第325話 色気と理性


「ん……隆ちゃん? なにしてるの?」


 瞬間、飛鳥が目を覚ました。


 顔を上げれば、いつのも綺麗な青い瞳が、呆然と見つめてくる。


 だが、よりにもよって、服の中に手を突っ込んでるこのタイミングで、目を覚ますとは!?


(あ、マズイ……)


 軽く冷や汗が流れた。罵倒されるのか、はたまた、殴られるのか?


 だが、そう思った時──


「あ、着替えさせてくれてるんだ……ありがとう」


「……」


 自分の状況を確認して、飛鳥が気だるげに、そういった。


 全く疑うことなく、受け入れている飛鳥。


 だが、そのいつもと違う反応に、隆臣は軽く焦りを覚えた。


 そう、なら、ここは確実にだ!


 殴るまではいかなくても


『は? お前何やってんの?』


 とか言いながら、絶対零度の笑みと共に、胸倉ぐらいは掴まれるやつだ!


 それが……


「飛鳥! お前、本当に大丈夫か!? 今の状況わかってんのか!? 服、脱がされそうになってんだぞ、男に!!」


「うん…分かってるよ」


「だったら、もうっとこう、焦るとか、ビビるとか、怒るとかしろよ!! なに受け入れてんだ!?」


「あはは」


「あはは、じゃねーよ!?」


 あぁ、ダメだ! 酒をませたら、いつもの毒気が一切なくなる!


 警戒心が、まるでないうえに、可愛らしさが全開になる!!


「隆…ちゃん? 何…怒ってんの?」


「怒りたくもなるわ! お前、本当にいいのか、このまま脱がされて!?」


「うん、いいよー……だって、隆ちゃんだし」


「……は?」


「隆ちゃんだから、大丈夫……俺の親友が、俺に変なことするはず…ないもん…」


「…………」


 ふにゃりと可愛らしい笑顔で、そう言われ、隆臣は絶句する。


 つまりこれは、いいと、受け入れているわけなのだが……


(……うわ。もう、このまま殴って、気絶させたい)


 だが、聞いている隆臣からしたら、とんでもなかった。


『隆ちゃんだから』とか『親友が』とか、もうデレしかなくなった飛鳥の破壊力はすさまじかった。ハッキリ言って、耳から入ってるく言葉の全てが、甘い暴力だ。


 だが、これ以上聞きたくない隆臣にむかって、飛鳥は容赦なく語りかけてくる。


「隆ちゃん…コレ…はやく…脱がして…っ」


「……っ」


 気持ち悪いのか、そう言って、急かす飛鳥と目が合って、隆臣は、思わず動きをとめた。


 まるで、誘っているかのような悩まし気な瞳と、上気した頬。


 その姿は、もはや男だと分かって上でも、惑わされてしまうほどだった。


(……これ、マジで、シャレにならねーな)


 この酒癖の悪さは、真面目になんとかしないと、取り返しのつかないことになる。


 近しい人間(隆臣、双子、侑斗)は、飛鳥の本性を知っているから、大丈夫だが、そうでない人間は、確実に誘われていると思うだろうし


 なにより、こんな綺麗な飛鳥に誘われて(本人は誘ってない)理性が持つかどうか……


「……どうし…たの?」


「どうしたのじゃねーよ。お前、これマジでヤバいぞ。しっかりしろ。まず、目覚めたんなら、自分で着替えろ」


「えー…それは…キツイ…っ」


「キツイじゃなくて、やれ。俺だって、男の服を脱がす趣味はねーんだよ」


 多少、辛辣なことを言いつつも、これも飛鳥のためと割り切る。


 なにより、着替えさせる最中に、あんな変な声まで出すのだ。ハッキリ言って心臓に悪いし、目が覚めたのなら、自分でやってほしい。


 だが、その次の瞬間、なぜか飛鳥は、自分の髪を束ねていたリボンを、するりとほどいた。


「?」


 ほどけた髪が飛鳥の肩をさらりと流れた瞬間、その予想外の行動に、隆臣は首を傾げる。


「飛鳥? 何して……」


「……これなら…いいよね?」


「え?」


「……だから、男の服脱がすのが嫌なら…女の子だと…思い込んでもらえば…」


「……」


 あぁ、つまり、髪をほどいた自分を、と思い込んで脱がせと?


「バカか! お前、どんだけ、自分で着替えたくないんだよ!? 髪下ろしても、俺にとっては、ただの男だ!」


「えー…そうだけど……でも、俺、そこら辺の女子より可愛いし…その気になれば…」


「ならねーよ!! お前、本当に大丈夫か!?」


 なんだか、状況が更に悪化してきた。髪を下ろして、いっそう女っぽく色っぽくなった飛鳥は、かなり目のやり場に困る。


 だが、飛鳥は、テコでも自分で着替えたくないようで


(ホント、酔うとたちわりーな……っ)


 10年一緒にいて、飛鳥に対して、こんなにもめんどくさいと思ったことはなかった。


 いつもなら、なんでもテキパキとこなして、他人に手間をかけさせることがない飛鳥。


 それが、酔うと途端に頼りなく、そして、わがままになってしまう。


 だが、これも、普段しっかりしている反動なのかと思うと、何とも言えない気持ちになってきた。


 初めは、強い奴だと思っていた。


 だけど、本当の飛鳥は、その強さの裏に、弱さを隠してた。


 本当は、誰よりも、傷つきやすくて、誰よりも、一人を怖がっていて


 だけど、頼りたくても、素直に頼れなくて──…



「くしゅ…っ」

「!」


 瞬間、飛鳥がくしゃみをした。


 寒かったのだろうか?


 だが、考えても見れば、脱衣所で40分眠りこけていて、身体はすっかり冷えていた。そのうえ、先ほどシャツを脱がしたから、飛鳥の上半身は今、タンクトップ一枚。


 いくら暖房のきいた部屋の中にいるとはいえ、このままでは確実に──風邪をひく。


「あー、もう!」

「わッ!?」


 軽く声をあらげると、隆臣は再び、飛鳥の前に乗り出した。


 距離が近づき、ちょっとだけ驚いた顔をする飛鳥の服を掴むと、隆臣は改めて忠告する。


「お前が脱がせって言ったんだからな。あとで、後悔するなよ!」


「へ?」


 だが、そう言ったが最後、隆臣は、飛鳥の服を捲り上げると、先ほどの躊躇いが嘘のように、あっさり脱がし始めた。

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