第404話 恋と別れのリグレット⑤ ~笑顔~
夕方3時から始まる塾は、町の中心にあった。歩いて20分くらいの道筋を、私はゆっくり進んでいた。
昨夜から降っていた雪は、昼過ぎにはやんで、その後、陽が出てきたからか、雪は微かに溶けかけはじめていた。
(理久と作った雪ウサギ、溶けちゃうかな?)
夜には、また冷え込むそう。だけど、小ぶりの雪ウサギは、それまでの間に溶けてしまいそうだった。
もう思うと、寂しいような残念なような、せめて、弟が名前を付け終わるまでは、溶けずにいて欲しい。
そんなことを考えながら、私は信号機の前に立った。
車通りの少ない交差点は、とても静かだった。
でも、赤く光る信号は、なかなか青には変わらず、私は時間を気にしながら、信号が変わるのを待っていた。
(……あれ?)
すると、ちょうど横断歩道を渡った先に、あや姉が立っているのが見えた。いつもより、少しおしとやかな風貌。白いコートを来たあや姉は、向かいの歩道に一人佇んでいた。
こんなところで会うのは、珍しい。
「あや姉ー!」
あや姉だと気づいて、私は、その場から笑顔で手を振った。でも、あや姉は気づいてないみたいだった。
でも、それは仕方ない。だって、私たちは、”不完全な音の世界"にいるから。
俯いていたり、何かに集中している時は、音がほとんど入ってこない。だから、遠くからの情報は、視覚に頼るしかない。
その後、信号が青に変われば、私は、すぐさま横断歩道を渡って、あや姉に話しかけた。
「あや姉!」
「あ……あかり」
すると、あや姉は、やっと気づいたみいだった。
少し驚いた顔で、立ち尽くすあや姉は、どうやら信号が変わったことにすら、気づいてなかったみたいだった。
「珍しいね。こんなところで会うなんて」
「うん。そうだね」
明るく話しかければ、あや姉は、普段通り微笑んでくれた。
「今日、お休みだったの?」
「うん」
「へー、土曜日に、休みなんて珍しい」
塾の時間が来るにも関わらず、私たちは、軽く雑談を交わした。
あや姉は、接客業の仕事をしていた。
朝が早い、パン屋の仕事。
しかも、土日はお客さんも多いから、なかなか休めなくて、そんなあや姉が、土曜日にこんな所にいるということは、わざわざ、休みをとったということ。
「何か用事でもあったの?」
「……うん、ちょっとね」
「あれ? なんか疲れてる?」
「え? あはは、そうかも……ちょっと、疲れた」
あや姉は、その後、苦笑いを浮かべながら、そう言って、私は首を傾げた。
(人混みにでも、行ったのかな?)
騒がしいところは、片方しか聞こえない私たちには、すごく疲れる場所だった。
聞くために、聞き逃さないために、すごく神経を使うから。
「あのさ、あかり」
だけど、その後、あや姉が話しかけてきて、私は耳を傾ける。
「少し、話したいことがあるんだけど……今から、うちに来ない?」
「え?」
そして、その言葉に、私は考えた。
それは、なんの変哲のない誘いの言葉だった。いつもと変わらない日常の会話。
だから、私は──
「ごめん、今から塾があって」
そう言って、スマホを取りだし時刻を確認すれば、あや姉は、一瞬言葉を噤んだあと、またにっこりと微笑んだ。
「そうだよね。ごめん。制服来てたのに、なんで気づかなかったんだろう!」
「どうしたの? 話ってなに?」
「いや、大した話じゃないから、忘れて」
「本当に?」
「うん──、大丈夫」
あや姉は、また笑って、その後、手を振りながら、私の元を去っていった。
距離が遠ざかり、あや姉が、横断歩道を渡りきった瞬間、信号が、また青から赤に変わる。
(話って、なんだったんろう?)
少し気になった。でも、去っていくあや姉の背を見おくったあと、私は、また目的地に向かって歩き出してしまった。
まさか、それが、あや姉との最後の会話になるなんて……
この時は、想像すらしていなかった。
***
閲覧&応援&コメント、いつもありがとうございます。
手術を受けることになり、ずっと休止中だったFANBOXの後書きを、今日から、カクヨムで再開することにしました。
「雪桜さんちの舞台裏」https://kakuyomu.jp/works/16816927861981951061
こちらのページで、後書きや裏話を随時更新しておりまし。今後も、無理のない範囲で続けていけたらと思っておりますので、引き続きよろしくお願いします。
今話の後書き↓
https://kakuyomu.jp/works/16816927861981951061/episodes/16816927862496700355
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