第327話 空気と本気
「俺は……あかりの……空気が好き」
ボソリと呟いた飛鳥に、大河は少しだけ頬を染めた。その瞳を見れば、本当に恋をしているのだと、見ただけで伝わってきたから。
「く……空気ですか?」
「うん……あかりの隣にいると、すごくほっとする……雰囲気とか、仕草とか……声とか、話し方とか……全部、居心地がよくて……まるで、ぬるま湯につかってるみたいな……そんな、あったかい空気が……好き」
うつらうつら話す、その言葉に、見た目とか性格とか、そんな"わかりやすい記号"ではなく、あかりの"存在"そのものに、惚れているのだと分かって、大河と隆臣は、少しだけ気恥ずかしくなった。
今まで、散々モテてきた飛鳥が、恋をした相手。
それは、きっと、どこにでもいそうで、どこにもいなかった子なのだろう。
その返答は、いうなれば
『心』が求めているとでもいうような
そんな、曖昧で
甘ったるい返答だったから……
「おおおぉ! なるほどぉぉ! 確かに、あかりさんは癒し系って感じですよね! それで、いつから好きなんですか!?」
「え?……と、それは……クリスマス、ごろ……」
「クリスマス! そうなんですね!? きっかけは!?」
「きっかけ?……えっと、病院で……久しぶりに会って……一緒に、ココア飲んで」
「はいはい、それで?」
「……それで……ずっと、俺の隣にいて欲しいって……思って」
「ああああああああぁぁぁ、マジすか神木くん! いいっすね! いいっすね! 俺なんかドキドキしてきました!!」
「…………」
だが、その後も、根掘り葉掘り飛鳥からセキララな話を聞き出そうとする大河に、隆臣は寝たフリを続けながら、なんとも言えない気持ちになった。
大河の気持ちは分かる。
自分だって、ちょっとは気になっていたから。
だが、さすがに、もう、やめてやれ!
こんな恥ずかしい話を、酔った勢いでしていたなんて知ったら、飛鳥は、どんな反応をするだろうか!
あわよくば、明日、飛鳥が目覚めた時、全部わすれていますよーに!!
「そうだ、神木くん! なんでしたら、俺また遊園地のチケット用意しましょうか!」
すると、また大河が飛鳥に語りかけた。
意気揚々と、まるで名案でも思いついたかのように
「あかりさんを誘って、遊園地デートとか!」
「あはは。ムリムリ……あかり、俺と二人で出かける気……一切ないと思う」
「え? そうなんですか」
「うん……だって、あかり……俺のこと、友達としか……思ってないし」
青い瞳が、少しだけ悲しい色を宿した。
寂しそうに、だけど、どこか納得しているとでもいうように
「華にも、絶対好きにならないって……言ったみたいだし、1ミリも俺に恋愛感情ないんじゃないかな……しかも、この前言われたんだよね。『大学では絶対話しかけるな』って……オマケに『自分がモテるって自覚しろ』とか『優しくしないでください』とか……なにあれ。女の子って……優しくして欲しいんじゃないの? 俺、優しさ拒絶されたの初めてなんだけど……あかりにとって、俺ってなんなの?……本当……女の子って、意味わかんない……」
一瞬にシュンとしたかと思えば、その後、あかりへの愚痴が、わんさかでてきた!
どうやら、そうとう凹んでいるらしい。
というか、歩いてるだけで秒で落とせる、この絶世の美男子が、女の子の扱いに困ってる!?
「そんな、神木くん! 弱気になっては、ダメですよ! あきらめたら、そこで試合終了だって安西先生も言ってたじゃないですか! 神木くんなら、大丈夫です! きっとあかりさんを振り向かせられます!」
「あはは……ありがとう」
「あ、そうだ! 吊り橋渡りにきましょう! 世の中には、吊り橋効果という恋のスペシャルチャンスがあるんですよ!」
「へー、そうなんだー……あかり、高いところ平気なのかな~……?」
(いや、ただ吊り橋ただ渡るだけじゃ、何も起きねーよ)
ちょっと、抜けた提案をする大河と、よく分からず返答をする飛鳥に、隆臣がツッコむ。
というか、先日、ミサさんに怪我を負わされそうになった時点で、二人の間には、それなりの吊り橋効果が発揮されているはず。
だが、それでも、あかりさんは、飛鳥に惚れてない。
もうこれは、吊り橋を渡るだけじゃなく、橋が落ちて流されて、二人きりで無人島を漂流するくらいでないと、あかりさんは振り向かない気がする。
(案外、難儀な恋してるんだな)
自分に一切、恋愛感情がない相手。
でも、飛鳥には、もう、あかりさんしかいないのかもしれない。
ならば、やっぱり
親友としては、応援してやりたい。
「神木くん、俺、応援しますから! 何か手伝えることがあれば言ってください!」
すると、大河も同じことを考えていたのか、隆臣と同調するようにそういった。
だが、飛鳥は……
「……うーん……いいよ、しなくて」
「え?」
「なんていうか……少し……怖い」
視線を落とすと、その後飛鳥は、うわ言のように、ぽつりぽつりと話し始めた。
「分かってた……はずなんだ……お互いに恋愛感情がないから楽だったんだって……それなのに…好きになって……今の友達としての関係……壊そうとしてて……気づかなければ、幸せだったかもしれないのに……気づいてからは、もう、どうにも……できなくなってて……応援なんてされたら………抑えられなくなりそうで、怖い……あかりの気持ち、無視してでも……手に入れたく……なりそうで……っ」
うつらうつら船を漕ぎながら、そう言った飛鳥は、その後、限界が来たらしい。
横にいた大河に寄りかかると、またスーッと眠りについた。
夢の中に落ちるように、すやすやと寝息を立て始めた飛鳥を見て、入れ替わるように隆臣がおきあがる。
「寝たのか?」
「あ、橘、やっぱ起きてたんだ」
「寝れるわけねーだろ。あんな話はじめて」
「だよね~」
二人して、飛鳥に視線を向ければ、その後、隆臣と大河は、安心したように話し始めた。
「神木くん、本気で、あかりさんのこと好きなんだね」
「そうみたいだな」
どこか、安心して
どこか、嬉しくて
だけど、少しだけ寂しい。
そんな、ちょっと複雑な心境。
でも──
「『応援しないで』なんていわれたけど、やっぱり応援したいなー」
「すればいいだろ。あかりさんも誘って、みんなで、でかけるとか」
「あ! いいね、それ~。恋も応援しつつ、思い出作りもできる! でも、なんか親近感わくなー。神木くんほどの美男子でも、恋に悩むんだね」
「他のやつに、いいふらすなよ」
「言わないよ! 俺、空気は読めないけど、口は固いし!」
ワイワイと飛鳥の今後について、語り合う。
いつか、この恋が、叶えばいいと思う。
初めて本気になった、その恋が
いつか実って
飛鳥が、幸せな未来を歩めるように──
◇
◇
◇
──そして、それから数時間がたち、次の日の朝。飛鳥は朝日とともに目を覚ました。
「んー……っ」
軽く身じろぎ、体をよじる。だが、上手く身動きが取れず、飛鳥は、何事かと目を開けた。
(……あれ、隆ちゃん?)
すると、目の前には、隆臣の顔があった。
近い距離で、寝息をたてる隆臣の顔を見て、飛鳥は呆然と、今の状況を確認する。
ここが、ベッドの中なのは分かった。
多分、ダブルサイズくらいの広めのベッド。
で、そのベッドの上で、なぜか隆臣と寄り添うようにして眠ってる。
そう、まるで
一夜を共にした恋人同士みたいに──
「ッ!?」
瞬間、声にもならない声をだすと、飛鳥は隆臣をベッドの下に突き落とした。
朝から、最悪なものを見てしまった!
なにがどうなって、こうなっているのかは、分からないが、とてつもなく最悪な目覚めなのは確かだ!!
「痛った!? なにすんだ、飛鳥!!」
すると、いきなりベッドから落とされ、隆臣が声を荒らげた。
だが、飛鳥とて、黙ってはいられない!
「なにするんだじゃないだろ! なんで、俺の隣にお前が寝てるんだよ! うわ、最悪!」
「最悪なのは、俺の方だ! お前のせいで、ほとんど寝てねーだぞ、俺は!」
「なになに、二人ともどーしたの?」
すると、カーペットの上で布団を敷いて寝ていたの大河が起きて、飛鳥は、改めて大河にといかける。
「どーしたのじゃないよ! なにこれ、どう言う状況!?」
「あ、実はお客さん用の布団がひとつしかなくて、オレのベッド広いから、ベッドに二人寝て、布団で一人で寝ようってことになったんですけど」
「…………」
その返答に、状況をある程度察した飛鳥。だが、それでも、まだ腑に落ちない。
「だ、だからって、なんでこの組み合わせ? 武市くんがベッド使って、俺を床に寝せれば」
「何言ってるんですか!? 神木くんを、床に寝せるなんて、そんなこと、できるわけないじゃないですか!! でも、だからといって、俺が神木くんと寝たら、絶対変なところ触って警察沙汰になると思ったので、この組み合わせしました!」
「うわ……もう、気持ち悪い」
「気持ち悪い!? もしかして、お酒のせいですか!?」
「お前の言動のせいだよ!!」
寝起きにプラスして、二日酔いのダブルパンチを食らっているからか、すこぶる機嫌が悪い飛鳥は、いつも以上に
だが、そんな、いつも通りの飛鳥をみて、隆臣はどこかホッとした表情をうかべた。
「あー、いつもの飛鳥だな」
「は? なにが? こんな最悪の目覚めで、いつも通りなわけないだろ?」
飛鳥が、黒い笑顔でつっこむ。だが、隆臣は、その後、真面目な顔をすると
「飛鳥、お前昨日のこと、どこまでおぼえてる?」
「え?」
昨夜は、まぁ、いろいろあった。
色々あったからこそ、どこまで覚えていて、どこから記憶がないのかは、はっきりさせておきたいと思った。
「昨日は……」
すると、飛鳥は、ゆっくりと昨夜のことを思いだす。
「あ、確か『今年は、車の免許を取りにいかないとね』っていってたあたり!」
(……かなり序盤じゃねーか)
もう、前半の記憶から、ほぼ失われている飛鳥に、隆臣は安堵と不安を同時に抱いたのだった。
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