第77話 写真と妻

(……写真?)


 手帳の間から、滑り落ちてきたそれは、一枚の写真だった。


 狭山は、その写真を手にした瞬間、体勢を整えるもの忘れて、その写真に釘付けになる。


 にこやかに笑っているのは、若い頃のミサだろう。どこか古びたその写真の中のミサは、今とはまるで違う、少女のような屈託のない笑みを浮かべていた。


 そして、その横には、優しく笑う男性の姿。


 ミサとは違う黒髪。だが、こちらの男性もなかなかのイケメンで、まさに美男美女と言ってもいいくらいだろう。


 そして、その二人の間には、ミサの腕に抱かれるようにして、がいた。


(……家族写真か?)


 それは、親子が三人で写っている何の変哲もない家族写真だった。


 この赤ちゃんはエレナちゃんだろうか?

 ならば、この男の人はエレナちゃんのお父さん?


 つい気になってしまい、狭山がその写真を穴がたきそうなくらい見つめていると


「狭山さん」


 その思考を遮るように、ミサが声をかけてきた。


「あ、すみません」

「いいえ」


 そう言って柔らかく微笑むミサの姿は、いつもと変わらない。だが、その瞳は有無を言わさず「返せ」と言われているようにも感じた。


 そんなに、大事な写真なのだろうか?

 狭山は、そんなことを考えながら写真をミサに手渡す。


「……家族写真、ですか?」


 場を和ませようと、朗らかに語りかけた。だが


「えぇ……もうの、ですけど」


 まるで流れるように平然と言い放ったその言葉に、狭山は瞠目する。


「──え?」


 別れた夫と……息子?


「わ……別れたのに、持ってるんですか?」


「いけませんか?」


 そう言って笑うミサの声は、とてもひんやりとしていて、狭山は、その刺すような雰囲気に反論も肯定もできず口ごもる。


 もちろん、いけなくはない。

 いけなくはないが


「別れた夫」が写る写真なんて、わざわざ持っておきたいものだろうか?


 それって、ちょっと…………


(怖くね?)




 ◇


 ◇


 ◇



 ───パリーン!!


 ロサンゼルス。広々としたワンルームの一室で、パソコンに向かい仕事をしていた神木かみき 侑斗ゆうとの背後から、突如何かが割れるような音が響いた。


 自分以外、誰もいない部屋。


 そんな場所でいきなり響いたその音に、侑斗は何事かと振り返る。


「ちょ、なんで!?」


 振り向き確認すると、本棚の一角に飾っていた写真立ての一つが、その棚から落ちたらしい。


 フローリングの上には、写真立ての割れたガラスの破片が、バラバラと散らばっていた。


「……いやいや、なんで、落ちるかな?」


 軽く冷や汗をかく。無理もない。写真立てが落ち、割れたのだから。


「あー……マジか」


 だが、特段ホラー系は苦手ではない侑斗。


 たまたまだろうと、気持ちをあっさり切り替えると、再度パソコンに向かい、手がけていた仕事の文書を保存すると、その後、イスから立ち上がると、床に散らばった写真立ての元に向かった。


 前屈みになり、背を向けた写真立てを拾い上げると、そこには、最愛の「妻」の姿があった。


「……あー、しかも、の写真か」


 そこには、優しく微笑む"黒髪の女性"が写っていた。

 はるか遠く日本にある、我が家にも同じ写真が飾ってある。


 だが、よりにもよって、かと、侑斗は残念そうに息をついた。


 棚の上には、ほかにもいくつかの写真立てがあった。我が子が3人で写るものや、家族4人で撮ったもの。


 海外で一人暮らす父が寂しくないようにと、華がわざわざ写真立てにいれて、いくつか持たせてくれたものだ。


 だが、この妻の写真だけは違った。


 この写真だけは、長い間ずっと、この写真立てに入れられたまま、侑斗が持ち続けてきた物だった。


「せっかく、一緒に選んだやつなのにな……」


 これは、妻と結婚した時、妻と一緒に選んだ写真立てだった。


 もう、15年は昔のことだ。


 だけど、今でも思い出す。

 優しく笑う君の姿も、自分を呼ぶ君の声も


 ──そして、あの日。


 君が突然……のことも。


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