第399話 サヨナラ と ありがとう
「あーー! 気になって集中できなーい!!」
神木家にて、飛鳥の妹弟である双子とエレナは、仲良くテーブルにむかって宿題をしていた。
だが、どうやら兄の様子が気になって仕方ないらい。華が宿題そっちのけで叫べば、隣に座っていた蓮が、めんどくさそうに応える。
「うるせーよ。お前のせいで、こっちまで集中できない」
「だって、気になるじゃん! 今、飛鳥兄ぃとあかりさん、二人っきりなんだよ!?」
「そうだけど、兄貴、今日は女装しに行ってるんだぞ。どうせ、何の進展もなく帰ってくるって。仮に進展するとすれば、滑って転んで、押し倒した挙句、奇跡的に事故チューでもしなきゃ無理だろ」
「事故チュー!? いやいや、万が一転んでも、飛鳥兄ぃなら、絶対回避するでしょ! 相手の口ふさいででも、回避するって!」
「じゃぁ、普段通り、ニコニコ笑って帰ってくるんじゃないか?」
「ねぇ、ジコチューってなに? ワガママってこと??」
すると、双子の会話を聞き、エレナが首をかしげた。どうやら「事故チュー」という単語を知らなかったらしく
「え!? まさか、エレナちゃん、事故チューを知らないの!? もしや、最近の少女漫画にはない展開なの!?」
「えーと、私、マンガ読んだことなくて」
「マンガ、読んだことがない!? エレナちゃん、それは人生損してるよ!」
「マジか。じゃぁ、今度、俺がはまってる"進撃の小人"、貸してあげる」
「私の少女漫画も貸してあげる!!」
「ホント? わーい、楽しみ!」
兄の話から、漫画の話に切り替わり、和気あいあいな妹弟たち。だが、そんなこんな雑談を繰り返しながらも、また兄の話に戻ってくる。
「でも、気になるって言えば、気になるよな」
「なによ。やっぱり蓮も気になるんじゃない」
「華さん、実は私も気になってる」
「エレナちゃんも! うーん、なら、ちょっと探りいれてみよう!」
すると、華はテーブルの上に置いていたスマホを手に取った。
「探りって?」
「LIME送ってみるの。今、どうなってるか、聞いてみよう」
そういって、華が手早く文字を打って兄に送信すると、それから、あまり時間をおかず返事が返ってきた。
「早っ」
「兄貴、なんて?」
華のスマホを、蓮とエレナが左右から覗き込む。
すると、そこには
《失恋した》
と、一言だけ書かれていた。
それを見て、妹弟たちは
「「ええええええええぇぇぇぇ!!?」」
と、同時に絶叫したのだった。
第399話 サヨナラ と ありがとう
***
あかりの家にて。脱衣所で着替えを終えた飛鳥は、華に一言だけ返事をして、スマホをポケットの中に片付けた。
あの後、あかりは頭を冷やすと言って家から出て行って、追いかけることもできず取り残された飛鳥は、言われた通り、男の姿に戻った。
ツインテールにしていた髪はほどかれ、長い髪は飛鳥が身動くたびに、サラサラと揺れる。だが、その優雅な情景とは対象的に、その中性的で美しい顔は、いつにもの増して険しい色をしていた。
(これから、どうしよう……)
鏡を見つめれば、自分の青い瞳と目が合った。
これから、どうすればいいのか。
いや、どうすればもない。
答えは、もう、決まってしまっている。
あかりに、あんな風にいわれたのだから──…
――パタン。
その後、長い髪をリボンでまとめると、飛鳥は荷物を手に、脱衣所からリビングに向かった。
先ほどまで、あかりと二人でいたリビング。
その扉を恐る恐る開ければ、あかりは、まだ戻ってはおらず、部屋の中は、シンと静まり返っていた。
あかりがいないことに、少しだけほっとする。だが、家主がいなくなった部屋の中は、とても色褪せて見えた。
そして、その誰もいない状況を見て、飛鳥は、あきれ返る。
(女の一人暮らしだってのに、相変わらず、不用心すぎる)
いくら気がしれた仲とはいえ、男を一人、部屋に残すなんて……。
だが、それだけあかりは、自分を信用しているのだろう。
「留守を預けられるくらい信用してるなら、もっと心開けよ」
矛盾した行動だ。
きっと、信頼はされてる。
それなのに、あかりは、何も話したがらない。
すると、飛鳥は、先ほどの自分の行動を顧みて、静かに目を閉じた。
終わるかもしれないと、覚悟はしていた。
この言葉を言ってしまえば、きっと、友達には戻れない。
だけど、溢れた気持ちは止まらなくなって、でも、その結果、その言葉をはっきりと告げる前に、何もかも、終わってしまった。
なぜか、優しくすればするほど、あかりは遠ざかっていく。
なにが、怖いのだろう。
何があかりを、あんなふうにしたのだろう。
でも、助けたいと思っても、あかりはそれを──望んでいない。
――バタン。
「……!」
瞬間、玄関から音がした。
あかりが戻ってきたのだと分かり、またリビングから顔を出せば、玄関先で立ち尽くす、あかりと目があった。
一瞬、気まずい空気が流れる。
かける言葉に、迷う。
すると、それを察したのか、あかりの方から声をかけてきた。
「着替え、終わったんですね。あの、これ今日のお礼です。エレナちゃんも来ていると言っていたので、人数分入ってます。帰ったら、みんなで食べてください」
そう言って、笑顔で話しかけてきたあかりは、ケーキでも入っていそうな箱を手にしながら、普段どおり笑いかけてきた。
まるで、なにもなかったみたいに。
でも、それは飛鳥の願望でしかなく、あかりはその笑顔のまま、また先ほどの言葉を復唱した。
「では……今まで、ありがとうございました。さようなら」
まるで、引導でも渡すように、はっきりと告げられた言葉に、飛鳥は徐に眉を顰めた。
サヨナラなんて、するつもりはない。
だけど、どうするのが正解なのだろう。
恋愛に関して、自分はことごとく初心者で、だからこんな時になんて答えればいいのか、全くわからない。
でも、なんとなくだが、あかりが求めている答えはわかった。
あかりは今、俺からの『サヨナラ』を求めてる。
「うん……ありがとう」
だけど、それだけは言うつもりはなく、感謝の言葉だけ伝え、あかりから箱を受け取ると、飛鳥は、そのまま、あかりの横をすり抜け、その場を後にした。
箱を受け取る時に、微かに指先が触れ、そんな些細な熱にすら、心が波打つ。
だが、バタンと玄関の扉が閉まれば、あかりは、まるで気が抜けたように、その場に、ずるずると座り込んだ。
「う……うぅ……っ」
一度止めた涙が、また溢れてきた。
これでよかったはずなのに、心が求めて仕方ない。あかりは、最後に触れた指先を、そっと握り締めると
「ごめん、なさい……神木さん……っ」
ごめんなさい。
ごめんなさい。
本当は、私も──
「私も……あなたが好きでした……っ」
決して、届かない告白を口にして、あかりは、たった一人、泣き崩れた。
急激に、心が冷えていく。
まるで、あの時と同じように――
あの雪の日
あかりの世界が、真っ黒に染まった
あの、別れの時と
同じように―――…
***
次回から、あかりの過去編に入ります。
ちょっと重い話もありますので、ご注意ください。
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