第326話 ふて寝とお願い
「神木くん、大丈夫ですか!?」
それから暫くして、飛鳥の着替えを終えた隆臣が、大河を部屋の中に呼び返した。
だが、大河が部屋に入り、一番に飛び込んできたのは、なにやら疲れた顔をして、コタツに突っ伏している飛鳥の姿。
「どうしたんですか、神木くん! 顔色悪いというか、大丈夫ですか!?」
「大丈夫じゃないよ。隆ちゃん、乱暴すぎるんだもん。もっと優しくしてくれたらよかったのに……っ」
「え? 乱暴? 優しくって……橘これ、なんの話?」
「着替えの話だ! 着替えの!!」
飛鳥が軽く涙目になっているせいか、何の想像したのか顔を赤くした大河に、隆臣がピシャリと言い放つ。
あの後、飛鳥の服を脱がしたはいいが、思った以上に擽ったがりだったのか、肌に触れる度に変な声をだして嫌がるものだから、思いのほか手荒くなってしまった。
だが、何が悲しくて、男を襲って感覚に陥りながら、酔っぱらいの介抱をしなくてはならないのか。
はっきりいって、泣きたいのはこちらの方だ。
「はぁ……俺、疲れたから、ちょっと横になるわ」
「えー、橘、寝ちゃうの!」
すると、カーペットの上にふて寝し始めた隆臣をみて、大河が残念そうな声を上げる。
「夜は、まだまだこれからなのにー。あ、神木くんは、どうしますか?眠いなら、寝ても」
「大丈夫だよー、まだ付き合えるよー」
(何が「付き合えるよー」だ。さっきまで、寝てたヤツが……)
隆臣は、軽く苛立つ。
着替えの際に、ある程度目が覚めたようだが、どうやら、まだ思考は、酔っぱらいのままらしい。
だが、もうどうにでもなれ──と、隆臣は知らぬ存ぜぬを決め込むと、そんな隆臣の傍らで、飛鳥と大河が、二人だけで話を始めた。
「神木くんて、酔うと、こんなに可愛くなるんですね~」
「うーん、そうかなー」
「そうですよ! いつものキリリとした感じが、ふわふわの綿菓子みたいになっちゃうというか! 俺、神木くんと飲めて幸せです!」
「あはは、武市くんて、やっぱり面白いね~」
「…………」
本音、なんだろうか?
隆臣は、ふと考える。
だが、酔って発した言葉は、かなりの確率で、本音だった。つまり、日頃あんなにも辛辣なことばかり言いつつも、本心では、そこまで大河のことを嫌ってはいないのだろう。
(まぁ、嫌いな奴なら、一緒につるんでないか)
寝たフリを続けながら、隆臣は、二人の会話に耳をすませる。だが、それからしばらくして話は思いもよらぬ方向に向かい始めた。
「そうだ、神木くん! さっきの話覚えてますか!?」
「さっきの……?」
「何でも、言うこと聞いてくれるってやつですよ!」
「…………」
おっと、まだあの話し覚えてたのか?
ちょっと、雲行きが怪しくなってきた会話に、隆臣はじっと聞き耳を立てる。
まさか、飛鳥のやつ、OKするんじゃないだろうな?
「うん。いいよー。なにすればいいの?」
たが、隆臣の予想どおり、またもや飛鳥は承諾した。ニコニコ笑って、危機感など一切抱いていない飛鳥。
どうしよう。
眠りたいのに、心配で眠れない!!
「じゃぁ、神木くん! 俺の質問に、全部答えてもらってもいいですか!」
「ん、いいよ」
「じゃぁ、まず、好きな食べ物は!」
「いちご」
「じゃぁ、嫌いな食べ物」
「納豆」
「好きな動物は?」
「ハムスター」
「行ってみたい国は!」
「うーん、フランスかなー」
「おー、フランス! じゃぁ、得意料理は?」
「んーと……なんだろー、オムライス?」
「あー、神木くんのオムライス食べたい! ケチャップで文字とか書いて欲しい~」
「たまに、書いてるよー。妹弟のやつに」
「マジですか!? なんて書くんですか!?」
小学生か!!?
寝たフリを続けながらも、隆臣が思わずつっこむ。
心配して損した。どんな無理難題が飛び出すかと思いきや、ただの一問一答が始まっただけだった。
しかも、内容が、かなり子供!!
(これなら、大丈夫そうだな)
背後では、未だに飛鳥への質問が続いていた。
ほのぼのとした内容に安心してか、ちょっとだけ睡魔が襲ってきて、隆臣は静かに目を閉じる。
だが──
「では、ズバリ! あかりさんの、どこを好きになったんですか!?」
「!!?」
いきなりぶっ込んできた赤裸々な話題に、隆臣の眠気はあさってにぶっ飛ばされた。
だが、これは、ちょっと気になる。
あの飛鳥が、これまで家族優先で元カノ達とも、あっさりサヨナラしてきた恋愛面では超が付くほどダメダメだった、あの飛鳥が、ついに女の子に、本気になったのだ!
これは、さすがの隆臣とて、気になっていた。
飛鳥が、あかりさんを好きになった理由は、一体……まぁ、これで『ゆりさんに似てるから』とか言い出したら、確実にマザコン決定だが。
「え? あかりの……?」
「はい、どこに惹かれたのかなーと? 見た目ですか? それとも性格?」
「…………」
あかりのことでも思いだしているのか、ボーッとする飛鳥は、それから暫く沈黙すると
「……空気」
「え?」
「俺は……あかりの……空気が好き」
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