第323話 お酒とシャワー

 ──バシャ!


 隆臣が、飛鳥の肩を掴んだ瞬間、飛鳥が手にしていたグラスが、するりと滑り落ちた。


 そして、それは、飛鳥の服を、びしょびしょに濡らしてしまい。


「「…………」」


 二人、しばらく沈黙する。


 濡れた自分の服を見つめる飛鳥と、思わぬアクシデントに顔を青くする隆臣。


 すると、その瞬間、大河が口を挟む。


「か、神木くん、大丈夫ですか!?」

「んー……」


 普段なら、毒の一つでも吐きそうなものだが、どこか他人事のような返事をする飛鳥は、そのまま自分の服に手をかけ


「気持ち……悪い……っ」


 と言って、シャツのボタンをはずし始めた。


 どうやら濡れたせいで、服が肌にはり付き不快らしい。だが、いきなり脱ぎ出した飛鳥をみて、隆臣はあわてふためく。


「ちょ、なにやってんだ、飛鳥!?」


「え? 何って、着替え……」


「ここで脱ぐな! 風呂場にいけ!」


 今の飛鳥は、まさに水も滴るなんとやら!


 濡れているせいか、美人すぎるせいか、いや、どっちもかもしれないが、男だとわかった上でも目のやり場に困った。


 それに、こんな飛鳥の姿を目の当たりにしたら、耐性のない大河は、確実に、その色香にあてられてしまう!


 修学旅行では、ごくごく一般的な男子高校生を、危ない道に誘おうとした飛鳥。(無自覚)


 そんな飛鳥が、これ以上あられもない姿をさらしたりしたら……だが、そんな隆臣の心情とは裏腹に、飛鳥は


「んー……でも、お風呂場……寒いし」


 風呂場にいけ──といった隆臣に、まるで捨てられた子犬のような視線を飛鳥が向けた。


 そして、それを見て、大河が頬をあからめる。


「か……神木くん、可愛い」

(あ、これはまずい)


 もう既に、惑わされそうな大河。


 隆臣は蒼白し「いっそのこと大河を追い出すか?」とも考えたが、さすがに家主を追い出すのは気が引けた。


 だが、真冬の風呂場は確かに寒い。


 この部屋は暖房が効いていて暖かいが、部屋から一歩でれば、別次元の寒さだ。


 しかし、この状況で、なによりも優先すべきなのは、やはり飛鳥の貞操だと思う。


 万が一なにかあれば、神木家に合わせる顔がない。すると隆臣は、飛鳥の肩を掴み


「飛鳥、ガキじゃねーんだから、ワガママ言うな」


 ──マジで、言うこと聞けよ。


 思わず、心の声が荒くなる。この美人すぎる友人は、酔うとかなり色っぽくなる。


 しかも、そんな飛鳥の姿を、大河は初めて目にするわけだ。


 このままでは、女装飛鳥に一目惚れした大河が、男の飛鳥に落ちる未来が見える!!


「ほら、着替えはあるだろ。風呂場で着替えてこい」


 元々泊まるつもりだったため、幸い変えの衣類あった。隆臣は、飛鳥にバッグを手渡すと、着替えてくるよう促す。


「うー……わかった」


 すると、しぶしぶだが、比較的素直な返事をした飛鳥は、その後フラフラと立ち上がり


「だ、大丈夫か? 倒れるなよ?」


「ん……大丈夫」


「あ、神木くん! シャワー浴びたかったら、浴びていいですよ! お酒、ベタベタするだろうし」


「うん、ありがとう……じゃぁ、シャワーかりるね」


 すると、ふらつきながらも、ヒラヒラと手を振った飛鳥は、リビングから出ていったのだが…


(シャワーまで、浴びるのか?)


 うん、確かに、ベタベタして気持ち悪いし、浴びたいよな?


 だけど、あの酔った状態でシャワーなんて浴びて、大丈夫だろうか?


 中で倒れたりとか? 気を失ったりとか?


 あー、なんか、めちゃくちゃ心配だ!!


(いやいや、いくら酔ってても、飛鳥なら、そんなヘマしないだろ)


 そうそう、あの飛鳥だ。

 大丈夫、大丈夫。


 と、多少不安ながらも、隆臣は何度とそう言い聞かせたのだが……



 ◇◇◇


 その後、40分たっても、飛鳥は戻ってこず


「神木くん、遅いねー?」

「……」


 大河の言葉に、隆臣は眉をひそめる。


 ざっとシャワー浴びて、着替えてくるだけのはずが、なぜか、もう40分!!


「俺、見てこようかな?」

「いや、大河はまってろ。俺が行ってくる」


 中で倒れていたらマズいと、隆臣は大河を静止し、自ら風呂場に向かった。


 廊下にでると、そこはヒヤリと冷たい空気が立ちこめ、更に薄暗い。そして、その先には、脱衣所の明かりだけが微かに廊下を照らしていた。


 隆臣は、そそくさと風呂場に向かうと


「飛鳥?」


 と、脱衣所の中を覗き込んだ。


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