第402話 恋と別れのリグレット③ 〜障碍〜
次の日──中学校に行った私は、
昨日の母の話を聞いて、付き合うのは、まだ無理でも、友達なら大丈夫だと思ったから。
だけど、声をかけようとしても、いざとなると、緊張して声をかけられず。
(どうしよう……全然、話しかけられない……っ)
「あかりちゃーん!」
すると、机に座り
私と同じ、学校指定の紺のセーラー服を着て、明るく声をかけてきたのは、
彼女は、小学校から一緒にいるクラスメイトで、私の難聴のことを知っている数少ない友人の一人だった。
と言っても、難聴のことは、それとなくクラスには広まっていたとは思う。
先生は、当然知っていたし、学校で聴力検査をする時は、いつも一番、最後に検査されていたから、私の耳が聞こえないことに気づいていた人も、それなりにいたかもしれない。
「ねぇ、昨日の呼び出し、なんだったの? もしかして告白?」
「ちょっと、一織ちゃん、声が大きい……!」
すると、突然教室の中で、そんな話を一織ちゃんはにされて、私は顔を真っ赤にして
教室の奥には、山野くんもいたし、聞こえたら、どうしよう。すると、一織ちゃんは、何かを察したのか、声量を抑えつつ、私に顔を近づけてきた。
「えーと、どっちだっけ?」
「あ、こっち」
どっちの耳に話しかけるか迷っている一織ちゃんに、私が”左耳”を傾ければ、一織ちゃんは、その後、的確に話をふってきた。
「なに? やっぱり告白の呼び出し?」
「う、うん」
「マジ! 付き合ったの?」
「付き合ってないよ」
「えー、なんでー! あかりちゃんに彼氏が出来たから、ダブルデート出来るのに!」
「ダブルデートって……っ」
ちなみに、一織ちゃんには彼氏がいる。
弓道部の部活仲間で、クリスマス前に一織ちゃんの方から告白して、付き合うことになったばかり。
そして、その時は、私も一緒になって喜んだ。
一織ちゃんが、その子のことを好きだったのはしってたし、告白が成功した時は、凄く嬉しくて。
ただ、仲のいい友達に彼氏ができて、ちょっとだけ、寂しくもあったけど。
「なに、イマイチだった? ていうか、相手は誰?」
「相手は、山野くん」
「うっそ!?」
「ちょっと声大きい! それに、イマイチってわけじゃ…山野くん、いい人だと思うし。でも付き合うのは、まだ早いし、とりあえず、お友達からにして、LIME交換してみようかなって」
「おーなるほど! で、交換したの?」
「まだ……なかなか、話しかけられなくて」
「それこそ、友達みたいに話しかければいいじゃん」
「そんな簡単に言わないで。一度告白されちゃうと、これまでと同じようには、振る舞えないっていうか……っ」
ただのクラスメイトだった人が、自分に好意を抱いていると分かった瞬間、それまでとは違って見えた。
相手の気持ちを知ってしまうと、きっと知らなかった頃には戻れないのだと思った。それに
「山野くん、私の耳のこと、どう思うかな?」
あや
「別に大丈夫だと思うけどなー。全く聞こえないわけじゃないし。まぁ、人より聞き間違いは多いし、たまに、変な返答する時はあるけどね」
「え、変な返答!?」
「うん。この前、私が『ポメラニアン、可愛い~』って言ったら『カメレオン?』って聞き間違ってたじゃん! あれはマジ爆笑だったから!」
「だ、だって、そう聞こえたんだもの!」
「他にも、みりんをキリンと聞き間違ったりとかしてたよねー。会話噛み合わなくて、何度笑わされたことか」
「う……ごめん」
「あはは。別に、責めてるわけじゃないよ。聞き間違いなんて誰にでもあるしさ。それに、そんな所も含めて、私は、あかりちゃんといるのが楽しいし。だから、いつか、そういう弱点みたいな所もまとめて、あかりちゃんのことを好きになってくれる人が現れたら、私も嬉しいな」
「一織ちゃん」
「だから、頑張ってね! そして、いつか彼氏が出来たら、絶対ダブルデートしよう! ラビットランドに行こうよ! あかりちゃんが、どんな彼氏を連れてくるか、今から楽しみ!」
「ちょっと、気が早すぎるよ」
一織ちゃんの話に、私はくすくす笑いだした。
片耳難聴に対する人々の反応は、いいものから、悪いものまで、それぞれだった。
見えない
時には、必要以上に重く受け止め、あまり関わりたくないと言う人もいれば、逆に片耳きこえるんだから、なんの問題もないでしょ?と、軽く受け止められる場合もある。
もちろん、それは、その人たちの主観だし、決して間違いではない。
だけど、難聴のことを打ち明けるのは、あくまでも、聞こえなかったことによる誤解を避けたいからで、相手に、あれこれ求めたいわけじゃないし、悲劇のヒロインになりたい訳でもない。
ただ、純粋に、知っていて欲しいだけ。
無視をしているわけじゃないと。
ただ、聞こえなかっただけなのだと。
難聴であるが故に生まれてしまう誤解を、誤解のままで終わらせないように、人を不快なままにさせないように、ただ、知っていて欲しいだけ──
そして、一織ちゃんは、そんな私の難聴のことを、決してタブー視することなく、柔軟に受け入れてくれた人だった。
中途半端な障碍を持った子ではなく、それすらも個性だというように、ありのままの私を受け入れてくれた。
それが、すごく心地よくて、なにより、ありがたかった。
だから、一織ちゃんの言う通り、難聴のことも含めて、私を好きになってくれる人が現れたら、どんなに素敵なことだろう。
あの頃の私は、そう思っていた。
不完全な私を、ありのまま受け入れて、普通の女の子として接してくれる。
そんな素敵な人が、現れたらいいなって……
でも、そんな女の子としての些細な夢が打ち砕かれるのも、そう遠い話ではなかった。
それは、それから一ヶ月後の二月中旬。
チラチラと雪が降り積もる、寒い冬のことだった。
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