第317話 おばあちゃんとあかり

 神木が初詣に行っている頃、あかりは、とあるお宅にお邪魔していた。


 通された部屋の奥で、仏壇に手を合わせると、それからしばらくして、家主が和菓子とお茶を手にして戻ってきた。


「あかりちゃん、来てくれて嬉しいわー」


「いいえ、おばあちゃんも、お元気そうで」


 あかりの前に現れたのは、前にあかりに大根とかぼちゃの袋を手渡したおばあちゃん。


 名前は、花沢 登美子。74歳。


 実を言うとあかり、前に飛鳥から、おばあちゃんからの和菓子を受けとり、そのお礼に伺って以来、時折こうして、おばあちゃんの家に顔を出すようになっていた。


 そして今日も、新年のご挨拶を兼ねて、足を運んだというわけだ。


「あかりちゃんは、実家には帰らなかったのかい?」


「はい。また、春に帰ろうかと……」


「そう。でも、お家族、寂しがってるんじゃないかい?」


「どうでしょうか? おばあちゃんの所は、息子さんやお孫さんは帰って来てないんですか?」


「うちは、もう孫も大きくなったしねー、何年も正月は帰ってきてないのよ。電話で明けまして、おしまい。だから、あかりちゃんが来てくれて嬉しいのよ。なんだか、娘が戻って来たみたいで」


 嬉しそうに、頬を緩ませたおばあちゃんを見て、あかりは先程、手を合わせた仏壇に目を向けた。


 仏壇には、旦那さんの他に、若い女性が映る、少し古びた遺影があった。


 登美子さんの娘さんは、実家を離れ一人暮らしをしていた際に、風邪をこじらせてなくなってしまったらしい。


 その娘さんと、あかりを重ねているのか、一人暮らしのあかりのことも、何かと気にかけてくれる。


(寂しいよね……やっぱり)


 娘をなくして、旦那さんにも先立たれて、唯一の息子家族は、遠方で暮らしてる。


 寂しい──だからこそ、誰かに寄り添いたくなる。だからこそ、繋がりを求めてしまう。


 それはきっと、自分も同じで、一人で生きていくために、家族以外の繋がりを作って、寂しさを埋めようとしてる。


「そういえば、あかりちゃん」

「?」


 瞬間、またおばあちゃんが話しかけてきて、あかりは視線を戻した。


「前に"金髪の綺麗な男の子"と歩いてたでしょ?あの子とは、の?」


「!?」


 だが、あまりにも予想外のことを聞かれて、あかりは困惑する。


「つ、付きあうって……何言ってるんですか!?」


「あらあら。その様子じゃ、まだなのね」


「ま、まだもなにも、私と神木さんは、ただの友達で」


「あら、でも、前に私が大根とかぼちゃあげた時、あの子が、あかりちゃんの荷物を持ってあげてたでしょ。私も若い時、おじいさんが、よくそうしてくれてねー。二人の姿見て、つい若い頃に思い出しちゃって。あかりちゃんとあの子、とってもお似合いだとおもうのよ」


「お、お似合いじゃないです! あの人、誰にでも優しくて、誰にでもニコニコしてて、誰にでもあんなことするタイプの人なんです! だから、私にだけじゃないです!」


「あら、そうなの?」


「そうですよ!だから、うっかり好きになっちゃったら、痛い目みますよ」


「ふふふ。確かに、あんなに綺麗な子に優しくされたら、女の子ならみんなイチコロだろうし、あの子に片思いしてる子も、失恋した子も、たくさんいそうだねぇ」


「もう、笑い事じゃないですよ。うちの大学でも、すごい人気なんですから。それに、神木さんと付き合う子は、


「まあ…あかりちゃんは、自分に自信がないの?」


「え……?」


 自信──その言葉に、あかりは息をつめた。


 表情が一瞬にして強ばると、視線を落とし、その後、言葉を発する。


「ない……です…自信なんて」


 あるわけない。だって、私は──


「あかりちゃん、あなたは、とっても素敵な子よ」


「え?」


「ほら、今の世の中、みんな自分のことでいっぱいいっぱいでしょう? 忙しなく働いてると、心の余裕なくしちゃうのかもねぇ……みんな人に無関心になっちゃって、見ず知らずの他人の変化になんて気づきやしない。でも、あかりちゃんは、初めてあったとき、私に声をかけてくれたでしょう?」


「……」


「具合悪くて本当に困っててねぇ…私にとって、あの時のあかりちゃんは、希望の光みたいに見えたの。だからね。あかりちゃんは、とっても素敵な子。もっと自信を持って」


「おばあちゃん……」


 その励ましの言葉に、自然と心の中が熱くなる。


「それに、その神木くんていう男の子にも、私、とっても感謝してるのよ!」


「え?」


「だって、私が無理やり頼んだお菓子を、ちゃんとあかりちゃんに届けてくれて…こうして、あかりちゃんとお茶できるようになったのも、あの子のおかげだもの。確かに、見た目は派手だけど、あの子もとってもいい子だわ。だからね、素直にお似合いだとおもったの。しっかりしてそうだし、あんな子が、あかりちゃんの隣にいてくれたら、安心だなーって……」


「隣に……」


 そう言われた瞬間、あかりは、クリスマス・イブの日、飛鳥に言われた言葉を思い出した。


『ずっと、俺の隣にいて──』


 自分の隣に腰かけて、耳元でそっと囁きかけられた。あの言葉が、友達としてという意味合いなのは、よくわかっているつもりだ。


 でも、あの言葉を思い出して、自然と頬が赤らんでしまうのは


 きっと、あんなことを異性に言われたのが


 初めてだったから……



「あー、もう!」


 瞬間、あかりはパンと自分の両頬を叩くと、再度、おばあちゃんに力説する。


「おばあちゃん! 私と神木さんは、本当にただのお友達で、お互いに恋愛感情なんて一切ありません!」


「あらあら、赤くなっちゃって。可愛いねぇ……あかりちゃん、もしかして、今まで彼氏いたことないのかい?」


「なッ……あ、ありません……っ」


「まぁ、どおりでウブな反応するはずね~」


「もう、からかわないでください!」


「あら、ごめんねぇ。若い子と恋バナなんて新鮮で、つい」


「……もし、神木さんにあっても、変なこといわないでくださいね?」


「はいはい、わかってるわよ。あかりちゃんに嫌われたくはないしねぇ」


 登美子さんは、恥ずかしがるあかりをみて朗らかに笑うと、その後、またお茶をすすめてきた。



 ***



 そして、その後、また少しだけ雑談をしたあと帰路に着いたあかりは、登美子さんに手土産として持たされた紙袋をみつめた。


(また、カボチャ貰っちゃった……っ)


 苦手なカボチャを、またまたもらってしまった。だが、今回は苦手なことを、伝えようとはしたのだ。だが、断る寸前──


『うちの娘も、カボチャ大好きだったのよ!』


 なんて言われてしまったものだから、苦手だなんて言えなくなってしまった。


(おばあちゃんの気持ちを、蔑ろにしたくないし。これを機に克服してみようかな?)


 いつまでも、好き嫌いをしているのは良くない。あかりが、そう決心したとき──


「あかりさーん!」

「……!」


 突然前方から、女の子が声をかけてきた。


 見れば、そこには一際目立ちまくる一家が、ゾロゾロと迫り来るのが見えた。


 噂をすれば、なんとやら、神木家のご登場だ!

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