第318話 飴と鞭

「あかりさん!こんにちは~」


 前方から声をかけてきたのは華。そして、ぞろぞろと、やってきた神木一家に、あかりは小さく汗をかいた。


 おばあちゃんに、あんなことを言われたからか、まともに飛鳥の顔が見れない。


 というか、改めて見ると、なんて目立つ家族なのだろうか?


 一緒にいると、自分の庶民さが際立つような気がした。


「お姉ちゃん! あけまして、おめでとう!」


 そんな中、あかりにとって癒しとも言えるエレナが抱きついてきた。


 ツインテールの髪を揺らしながら、駆け寄ってくる姿は、まさに小動物。更に、ミサの重圧から開放され一段と柔らかくなったエレナの笑顔は、もう天使と言ってもいいほどだった。


「ふふ、あけましておめでとう」


 そして、そんなエレナを見て、あかりも頬をゆるめる。


 この子が、本当の意味で笑ってくれることを、心から願っていた。だからか、こうして年相応の反応を返してくれるのが、たまらなく嬉しくて、自然と胸が熱くなる。


「今日は、みんなでお出かけ?」


「うん、初詣に行ってきたの! お姉ちゃんは?」


「私は、知り合いのおばあちゃんの所に……」


 そう言って、あかりがエレナの問いに答えると、その話を聞いて、今度は飛鳥が口を挟んできた。


「おばあちゃんって、あの大根とかぼちゃのおばあちゃん?」


「はい。あのおばあちゃん、登美子とみこさんと言って、前に神木さんがお菓子を届けてくれたあと、お礼をしに行ってから、時々、呼ばれるようになったんです」


「へー……それで、またカボチャもらってきたんだ」


「え?」


「え、じゃなくて。お前、カボチャ、苦手だっただろ」


 あかりが手にした紙袋を指さし、飛鳥が小首をかしげる。


 そういえば、いつだったか、そんな話をした事があった。確か、2度目に会った時だ。


(私が、かぼちゃ苦手だって……覚えてたんだ)


 そんな些細な情報を、未だに覚えているなんて……あの時は、まだ、お互いの名前すら、まともに、知らなかったはずなのに──


「お前なぁ、苦手なのに貰ってくるなよ」


「そ、そうですけど! 一応、断ろうとはしたんです。でも、おばあちゃん、私に娘さんの面影を重ねてて『娘も、かぼちゃが大好きだった』て言われたら、断るに断れなくなってしまって」


「…………」


 あかりの話に、飛鳥が小さく息を吐く。


 こういうところは相変わらずだなと思った。相手の気持ちを思うばかりに、あかりは平気で、自分を犠牲にしてしまう。


 今回も、きっとおばあちゃんを傷つけまいと、喜んで貰ってきたのだろうが……


「半分、貰ってあげようか?」


「え?」


「全部一人で食べるのは、辛いんじゃない?」


「……っ」


 その後、飛鳥が手を差し出せば、あかりは、目を見開いた。目線が合えば、綺麗な青い瞳が、のぞきこんでくる。


 いつもより優しい声音と、その眼差しに、不覚にもドキリとしてしまったのは


 きっと、おばあちゃんに


 あんなことを言われたから──…



「ッ──結構です!!」

「!?」


 だが、その後、あかりは、とっさに目を逸らすと、耐えきれず距離を取った。


 いつものことだが、なんでこの人は、こんなにもサラッと、人の心に入り込んでくるのだろう!ほんと、人たらしがすぎる!!


 だが、あからさまに拒絶したあかりに、飛鳥は飛鳥で、ニッコリと、それでいて少し複雑な表情を浮かべた。


「あのさ、お前のためにいってるんだけど? 痩せ我慢してないで、素直に『もらって下さい』って言えば?」


「っ……別に痩せ我慢なんてしてません! 私、これを機にカボチャ克服するって決めたんです! だから、あなたに気遣っていただく必要はありません!」


「っ……相変わらず可愛くないな」


「別に可愛くなくて結構です! 大体、前は貰ってくれなかったくせに、鞭がくるかと思わせて、いきなり飴よこすのやめてください! あなた、自分がモテるって自覚あるんですか!?」


「はぁ!?」


 突然、始まったあかりと飛鳥の言い争い。それを目にし驚いたのは、もちろん神木家、その他の皆さん。


(わぁ、お姉ちゃん、あんなに怒ることあるんだ)


(あ、前に女の子と喧嘩したっていって相手って……もしかして、あかりさん?)


(ていうか、あの兄貴と張り合うなんて、あかりさん、強ぇ)


(あー、確かに、ゆりっぽいかもなー。あーいう気の強いところ)


 エレナ、華、蓮、侑斗と続き、三者三様、目の前の光景に独自の感想を抱く。


 日頃、蓮華とは、よく喧嘩をする飛鳥だが、他人相手に、ここまで感情的になることはあまりない。


 だからこそ、飛鳥にとってあかりは、特別な存在なのかもしれないが……


「モテる自覚はあるよ、十分!」


「あるのに、こうなんですか!? たち悪すぎません!?」


「てか、さっきからなんなの。俺の何が不満なの?」


「ッ……だから、あなたは、んです!」


「は?」


 その予想外の返答に、飛鳥は困惑する。いや、狼狽えたと言ったほうが、いいかもしれない。


「え? 優しいって……」


「優しいですよ、とっても! 人の事よく見てるし、困ってたらさりげなく助けてくれるし、見た目だけじゃなくて、中身もとても素敵な方だと思います! でも、あなたみたいな人に優しくされたり、思わぜぶりなこと言われたら、普通の子なら、きっと好きになってしまいます。この前だって、私にいきなり、あんなこと……っ」


「……っ」


 あんなこと──とは「ずっと、隣にいて」といった、あの言葉だろうか?


 恥ずかしそうに、頬を赤くし訴えるあかりに、心臓が小さく波打った。


 ずっとスルーされていた言葉を、唐突に持ち出されたのもあるかもしれないけど、それは、まるで、優しくされると、好きになってしまいそうだから。


 そんなふうに、言っているようにも聞こえて……


「……あ、あかり」


「……あの言葉」


「え?」


「あの言葉、、絶対に勘違いします! だから、あーいうことを誰にでも見境なく言うのは、やめた方がいいと思います!」


「!?」


 だが、その後続いた言葉に、先の感情を全て吹っ飛ばされた。


 私じゃ、なかったら?

 誰にでも、見境なく?


 それって──


「はぁ!? 誰が、見境ないって」


「あなたですよ、あなた!! とにかく、自分が異常にモテる人間だと言うことを、もっと自覚してください! あと、私にまで優しくする必要はありませんから、大学でも、これまで通り一切話しかけないでください!──というわけで、今年もとして、どうぞよろしくお願いします!」


「!?」


 ぺこりと、改まって挨拶をしたあかりは、その後、華やエレナたち頭をさげると、まるで逃げるように、その場から去った。


 それを見て、飛鳥が顔を青くしていると、その心境を察した神木家が、優しく飛鳥を慰める。


「ド、ドンマイ、飛鳥兄ぃ。大丈夫だよ。一切脈がないのは、始めから分かってたことだしね!」


「そうだよ。むしろ、今まで振りまくってきたツケが回ってきただけだよ」


「そうそう。それに、あかりちゃんが、飛鳥のためを思っていってくれてたのは、すご~く伝わってきたし、ある意味、愛されてると思うぞ」


「そう、友人としてね!」


「うん、友人として」


「……お前ら、慰めたいの? それとも、トドメ刺したいの? どっち?」


 乾いた笑みを浮かべる飛鳥。


 だが、そんな飛鳥を他所に、エレナは一人去っていくあかりの後姿を見つめていた。


(あかりお姉ちゃん、本当に誰とも付きあう気ないのかな?)


 前に、公園で二人で話したことを思いだす。


 まだ、エレナが飛鳥と出会う前、晴れた五月の事だ。



 ***


「え!? それ、ストーカーとかじゃないの!?」


 それは、あかりとであって、二ヶ月ほどたったころ。隣の家の大野に、しつこく絡まれてるという話から始まった。


「ストーカーと言うほどではないよ。なにより大野さん、とてもいい人だし。本当に、たまたま一緒になっただけかもしれないし。色々気にかけてくれるから、私の思い違いかもしれない」


「でも、帰りに待ち伏せされてたり、食事に誘われたりしてるんでしょ? その人、絶対お姉ちゃんの事好きだと思う」


「そう……なのかな?」


「告白とかされたら、どうするの? お隣さんなんでしょ?」


「……うーん。それは、困るかな。私、誰とも付きあう気ないし」


「え? 誰とも?」


 視線を落とし、曇りのある表情でそういったあかりに、エレナはきょとんと首を傾げた。


「それって、その大野さん以外ともってこと?」


 エレナがそう問いかけると、あかりは一呼吸おいたあと


「うん。だって、私と付き合っても、その先には、


「え? なにもない?」


「そう……だから私は」


 ──誰も好きにならないし、誰とも付きあわない。


 そう言ったあかりは、なんの迷いもないような、穏やかな笑みを浮かべていた。


 それが一番、幸せだとでも言うように……



(何もないって、どういう意味なんだろう?)



 それは、相手が飛鳥さんでも、同じなのかな?



(なにか、出来ることがあったらいいのに……)



 話を聞いてもらった分

 助けてもらった分


 私にも何か


 二人のためにできることが、あったらいいのに……

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