてほしい……と


 だけど、その時の俺には、そんな飛鳥の言葉すら心に響かず


「……なぁ、飛鳥」


「?」


「子供には、母親がいなくちゃダメなんだってさ……お前も……そう思うか?」


「……」


「会いに……いくか?」


 ただ漠然と、そうと思った。


 また、あの声を聞きたい。

 また、あの優しい優しい彼女の声を聞きたい。


 あの笑顔も、あのぬくもりも、あの心地良さも、何もかも全て取り戻したい。


「会いに、いこうか……みんなで──」


 ぽつりぽつりと呟いで、飛鳥に問いかけた。


 そうだ。

 みんなで、会いに行けばいい。


 華も、蓮も、飛鳥も、俺も

 みんな、アイツに会いたがってる。


 だから、会いに行けば


 ─────きっと、幸せだ。



「会えないよ。お母さんは……もう、死んじゃったから」


「…………」


 だけど、そんな俺の耳に、また飛鳥の言葉が響いて、俺の思考は、再び現実へと引き戻された。


 妻が亡くなった受け止められない事実を、また叩きつけられて、まるで闇の中に一人置いてきぼりにされたような、そんな、底知れない不安を感じた。


 この先、どうすればいいのか。

 どうなるのかすら、わからない


 ────不安。


 そして、それと同時に、じわじわと、あの言葉が、心をえぐってくる。


『侑斗と一緒にいたら、みんな不幸になっちゃうじゃない』


 俺のせいなんだろうか?

 俺のせいで、アイツは死んだのだろうか?


 俺と一緒にいたら、みんな不幸になって、また辛い思いをするのだろうか?


 も───みんな?






「……飛鳥」


 ずっと、流せていなかった涙が、不意に頬を伝って溢れだした。


 この子達の幸せを考えた時、どうするのが一番いいのか、もう俺には分からなかった。


 俺はなんて、酷い父親なんだろう。


 だけど、きっとこれが、誰もが望むなのだと思った。


「飛鳥……今度、華と蓮を…っ」


「……」


「……施設に……預けに行くから……っ」



 薄暗い部屋の中──


 俺はその時、飛鳥と目を合わすことが出来なかった。

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