★ 眠れる森の飛鳥ちゃん ② (2021.8.5追加)


「ねぇ、お母さん、このくらい?」

「うん、いい感じ!」


 その頃、城の厨房では、華がゆりと一緒にケーキを作っていました。


 メレンゲを作り、それを巨大な型に流し込めば、スポンジケーキをつくるためかまどに火をつけます。


「ありがとう、華。おかげで美味しいケーキが出来そう」


「えへへ、お姉ちゃん喜ぶといいなー」


「きっと喜ぶよ、飛鳥だもの。でも、残念だったなぁ。できれば飛鳥が好きなイチゴのケーキを作ってあげたかったのに」


「え?」


 ゆりがガッカリしたように視線を落とすと、華は首を傾げました。


「イチゴのケーキ作れないの?」


「今の時期、この国にイチゴは実らないの。東の森に行けばあるかもしれないけど」


「東の森?」


「東の森はね、世界中の植物や果物が一年中、実ってる特別な森なのよ。でも、あの森には心の清い人しか入れなくて…召使いに頼んではみたけど、無理だったみたい」


「そう、なんだ…」


 ゆりの話に、華は竈を見つめがら考え込みます。


(……東の森、かぁ)





 ◇


 ◇


 ◇





「……君、誰?」


 一方、塔の上では、自分と同じ金色の髪をもつ美少女と出くわした飛鳥が、不思議そうに問いました。


 黒いローブを着て、髪をツインテールにしたその女の子は、飛鳥よりもずっと幼く、まだ10歳にもならない少女でした。


「お姉ちゃん、この国のお姫様?」

「うん、そうだけど…」


 少女が口を開くと、飛鳥は少女を見つめ考えます。


(新しい召使い?……にしては、幼いよね)


 こんな小さな子が、城に奉公しにくるとは思えない。ならばこ、の子はこんな塔の上で、一人でなにをしていたのだろうか?


「君、名前は?」


「エレナ」


「こんなところで、何してるの?」


「糸を紡いでるの」


「糸?」


 そう言われ、エレナの更に奥を見れば、そこには大きな糸車がありました。


 この国には、もうない糸車。

 飛鳥にとっては、初めて見る糸車です。


「ねぇ、お姉ちゃん。糸車、使える?」


「え? いや、使えないよ、初めて見るし…」


「そう……」


「ていうか、なんで糸なんて紡いでるの?」


「お母さんに頼まれたの。でも、私まだ小さいから上手く紡げなくて…っ」


 瞬間、エレナは目に涙をうかべました。大きな糸車は、エレナの倍くらいの大きさで、子供が扱うには難しすぎます。


「お母さんに、難しくて出来なかったって、素直に伝えてみれば?」


「ダメ!そんなこと絶対言えない…! ねぇ、お姉ちゃん、私の代わりに紡いでくれない?」


「え?……紡いでって言われても、糸車には

 触るなって言われてて」


「どうしよう……私、このままじゃ、お母さんに殺されちゃう…!」


「待って! なんでそんな命懸けで糸紡いでんの!?」


 その瞬間、恐怖のあまり泣き出したエレナを見て、飛鳥は酷くうろたえます。


「殺されるって、まさか。冗談だよね?」


「冗談じゃないよ。私のお母さん凄く怖くて…怒らせたら、何するかわからないの…っ」


「っ……」


 肩を震わせ泣きだしたエレナに、飛鳥は胸を痛めました。


 糸車には近づくなっていわれています。ですが、さすがは心優しいお姫様。飛鳥は、エレナにそっとハンカチを差し出すと


「わかったから。代わりにやってあげるから、泣かないで」


「ホント?」


「うん。(まぁ、針に触れなきゃ、大丈夫だよね?)」


 エレナがハンカチを受け取ると、明らかなフラグをぶっ立てた飛鳥は、エレナの代わりに糸車の前に座ります。


 エレナから簡単にやり方を聞くと、元々手先の器用な飛鳥は、たんたんと糸をつむぎ、その後瞬く間に細く綺麗な糸の束ができました。


 なんということでしょう!


 飛鳥は、まったく針ににふれることなく糸をつむぎ終えたのです!


「はい。出来たよ」

「…………」


 優しく笑って飛鳥が糸を差し出すと、エレナは少し困った顔をしました。


「ありがとう。お姉ちゃん、すごいね」


「そうかな?」


「うん、普通だったら……」


 エレナは、飛鳥から糸を受け取ろうと、手を差し出します。


「痛──ッ」


 だが、その時です!

 エレナは糸ではなく、そのまま飛鳥の手をとると、その白い手の甲に何かを突き立てました。


「っ……なんで……っ」


 それは、まさしく『針』でした。

 そう、糸車の針です。


 なんとエレナは、13番目の魔女ミサの娘でした。飛鳥が警戒心の強いお姫様だと知っていたエレナは、予め別の糸車の針を用意していたのです。


「お姉ちゃんが悪いんだよ。私のお母さんに、気にいられたりするから」


「……っ」


 瞬間、激しい目眩がすると、飛鳥はそのまま床に倒れ込んでしまいました。


 深い眠り落ちたお姫様。


 そして、その瞬間、城中の……いえ国中の人々が眠りにつき始めました。


 王様に王妃様に召使い。


 それだけでなく、城の外で暮らす人々や、ウサギやリスなどの動物も全て激しい睡魔に襲われました。


 そして、エレナが悲しそうに目を伏せると、どこからか茨が伸びてきました。


 その茨は、塔を飲み込み、城を飲み込み、次第に国中を飲み込みました。


 まるで外界から何者も寄せ付けないようにと、全てを覆い隠した茨は、その後ピタリと止まります。


「ごめんね、お姉ちゃん。でも、こうしないと、私がお母さんに怒られちゃうから」


 エレナが、再び呟きます。

 ですが、その声は誰にも届きません。


 なぜなら、その城は、深く深く茨に囲まれ、全ての人間たちが


 眠りについたあとだったからです。



③に続く



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