第2章 誕生日と男子会

第319話 距離感と誕生日


 新年が明けてから、10日程がたち、冬休みが開けた頃、飛鳥は、隆臣と大河と共に、いつもの喫茶店にいた。


 午前中の講義が終わり、たまたま一緒になった三人は、それぞれ好きなものを頼み、昼食をとっていたのだが……


「俺、今度、倉色さんに、連絡先を聞いてみようと思う!」


「「!?」」


 唐突に放たれた大河の言葉を聞いて、食事をとる飛鳥と隆臣の手元がピタリと止まる。


倉色くらしきさん……?」


「前に神木くんが教えてくれた、の事ですよ! 実は、昨日大学の学食で、たまたま見かけて、思いきって声かけてみたら、すごくにこやかに接してくれて! もしかして、これ脈アリなんじゃないかと思って!」


「「………………」」


 まるで、パッと花が咲いたように、意気揚々と語る大河に、二人は絶句する。


 自分たちが知る限り「倉色 あかり」という名の女の子は一人しかいない。


 だが大河は、あろう事か、そのあかりに対し「脈アリ」だと言い出し、更に連絡先まで聞こうとしていた。


(何だ、この状況……)


 そして、飛鳥のことを知っているからか、それには飛鳥のみならず、隆臣も眉根を寄せた。


「大河、脈アリと決めつけるのは、まだ早いんじゃないか? 多分、、それなりに接してくれただけだと思うぞ?」


「そうかもしれないけど! でも、俺がこのテンションで、いきなり隣に座ると、女の子は大抵嫌がるんだよ! でも、倉色さんは嫌がらなかった! それに、俺の話を真剣に聞いてくれてたし、ちょっと距離も近かったし、なにより、俺の渾身の神木くん語り聞いても、一切引かなかった!!」


「いや、嫌がられるの分かってるなら、いきなり隣に座るなよ! あかりさん、絶対迷惑だったろ!!」


「……てか、"渾身の神木くん語り"ってなに?」


「神木くんが、いかに美人で、素晴らしくて人気者かを、30分ほど力説してきました!」


「…………」


 あかりに、自分の何を、どう語ったのかしらないが、相変わらずな信者ぶりに、飛鳥は苦笑いをうかべた。


 確か、あかりが、大河と会ったのは、たったの一度きり。そんな相手に、いきなり絡まれ、さぞかし困ったことだろう。


 だが、それでも快く話をしてくれたのは、隆臣の言う通り、飛鳥の友人だったからなのかもしれない。


 それに、あかりが大河の話を真剣に聞いていたのも、距離が近かったのも、きっと…


「武市くんさ、その時、あかりのに座らなかった?」


「え? あ、はい………そうです、そう! なんで分かったんですか! 見てたんですか!」


「見てないよ」


 大河の話に、飛鳥はパスタを食べながら納得する。


 あかりが、大河の話を真剣に聞いていたのも、距離が近かったのも…


 きっと、()


(学食って、結構騒がしいしな……)


 いきなり、自分の友人に、聞こえない耳の方から話しかけられて、きっと、聞き逃さないように必死だったのだろう。


 無意識に、距離が近づいてしまうほどに……


(俺と初めて会った時も、そうだったっけ?)


 あかりと初めて会った時、あの時は、自分を女と勘違いしていたのもあるかもしれないが、道案内をする自分と、必要以上に距離が近づいた時があった。


 異性なら勘違いするかもしれない、独特の距離感。そんなあかりに、ちょっと変わった子だなと思ったのは、よく覚えてる。


(てか、アイツだって、気をもたせるようなことしてるじゃん)


 先日『モテる人間だと自覚しろ』などと言ってきたくせに、自分はどうなんだ? と、飛鳥は軽く心が荒んだ。


 なにより自分だけでなく、誰にでもあの距離感なのかと思うと、軽くムシャクシャしてきた。


 でも、あかりは、別に気を持たせるつもりなんて、一切ないのだろう。


 ただ、相手の声を聞き逃さないようにと、必死なだけ。聞こえにくいが故に、あかりはきっと


 普通の人以上に、聞くことに"真剣"になってる。


 そして、その"真剣さ"が、その"距離"に現れただけ──



「やっぱり、いきなり連絡先を聞くのは、嫌われちゃうかな?」


 すると、また大河の声が降ってきて、飛鳥は我に返った。


(あ、そうだ。これ……後々めんどくさくなるやつかも?)


 自分は、今あかりが好きで、更に大河もとなると、ドラマでは定番の複雑な三角関係が出来上がってしまう。


 せっかく仲良くなれたのに、できるなら、そんなギスギスした関係にはなりたくない。


「あのさ、武市くん」


「はい」


「まだ、本気じゃないなら、あかりのことは、諦めてくれない?」


「え? なんでですか?」


「俺が、になっちゃったから」


「ッ!? ゲホッ、ゴホッ!」


 瞬間、ゴホゴホと、隆臣が咳き込み出した。


 どうやら、飛鳥の言葉を聞いて、食べていたパンを喉に詰まらせてしまったらしい。


「隆ちゃん、なにしてんの? 大丈夫?」


「大丈夫じゃねーよ! お前がいきなり、変なこと言うからだろ!?」


 まさか、飛鳥が自覚しているとは知らなかった隆臣。その言葉には、かなりの驚きを見せた。


 まさに、青天の霹靂だ。


「変なことじゃないよ。恋愛沙汰で、今の関係が拗れるのは嫌だし」


「てか、いつの間に自覚したんだ」


「え!? 神木くんって、倉色さんのこと好きなんですか!? でも、前は可愛げのない女だから、やめとけとか言ってた気が!」


「あー、言ってたかも」


 そう言われ、飛鳥は、前にあかりと喧嘩した際に、そんな話をしたのを思いだした。


 まぁ、可愛げがないのは、今も変わらないが……


「ごめん。急にこんな話して、申し訳ないとは思うけど、俺も最近自覚して。でも、武市くんが、あかりのこと本気なら諦める必要はないよ。まぁ、そうなると、俺たち"ライバル"ってことになるかもしれないけど」


「ラ……ライバル」


 申し訳なさそうに話す飛鳥に、大河は、飛鳥を見つめたまま硬直する。


 この絶世の美男子が、自分をライバルと認識してくれるのは、ちょっとだけ嬉しい!


 だが、それよりなにより


「神木くん!」

「!?」


 瞬間、大河は飛鳥の手を、ガシッと掴むと


「安心してください!! 俺、彼女はほしいけど、それよりも神木くんの方が大事ですから!! 神木くんに、嫌われるくらいなら、彼女一生出来なくても構いません!!」


「ん? それはちょっと安心できないかな!?」


 力いっぱい力説する大河に、飛鳥はじわりと冷や汗をかく。


 あかりを諦めてくれるのはいいが、彼女より神木くんの方が大事とは!?


 この信者は、本当に大丈夫だろうか?


「20年後ぐらいに、俺のせいで結婚できなかったとか言われても困るよ」


「いいませんよ~! 俺、一生神木くんのファンでいたいですし! 神木くんが、どんな仕事について、どんな人と結婚して、どんな人生を歩んでいくか、あわよくば、神木くんの子供の成長も見守っていきたい!」


「それは、真面目に怖いから、俺の家族(仮)には絶対に近づかないで」


「それより、大河。本当にいいのか、あかりさんのこと諦めて。お前、飛鳥バカだから気づかないだろうが、結構、無茶言われてるぞ?」


「大丈夫、大丈夫! 倉色さんとは、まだ少ししか話せてないし! なにより、俺は神木くんのこと応援したい! 大体、神木くんがライバルって、絶対勝てる気しないし!」


「それは、わかんないじゃん」


「分かりますよー。俺、神木くんのいいところいっぱい知ってますもん! だから、神木くんが告白したら、きっと倉色さんも、すぐにOKしてくれると思いますよ!」


「……」


 あっさり諦めた大河に、心做しか安堵しながらも、続けざまに言われた言葉に、飛鳥は複雑な表情をうかべた。


「……それは、どうかな」


 視線を落とし、珍しく弱気な発言をする飛鳥。

 それを見て、今度は隆臣が、飛鳥の横から口を挟む。


「飛鳥、お前、あさって誕生日だよな」


「は?」


 唐突に、きり変わった話に、飛鳥がいきなりどうした?とばかりに、眉を顰める。


 確かに、2日後には誕生日がやってくる。


 飛鳥の、21歳の誕生日が──


「なに、急に?」


「祝ってやるから、うちに泊まりに来い」


「はぁ!?」


 泊まりにこい!?


 そのあまりにもな提案に、飛鳥は素っ頓狂な声を上げた。


 隆臣の家に泊まりにいったのは、もう随分前の話だ。父が出張で家を空ける際に、橘家に兄妹弟三人で、預けられたことはあったが、それも自分が中学生くらいまでの話で……


「と、泊まりにこいって……俺、誕生日は──」


「家族と過ごすんだろ。別に12日じゃなくてもいい。今週末……そうだな、金曜か土曜あたりあいてないのか?」


「あ、空いてはいるけど」


「じゃぁ、土曜、うちに泊まりに来い。侑斗さんも、お前のそのを、何とかしとくれって言ってたし」


「は? 誰の酒癖が悪いって?」


 ただ祝ってくれるのかと思いきや、どうやら父の差し金らしい。飛鳥は、それが分かるなり、黒い笑顔をうかべた。


「お前。またうちの親に、なんか言われたの!?」


「あぁ、正月も散々だったらしいな……(主に侑斗さんたちが)」


「え!? 神木くん、酒癖悪いんですか!?」


「悪くないよ!」


「悪いだろ。なにより、自覚ないのが一番タチ悪りーわ」


「はぁ!?」


「それに、お前もそろそろ、した方がいいんじゃないか?」


「え? なにを?」


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