第78話 死と絶望の果て① ~愛妻~
妻が亡くなったのは、とても急な話だった。
朝、いつも通り笑顔で送り出してくれた妻。だけど、その日なんの前触れもなく、彼女は帰らぬ人となった。
そして残酷なことに、妻の異変に最初に気づいたのは、その時まだ小学2年生の
──飛鳥だった。
その日の夕方、飛鳥が学校から帰ると、華と蓮の泣き声が聞こえてきて、家に入ると妻が倒れていたらしい。
慌てた飛鳥は、そのあと救急車を呼んで、俺にも電話をしたらしいが、会議中だった俺は携帯にはでれず、その後、俺が妻のことを知ったのは
『星ケ峯総合病院の者ですが……』
電話口から聞こえてた、看護師からの残酷過ぎる知らせをうけた時だった。
死因は、心筋梗塞。
妻の母も同じ病で病死していたことから、もともと心臓の弱い家系だったのだろうといわれた。
病院に駆けつけると、霊安室の前の病院特有の硬いソファーの上で、子供たちが三人身を寄せあって座っていた。
泣き疲れたのか、華と蓮は眠っているようだった。
飛鳥は、眠る華と蓮を抱きしめたまま、その青い瞳を兎のように真っ赤に腫らして、ただひたすら
─────声を殺して、泣いていた。
♦♦♦
「侑斗君には悪いけど、下の子供たちは施設にいれた方がいいんじゃないかしら?」
妻の葬儀の最中、まだ呆然としている俺たちを、親戚たちが取り囲んだ。
「男手ひとつで、3人も育てるのは大変でしょう?」
「それに、こんな小さな子には、やっぱり母親が必要だし」
「俺たちは、侑斗のために言ってるんだ」
「そうよ。まだ2歳なんだから、分からないわよ!」
亡くなった妻の前で紡がれた、非情な言葉。
まだ分からないからと、子供たちの前で容赦なく紡がれた言葉。
それは、まるでナイフのように、槍のように、俺の心を引き裂き串刺し、心ないその言葉に、酷くこの世を呪った。
だけど、その中でも一番頭にきたのは、自分の"母親"が言った言葉だろう。
◆◆◆
「侑斗、久しぶりー」
葬儀のあと、もう長く連絡をとっていなかった俺の母、神木
俺が子供の時から、最悪な母だった。
外に男をつくってばかりの──"女"だった。
愛情をかけられた記憶なんて、全くない。
だからだろう。俺は、もともと両親とは折り合いが悪く、頼れるような親戚も、ほとんどいなかった。
「来るなって言っただろ」
「なにさ。嫁が亡くなったんだ。姑が来ないわけにはいかないだろう? それにしても、アンタもつくづく結婚に縁がないよねー。再婚したと思ったら、"あの子"死んじゃうなんてさぁー」
喪服姿で、ケバい化粧と鼻につく香水を撒き散らした母は、普段と変わらない抑揚のある声を発しながら、俺たちの元に近づいてきた。
こんな人が、自分の生みの親かと思うと、正直、自分の血を呪いたくなるくらいだった。
しかも、この母親は、なぜか飛鳥のことは酷く気に入っていて、母はコツコツとパンプスの音を響かせて、俺の後ろに隠れていた子供たちに近づくと、そっと飛鳥にむけて手を差し出してきた。
「それにしても、飛鳥は相変わらず綺麗な顔してるわねー。今どこで、どうしてるのか知らないけど、飛鳥を生んでくれたことに関しては、"あの女"に感謝しなくちゃね。ねぇ、アンタも一人じゃ大変でしょう? この子なら、後々いい感じで金稼いでくれそうだし、飛鳥は私が引き取ってあげるわ!」
「!?」
母がケラケラ笑いながら、飛鳥の頬に触れた。
(引き取る? 何言ってんだ、こいつ……っ)
この頃の母の年齢は52歳。正直、小学二年生の孫がいるとは思えないくらい、まだ若々しい母ではあったけど、その言葉には、嫌悪感した生まれなかった。
俺のことすら、ほとんど見向きもしなかったくせに、何を言っているんだろう。
母にとって、子供とは、一体なんなのだろう。
「飛鳥に触るな!!」
「そんな怖い顔しないでよ。アンタのために言ってるんじゃない 」
「何が、俺のためだよ……っ」
「だって母親なしで、こんな小さな子3人も育てられるわけないじゃない」
「心配しなくても、お前らに頼ったりしねーよ!」
「相変わらず、馬鹿な子ねー。なら、華と蓮は施設にでもいれなさい」
「!?」
「子供は一人いれば十分よ。それに、みんな言ってたじゃない。華と蓮はまだ小さいし里親に出しやすいうちに捨てときなって。片親で貧しい思いするよりも、他所にもらわれた方が、この子たちも幸せよ」
「……っ」
フツフツと怒りが込み上げてくる。
妻を亡くした息子の心に寄り添うこともなく、平然と大切な我が子を捨てろという母親に──
「アンタにとって子供ってなんなんだ! 飛鳥は渡さない! 華と蓮も施設に入れたりしない! 子供たちは俺が」
「でも、侑斗と一緒にいたら、みんな不幸になっちゃうじゃない」
「……ッ」
「前の女とは離婚して、今回は死別でしょ? 侑斗のそばにいたら、みーんな不幸になっちゃう。次は、この子達の番なんじゃないの?」
「…………」
──この子達の番。
その言葉は、深く心に突き刺さった。
確かに、家庭環境には恵まれなかったし、前妻とは離婚した。
そして、やっと手にいれた安らぎも、あっけなく俺のもとから去っていった。
(どうして……っ)
どうして、こうなった?
俺の────せいなのか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます