第324話 着替えと誘惑

「飛鳥?」


 隆臣が、脱衣所を覗き込むと、そこには飛鳥がいた。


 力なく座り込み、洗濯機に寄りかかるようにして、眠っている飛鳥。だが、その姿を見た瞬間、隆臣は、慌てて飛鳥の傍に駆け寄った。


「飛鳥! 大丈夫か!?」


 軽く肩をゆすり起こそうとするが、ピクリともしない。


 しかも、この寒いなか、濡れた服のまま眠っていたからか、体は酷く冷えていた。


(あの後、すぐ寝たのか?)


 でていってから、40分。

 しまった。もっと早く見に来ればよかった。


「おい、飛鳥! 起きろ!」

「ん……っ」


 冷たくなった頬を軽めに叩きながら、呼びかける。だが、それでも飛鳥が、起きる気配がなかった。


(まずいな。このままじゃ、風邪をひく)


 できるなら、お風呂に入れて体を温めた方がいい。だが、泥酔して眠った男を風呂に入れるなんて、もはや至難の業!


 と、なれば──


 ──バタン!!


「大河! ちょっと、部屋から出てろ!」

「!?」


 その後、リビングに戻ってきた隆臣は、すぐさま大河を追い出しにかかった。


 有無を言わさぬ、その言動に、大河が驚きつつ隆臣を見れば、その腕の中には飛鳥がいた。


 抱き抱えられ眠るその姿は、まるでお姫様。


 だが、なにやら緊急事態っぽい雰囲気に、さすがの大河も空気を読む。


「神木くん、どうしたの!?」


「脱衣所で、寝落ちてた」


「えぇ!?」


 温かい部屋の中に入り、飛鳥をベットに寄りかからせると、その後、隆臣は、深くため息をついた。


 眠る飛鳥は、かなり目に毒だった。


 だが、今やるべきことは、一刻も早く、この濡れた服を着替えさせて、身体を温めてやること。


「神木くん、大丈夫!? 熱とか出てない!?」


「あぁ、熱はない。だけど、身体が冷えまくってて……とりあえず、今から着替えさせるから、お前は外にでてろ」


「え!?」


 だが、なおも出て行けと言う隆臣に、大河は目を丸くする。


「なんで? 別に、でなくても……」


「悪いが、お前に飛鳥の"裸"をみせるのは、色んな意味で怖い」


「なんか俺、信用されてない!?」


 隆臣の発言に、大河は驚く。


 無理もない。女の子の着替えならともかく、男の着替えで、追い出されるのだから!


 だが、この先大河が、普通に女の子を好きになって、女の子と結婚したいのなら、酔って色気が増し増しになった飛鳥の着替えシーンなんて、絶対に見るべきではない。


 そう、これは、大河のため!!


「大河、お前を信用してないわけじゃないが、飛鳥は、"普通の男"じゃない。いいか、こいつは修学旅行で、男子から『一緒に風呂に入りたくない』と苦情がきたほどのやつなんだ。悪いことは言わない。この先、飛鳥としたいなら、今すぐ出ていけ。な?」


「う……わかった」


 どうやら、鬼気迫るものを感じ取ったのか、大河はこくりと頷くと、その後、部屋から出ていった。


「……」


 そして、二人だけになった部屋の中。隆臣は、再度飛鳥をみつめ、小さく息をついた。


 お酒でベタベタだろうし、温かいタオルを用意した方がいいかもしれない。


 そんなことを思いつつ、キッチンで温めたタオルを用意すると、隆臣は、改めて飛鳥の前に立つ。


「おーい、飛鳥! 聞こえるか?」


 再度呼びかけて、起きてもらうよう試みる。

 だが、どうやら、まだ夢の中らしい。


 出来れば自分で着替えてほしかったが、こうなったら仕方ない。


 隆臣は、眠る飛鳥の前に膝をつくと、そっと飛鳥の服に手をかけた。


 シンプルだが、どこかクラシカルな雰囲気のチェック柄のシャツ。そのシャツのボタンを、一つ一つはずしていくと、中に着ていた黒のインナーがあらわになった。


 どうやら、中まで濡れてしまっているらしい。


 しっとり張り付いたそれを見て、早く着替えさせなくてはと、手際よくシャツを脱がした隆臣は、その後インナーのタンクトップに手をかけた。


 だが、その時──


「ゃ……あ、ッ」

「!?」


 飛鳥が、突然声をあげた。


 脱がすために捲りあげ、インナーの中に手を忍ばせる形になったからか、直接肌に手が触れて、くすぐったかったのだろう。


 妙に艶のある声をだした飛鳥に、隆臣は思わず手を止めた。


(なんて声だすんだ、こいつは……)


 見た目が綺麗で、更に女っぽいせいか、なんだか、すごく悪いことをしている気分になってくる。


 だが、これを脱がさないことには、身体だって拭けないわけで……


 ていうか、まだ体、拭かなきゃいけないのか?


 脱がすだけでもこうなのに、身体なんて拭いたら、今以上に変な声が出てきそう!?


(……参ったな)


 困った。

 かなり、困った。


 飛鳥とは、長い付き合いだし、今更惑わされることはないと思うが、こんなに色っぽい声を出すのは、さすがに想定外だ。


 だが、これを見ると、やはり大河を追い出したのは正解だ。


(とっとと、終わらせよう)


 多少、躊躇しつつも、このままモタモタしていたら、せっかく温めたタオルも冷えてしまう。


 そう思った隆臣は、一気にぬがしてしまおうと、再度、飛鳥の肌に触れる。


 だが、その時──


「ん……隆……ちゃん? なに……してるの?」

「……!」


 突然、飛鳥が目を覚ました。

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