第405話 恋と別れのリグレット⑥ ~嘘~


 ~~♪


 酷く冷え込んだ、真冬の朝。


 スマホのアラームが鳴り響くと同時に、あかりはもそもそと布団から顔を出した。


 寝惚け眼のまま音楽を止めるが、あかりの思考は、まだ朧気なまま。


 昨夜は、深夜1時頃まで勉強をしていた。


 2日後には受験を控えているからか、この週末は、受験勉強の大詰めとも言える。


 だからか、少しだけ夜更かしをしたのだが、さすがに1時をすぎると、母に『早く寝なさい』と怒られてしまい、あかりはその後、眠りについた。


(んー……まだ、寝とこうかな)


 だが、さすがに夜更かしをしたせいか、起きるのが、すこぶる辛かった。


 アラームを止めて、ベッドの中でスマホを操作ながら、あかりは二度寝を目論む。だが、その瞬間、LIMEにメッセージが届いているのが見えた。


 赤く①の表示がついたLIME。


 アプリを開けば、その差出人は、あかりの叔母である彩音だった。


(あや姉? なんでこんな時間に……?)


 しかも、そのメッセージは、深夜に届いていた。


 2月18日の深夜2時24分。そして、そこには一言だけ


【あかり、嘘ついてごめん】


 そう書かれていた。


(……嘘?)


 意味が分からず、あかりは、そのメッセージを凝視する。


 嘘ってなに?

 あや姉、何か嘘をついたの?


「……なんだろ、これ」


 眠気は一気に蹴散らされて、あかりはベッドから起き上がった。


 時刻は、朝の7時過ぎ。あや姉は今頃、パン屋の仕事をしている頃かもしれない。


 だが、それに気づきつつも、あかりは、すぐさま彩音に返事を返した。


【嘘ってなに? 昨日の話?】


 昨日、塾に行く前、彩音は、話したいことがあると言っていた。


 でも、あかりは、その誘いを塾があるからと断ってしまった。


(元気なかったけど、何かあったのかな?)


 わざわざ土曜日に休みをとって、あや姉は、どこに出かけたのだろう。


 だが、心配になりつつも、あかりが送ったそのメッセージに既読マークがつくはずがなく


(お仕事中じゃ、見れないよね?)


 一つため息をついて、あかりはベッドから出ると、その後、カーテンを開けた。


 昨日の昼には、晴れ間が見えていたのに、昨夜からまた雪が降り出し、今日は一日中、降っていそうな空気だった。


 厚い雲からは、冷たい雪がシンシンと降り注ぐ。


 まるで、世界を覆い尽くすみたいに──…










    恋と別れのリグレット⑥ ~嘘~









 ***



「おはよう、あかり」


 二階の自室から、パジャマ姿のまま一階におりると、リビングで母である稜子りょうこが声をかけてきた。


 美味しそうな朝ごはんの香りが、部屋の中を満たす。いつもと変わらない日曜日の朝の光景。それを見て、あかりは、ホッとする。


 キッチンに立つ母は、朝ごはんの準備をしていて、テレビの前に陣取る理久は、熱心に、子供向けアニメを見ている。


 普段と、何も変わらない。

 優しくて、幸せな朝。


 ちなみに父は、もう仕事に行った。通勤時間が一時間もかかるため、家を出る時間も早いのだ。


「二度寝するかと思ってたのに、案外、早く起きてきたのね」


 すると、また母が話しかけてきて、あかりは、テーブルに腰掛けつつ、言葉を返した。


「うん、夜中にあや姉からLIMEがきてるのに気づいたら、目が覚めちゃった」


「あら、彩音ちゃんから?」


「うん、『嘘ついてごめん』って、なんでか謝られた」


「嘘? 何の話?」


「わかんない。でも、LIME送ったし、返事が来ればわかると思う」


 あかりが笑って返せば、稜子は「そう」とひと言返して、朝食の準備を整えながら理久を呼ぶ。


「理久、ご飯よー」

「はーい」


 テレビをつけっぱなしで理久がテーブルにやってくる。その後、3人は、朝食をとりながら、何気ない時間を過ごした。


 だが、それから暫くして朝食を終えた頃、母のスマホに着信が入った。


「もしもし、あなた?」


 電話の相手は、父の"倉色 宏貴ひろき"だった。


 何か忘れ物でもしたのだろうか?そんなことを考えながら、あかりは母達の会話に耳を傾ける。


 すると……


「え? 彩音ちゃんが?」


 話の内容は、なぜか"あや姉"のことで、あかりは、首を傾げた。


 どうやら、彩音は仕事を無断欠勤しているらしい。しかも、職場から何度電話をかけても出ないようで、念の為、父に電話がかかってきたらしい。


 無理もない。だって、彩音は、無断欠勤するような人ではなかったから。


(……あや姉?)


 漠然とした不安がよぎって、あかりは再びスマホを見つめた。LIMEを開いて、既読マークがついたかをチェックする。


 だが、そのメッセージは、まだ既読されていなかった。つまり、スマホを見ていないということ。


「あかり。彩音ちゃんからのLIME、いつ届いたの?」


 父との会話を終え、母が彩音に電話をかけながら、あかりに問いかければ


「えっと、2時半くらい」


「そう……夜更かしして、まだ寝てるのかしら?」


 コール音が鳴り止まず、稜子が心配そうに眉を下げる。


 きっと職場からも、父からもかかってきたことだろう。それなのに、何度かけても電話にでないなんて。


……のかな?」


 すると、あかりが耳のことを思い出し、そういえば、稜子は、ふむと考え込んだ。


 彩音も、あかりと同じく一側性難聴者だ。


 左耳が聞こえない彩音は、聞こえる右耳の方を下にして寝ていると、着信には気づけないことがあった。


 あかりだって、時折アラームに気づかず、母に起こされるくらいだ。まぁ、騒音を気にすることなく安眠できるのは、片耳難聴の利点でもあるが……


「そうかもね。とりあえず、今から様子を見に行ってくるから、あかりは、理久のことお願いね」


「え、私も行く!」


「行くって……雪も降っているのに」


「でも、あや姉のこと心配だもの……!」


 あかりが、必死に頼み込めば、稜子は、その後小さく息をついたあと


「わかったわ。じゃぁ、すぐに支度して。理久ー、食べ終わった?」


「うん。あやねぇ、ねぼうしたの?」


「そうかも。早く、起こしに行ってあげなきゃね!」


 母が柔らかく笑って、理久の口元を拭えば、その後、あかりたちは、すぐに出かける準備をして、家を出た。


 親子三人コートを着て、彩音の自宅まで歩く。チラチラ降る雪を傘で防ぎながら、出来るだけ早く。


 その後、古びた家の前までくると、稜子はインターフォンを鳴らした。


 ピンポーン──と、数回。


 だが、中から彩音が出てくる様子はなく、あかりは、再びLIMEの既読のサインを確認する。


(まだ、見てない……)


 今の時刻は、8時をすぎていた。


 流石に、ここまで気づかないのはおかしいと、稜子が鞄から鍵を取りだした。


 彩音の家は、元は、父の実家でもある。


 それに、彩音は一人暮らしなので、何かあった時のために、合鍵を倉色家に預けていた。


 ──ガララッ


 その後、鍵を開け玄関の引き戸をあけると、三人は中に入った。


「彩音ちゃーん!」


 稜子が大声で呼ぶ。だが、返事はなく、しかも、部屋の中は酷く冷えこんでいた。


 雪の降る寒い日だというのに、暖房がついている形跡すらない。


「風邪でも引いて、寝込んでるのかしら? あかり、私、二階の彩音ちゃんの部屋を見てくるから、理久お願いね」


「うん、わかった」


 幼い理久の手を握りしめると、あかりは、二階に向かう母を見送り、大人しく待つことにした。


 具合が悪いなら、理久を部屋に連れていくのは迷惑になるだろう。そう思うと、あかりは、理久の手を引きながら、部屋の奥へと進んだ。


 馴染みのある家の間取りは、完璧に熟知している。幼い頃から、この家には、よく出入りしていたから。


(寒いなぁ、暖房つけとこうかな?)


「お姉ちゃん!」


 すると、あかりが居間に入る直前、理久が服を引っ張った。何事かと、理久を見れやれば


「あや姉、あっちにいるよー」


「え?」


「お風呂、入ってる!」


 そう言って、理久が廊下の先、浴室の方を指した。


(こんな時間に、お風呂?)


 目が覚めて、スマホも確認せず、お風呂にはいったのだろうか?あかりは、不思議に思うが、どうやら理久には、シャワーの音が聞こえるらしい。


 だが『起きているなら安心だ』と、あかりは、ほっと息をつき、理久と手を繋いで浴室に向かった。


 ギシッと、古びた音が板の間に響く。


 そして、暫くすると、あかりの耳にもシャワーの音が聞こえてきた。


 昨日は、話したいことがあると言っていたから、あや姉のことが少し心配だった。


 だから、早く元気なあや姉を確認したい。


「あや姉、みんな心配して──」


 雪の降る朝。冷え込む室内。そして、雨のように鳴り止まないシャワーの音を聴きながら、あかりは、開きっぱなしになっていた脱衣場を覗きこんだ。







*あとがき*

https://kakuyomu.jp/works/16816927861981951061/episodes/16816927862766853680

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る