第403話 恋と別れのリグレット④ ~破滅の音~


「えー、まだ伝えてないの!?」


 それから、一か月ほどがたったある日、私は、またあや姉のところにいた。


 夕日が落ちかけた頃。塾の帰りに、ちょっと立ち寄っただけだったけど、まだ山野くんに話せずにいるというと、あや姉は、ひどく呆れた顔をしていた。


「もう、山野くん、返事待ってるんでしょー?」


「そうだけど……恥ずかしくて」


「あらあら、可愛い。やっぱ中学生だなー」


「茶化さないでよ」


「ははは、ごめんごめん。あかりの気持ちも、わからなくはないよ。男子に連絡先を教えてーなんて、なかなか言えないしねー。でも、卒業までに返事しなきゃいけないんでしょ? そろそろ勇気ださないと、返事せずにお別れになっちゃうよ?」


「うん、わかってる。だから、受験が終わったら、ちゃんと勇気出す」


 数日後には、高校入試を控えていた。滑り止めで受けた私立の入試を終えて、次は、本命の公立高校。そのため、最近は毎日のように塾に通ってる。


 まぁ、学力的には問題ないし、合格できるレベルには達していたけど……


 ――ピンポーン!


 すると、それから暫くして、インターフォンが鳴った。あや姉はパタパタと、小走りで玄関まで走り、コタツのある居間の中で一人待っていると、すぐに、客人を連れて戻ってきた。


「あ、あかりちゃんも来てたんだ! こんにちは」


「こんにちは、蒼一郎そういちろうさん」


 あや姉の隣にいたのは、蒼一郎さんだった。


 今でも、時折、うちの実家に尋ねてくる高梨たかなし 蒼一郎そういちろうさんは、私にとって、お兄さんみたいな人だった。


 だって、蒼一郎さんは、あや姉の――だったから。


「蒼ちゃん、今日は、どうしたの?」


「どうしたのって、駅前の限定ケーキ。彩音あやね、食いたいったいってただろ?」


「うっそ! もしかして、買ってきてくれたの! さっすが、そうちゃ~ん! 大好き♡」


 蒼一郎さんが、ケーキの箱を差し出せば、あや姉は嬉しそうに、蒼一郎さんに抱きついた。

 

 目の前で、イチャイチャされるのは、少し恥ずかしかったけど、その姿はとても幸せそうで、はしゃいでるあや姉は、とても可愛いなって思った。


「あかり。あんたも食べてきなよ」


「でも、邪魔しちゃ悪いし、帰る」


「なに言ってんのよー。あかりは、私たちにとって、みたいなもんなんだから!」


「そうだよ、あかりちゃん。彩音、大食いだし、いっぱい買ってきたから大丈夫だよ」


「ちょっと、大食いは、余計じゃない!?」


「いや、お前は大食いだろ!」


「…ふふ」


 あや姉と蒼一郎さんの話は、まるで夫婦漫才でも繰り広げてるようで、中学生の私から見ても、とてもお似合いの恋人同士だった。


 同い年の二人は、学生時代からの付き合いらしく、かれこれ十数年は一緒にいる。


 もちろん、あや姉の”耳”のことも、蒼一郎さんは知っていたし、少し前のあや姉の誕生日には、指輪の代わりに”お揃いのピアス”をプレゼントして、プロポーズしたばかり。


 だから、あや姉の聞こえない左耳と、蒼一郎さんの右耳には、お揃いのピアスが、今日もキラキラと輝いていた。


 それは、まるで、幸せの象徴とでもいうように――…


 だから、疑わなかった。

 大丈夫だと、勝手に思いこんでいた。


 私も、あや姉と同じように、生きていくことが、できるのだろうと……








    恋と別れのリグレット④ ~破滅の音~








 ***


 受験前のその頃は、よく雪が降った。


 庭先を真っ白に染め上げる雪は、とても綺麗で、私は、その景色が大好きだった。


「あかり、そろそろ塾の時間よ」

「はーい」


 受験直前の土曜日。

 庭で理久と遊んでいると、母が私に声をかけた。


 雪の上ではしゃぐ理久は「一緒に雪ウサギを作りたい」と言ってきて、塾に行くまでの間、一緒に遊んであげていた。


 お昼を食べてから、約一時間ほど。庭先には、かわいい雪のウサギが十数匹できあがっていて、一匹なら、可愛いんだけど、たくさんいると、ちょっと不気味だった。


「あかり、雪が溶けかけてるから、転ばないように気を付けてね。受験前なんだから、怪我しちゃダメよ」


「わかってるよ。大丈夫! じゃぁね、理久。お姉ちゃん、もう行くから」


「えー、もう終わり? まだ、名前つけてないー」


「名前? 雪うさぎこの子たちに?」


「こらこら、理久ー。あかりは今から塾に行くの!三日後には、入試も控えてるんだから、ウサギさんの名前は、お母さんとつけましょうね。じゃぁ、あかり、気を付けてね」


「うん! いってきます!」


 母と理久に手を振れば、私は庭先から家に入り、二階の自分の部屋に向かった。


 コートを脱いで、部屋着から手早く制服に着替えて、塾に行く準備をする。


 すると、ふと鏡に映った自分を見て、気づいた。


(髪、伸びたな……)


 腰よりも下に伸びた長い髪。いつからか伸ばし始めたその髪は、もうずっと長いままだった。


 そして、ふと思ったのは


「私も、あや姉みたいに、しようかな?」


 自分の長い髪に触れて、思いだしたのは、あや姉のこと。


 今は、バッサリ切って短くなったけど、実は、あや姉も少し前までは、私と同じくらいの長さだった。


 あや姉は、髪が伸びるたびに、ヘアドネーションといって、事故や病気で髪を失った子供たちのために寄付をしていた。


 あや姉は、本当に、よくできた人だった。

 明るくて、優しくて、すごく頼りになる、素敵な大人。


 私が、悩んでいたら、よく相談に乗ってくれたし、落ち込んでいたら、励ましてくれた。


 だから、私は、そんなあや姉が大好きで、無意識に、あや姉の後を追っていたのかもしれない。


「よし、卒業したら、髪切って寄付しよう!」


 でも、だからこそ、のかもしれない。


 この後、あね姉が見せた、ほんの小さな小さな――破滅の音に。


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