第401話 恋と別れのリグレット② 〜友達〜


「彩音ちゃん、今日もありがとう」


 夕飯を食べたあと、夜の8時過ぎに、母の倉色くらしき 稜子りょうこが迎えにきた。


 あや姉が住んでいる家は、元は、父が住んでいた実家。まるで武家屋敷のようにおもむきのあるその家に、あや姉は、数年前まで祖母と一緒に住んでいた。


 だけど、祖母が他界してからは、この広い家に、あや姉、一人。


 そして、当時の35歳の私の母は、あや姉にとっては、5歳年上の義理のお姉さんにあたる人だったけど、二人の仲はとても良好で、母も一人暮らしのあや姉のことは、よく気にかけていた。


「いつも悪いわね、彩音ちゃん。この子達の面倒見て貰って」


「いいよ、いいよ。あかり達がくれば、私も楽しいし」


「ふふ。ありがとう。何も変わったことはなかった?」


「うん、大丈夫。あ、いやいや、あったよ、変わったこと! 稜子さん聞いてよ。今日あかり、告白されたんだって!」


「ちょ、ちょっと、あや姉!?」


 母が来るなり、いきなり告白のことを暴露したあや姉に、私は驚き、同時に顔を真っ赤にした。


 だって、まだ中学生だったし、正直、親に告白されたことを知られたのが、すごく恥ずかしくて……


「あら? あかりも、もうそんな年頃になっちゃったの?」


 すると、母が、少し驚きつつも穏やかに話しかけてきて


「誰に告白されたの?」


「ど……同級生の……山野くん」


「あぁ、あの落ち着いた感じの子? 優しそうな子だったし、あかりが付き合いたいなら、お母さんは応援するけど」


「え!? なんで、そうなるの!?」


「だって、ダメって言って影でこっそり付き合われても困るじゃない。まぁ、お父さんは反対するでしょうけど」


「あー、確かに兄貴は反対するかもね」


 すると、母の話に、あや姉が相槌を打ちながら加わった。


「娘に彼氏ができたなんて言ったら、兄貴、発狂しそう! でも、大丈夫だよ! 兄貴が何か言ってきたから、私からガツンと言ってやるからさ!」


「言ってやるからって……! なんか、付き合う方向で話が進んでない!?」


「だって、卒業したら、山野くんとは会えなくなっちゃうんでしょ? せっかく告ってくれんだからさー」


「そ、そうだけど……っ」


 あや姉の言葉に、私は困り果てた。


 山野くんは、きっといい人。だから、耳のことを話しても、受け入れてくれるかもしれない。


 でも、この頃の私は、恋というものを、まだよく分かってなかった。


 人を好きになるという感情も、付き合った先に、なにがあるのかも。


 だって、男の子と付き合うなんて、まだ、ずっと先の話だと思っていたから──


「でも、私……山野くんのこと、まだよく知らないし……っ」


「だから、それは付き合ってからでも」


「ふふ、彩音ちゃん、あまりあかりをいじめないで。あかりには、そういう恋愛は、向いてないのかもしれないわ」


「え?」


 すると、母が私の気持ちを察したのか、優しく声をかけてくれた。


「確かに、若い頃の恋って、けっこう盲目的よ。勢いで付き合って、すぐに別れちゃう子もいっぱいいるし。でも、あかりは、昔から気を使いすぎるところがあるから、そういう恋は向いてないのかも。ねぇ、あかり。まずは、お友達からでいいんじゃないかしら?」


「お友達?」


「そうよ。とりあえず『お付き合いはできないけど、連絡先を教えて』って言ってみれば? 今のあかりは、学校にいる山野くんしか知らないわけでしょ。なら、LIMEでやり取りしたり、一緒に遊んだりして、また別の山野くんを知ってみればいいんじゃないかしら。それで、あかりも『好きだな』って思えるようになったら、お付き合いすればいいわ」


「そ、そっか……好きになってから」


 確かに、母の話には、納得のいく部分もあった。


 すぐに付き合うのは無理でも、ちゃんと好きになってからなら、いいと思ったから。


「うん。分かった……明日、そう話してみる……っ」


 真冬の玄関先で、私は恥じらいながら、そう答えた。


 友達は、だいたい女子ばっかりだったし、私のスマホの中に男子の連絡先なんて一つも入ってなかった。


 だからか、凄く緊張したけど、少しだけ勇気を出してみようと思った。


 でも、緊張から少し俯いた瞬間、視線の先に泣きそうになってる理久が見えた。


「え、理久!?」


「うぇぇぇぇん! お姉ちゃんのバカー! お付き合いしないっていったのにー!!」


「ちょ、ちょっと、お付き合いはしないよ! 連絡先を交換するだけ!」


「でも、連絡先交換したら、男の方からLIMEきまくって、オレと遊んでる時に返信したりするんだろ!」


「そ、それは、そうかもしれないけど」


「ヤダー! 絶対やだー! オレ、お姉ちゃん、取られたくないもん!!」


「取られるなんて、そんなことにはならないよ! 私、理久のこと大事だし、一緒に遊んでる時に返信したりしないから! ちょっと理久、泣かないでー!!」


 涙声で、ギュッと抱きついてきた幼稚園児の弟を抱きしめながら、私は必死に慰めた。だけど、あまりの号泣する理久を見て、あや姉は


「ねぇ、稜子さん。理久、何とかしないと、このままじゃ、重度のシスコンになっちゃうよ?」


「大丈夫よ。小学校の高学年くらいになれば、お姉ちゃんより、お友達になるわ!」


「そうかなー?」


 母と二人、不安そうに話していたその会話は、冬の空に、静かに溶けていった。



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