【過去編】

第400話 恋と別れのリグレット① 〜告白〜



「好きです! 僕と付き合ってください!」


 それは、今から5年前。

 私が、まだ中学3年の時の話。


 三学期に入ったばかりの寒い寒い一月末。いきなり裏庭に呼び出された私は、同級生の男の子に、突然告白をされた。


 彼の名前は、山野やまの 崇史たかふみくんと言って、どちらかと言うと、大人しいグループに属している落ち着いた人だった。


 前に一緒に図書委員になった時に話したことがあるくらいで、自分から告白するタイプにも見えなかったから、少し驚いた。


「あの……えっと」


「ごめん、いきなり好きとか言われても困るよね。でも、ずっと倉色くらしきさんのこと、いいなって思ってて……だけど、中学卒業して別々の高校に行ったら会えなくなるから、告白するなら、今しかないと思って……っ」


 顔を真っ赤にして話す山野くんを見ると、こっちまで恥ずかしくなってきた。


 山野くんは、とてもいい人だと思う。


 でも、私はこれまで山野くんのことを、そんな風に見たことがなかったから、すごく返事に困った。


「あの、私……」


「返事は、急がなくてもいいから!」


「え?」


「すぐに答えはださなくていいよ。ゆっくり考えて、卒業までに返事をくれればいいから。でも、僕、本気で倉色さんのことが好きなんだ! だから、それだけは分かって!」


「あ、ちょっと……っ」


 言うだけ言って、走り出した山野くんは、そのまま顔を真っ赤にして、走り去った。


 それは、私にとって初めての告白で、寒い寒い裏庭で一人、頬が熱くなるくらい顔を真っ赤にしたのは、よく覚えてる。



 そして、あの頃は、まだ恋に憧れがあった。


 いつか恋をして、好きな人と結婚する。そして、子供を授かって、幸せな家庭を築くのだろうと


 そんな女としての『当たり前』の未来を



 なんの疑いもなく、享受できると思っていた。











           第400話


    恋と別れのリグレット① ~告白~









 ***


「うっそ! あかり、告白されたの!?」


 学校帰り、私と弟の理久りくは、いつものように、の家に行っていた。


 当時の理久は、まだ幼稚園の年長さんで、私も、まだ中学3年生。だからか、両親の帰りが遅くなる日は、いつも決まって、"あやねぇ"の家に行って、宿題をした後、夕飯をご馳走になる。そんな日常を過ごしていた。


 ちなみに、あや姉は、私の父・倉色くらしき 宏貴ひろきの妹で、名前は──倉色くらしき 彩音あやね


 当時30歳のあや姉は、ショートカットの明るいお姉さんで、私とは15歳も離れていたけど、叔母と言うよりは、従兄弟いとこのお姉ちゃんって感じだったし、私も理久も、幼い頃から、よく遊んでもらっていたから、とてもよく懐いていた。


「マジかー、中学生のくせにやるなー」


「もう、あや姉、真面目に聞いて。返事する前に逃げられて、私、困ってるんだから」


「何に困ってるのよ。別にいいじゃん! 卒業前に勇気を出して告白してくれたんでしょー。付き合っちゃいなよ」


「付き合っちゃいなって……私、山野くんのこと、なんとも思ってないし」


「なんとも思ってなくても、一緒に過ごすうちに、恋に変わる場合だってあるじゃん。ダメなら別れちゃえばいいんだし」


「そんな、いい加減な」


「お姉ちゃん、告白されたの? お付き合いなんてダメ! オレ、絶対ヤダ!」


 すると、私の横でお描きをしていた理久が、急に私の服を掴んだ。まだ小さい理久は、私にベッタリだったから、お姉ちゃんを取られると思ったのかもしれない。

 すると、あや姉は、そんな理久の頭を撫でながら


「こら理久ー。あかりは、これから大人の階段をのぼるんだぞー。いつまでもシスコンでいられると思うなよ!」


「大人? 階段のぼったら大人になるの?」


「うーん、理久が思ってる階段とは違うなー。大人の階段っていうのはね、お付き合いの先にある」


「ちょっと、あや姉。理久に変なこと教えてないで。それに、私はお付き合いなんてしないから」


 あや姉の話は、中学生の私には、少し恥ずかしい物も多かった。だけど、そんな雑談を押しのけ、はっきりと付き合わないと伝えれば、あや姉は、少し不満そうな顔をした。


「もう、何がダメなのよ。いい子なんでしょ、その子。図書委員を一緒にやってた時も話しやすい感じだったていってたじゃん」


「そうだけど……でも、山野くん、知らないだろうし」


 俯いた私は、不安げに、そうに呟いた。

 すると、あや姉は、納得したように


「あー、なるほどね。障碍しょうがいのこと気にしてるわけか」


「だって、言わずに付き合ったら騙してるみたいだし、かといって、言ったあと『障碍のある子とは付き合いたくない』って言われたら、ショックだし」


「まぁ、気持ちはわかるけど、もし『片耳聞こえません!』と言って、手のひら返すような男だったら、付き合う必要なし! そんな、ちっちゃいことを気にするような男は、あかりには相応しくありません!」


「そ、それはいいすぎじゃ」


「そんなことないって。だって、片方聞こえないのは事実にしろ、片方はしっかり聞こえてるんだよ。ちゃんと会話もできるし、仕事だってできる。それに、片耳難聴でも、結婚して子供産んでる人は、たくさんいるんだから。大丈夫だよ、あかり。心配しなくても、は普通に生きていけるよ。だから、しっかり恋をしなさい!」


 そう言って、励ましてくれたあや姉は、私と同じ『一側性難聴者』だった。


 あや姉は、左耳が聞こえない人。


 でも、障碍ハンデがあっても、あや姉はいつも前向きで、明るい人だった。


 優しくて、強くて、いつも、楽しそうに笑ってる、まるで太陽に向かって咲くヒマワリみたいに、まっすぐに生きる人。


 だから、あや姉は、私にとって目標であり、道標みたいな人だった。


(私も、あや姉みたいになれたらいいな)


 あや姉みたいに、素敵な恋ができる大人になりたい。障碍があっても、胸を張って生きれる大人になりたい。


 あの頃は、よく──そんなことを考えていた。

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