第316話 神木家とおにぎり
桜聖市桜ヶ丘は、飛鳥達が暮らす穏やかな地域だ。
そして、現在エレナが通う桜聖第2小学校、その隣にある榊神社は、この地域ので一番大きな神社だった。
道路脇の歩道から、長い階段をあがると、その先には赤い鳥居と趣のある本殿。
そして、1月4日──
正月・三が日、家に引きこもっていた神木家も、やっと外に出て初詣にやってきた。
境内は参拝をする人は勿論、おみくじを結ぶ子供や、お守りを選ぶ人で賑わってはいたが、混雑する程ではなく
比較的、落ち着いてはいたのだが……
「みて、あの人カッコイイ!」
「なに!? なんの集まり? 顔面偏差値、高すぎない!?」
超絶美人な飛鳥を筆頭に、比較的、美男美女が集まった神木一家。
それにプラスして、今年はエレナも一緒だからか、神木家五人で行動する姿は、かなり目立っていた。
(どうか、うちのお兄ちゃんに彼女ができますように!)
だが、そんな目立つ中、いつものこととあっさり流し、神様の前に立った華は、今年、最初の願いをお願いしていた。
去年、夏祭りで、ここに来た時は、兄妹弟のことを願った。
だが、あれから半年がたち、兄の"恋愛成就"を願うことになるなんて、あの頃の華は、夢にも思っていなかっただろう。
「兄貴は、なに願ったの?」
すると、全員が参拝を終えたあと、おみくじを引こうと移動する途中、蓮が兄にたずねた。
寒い季節、コート姿の飛鳥は、立ち止まり、蓮に視線を向ける。
「俺は、家内安全と無病息災かな」
「兄貴、毎年それじゃない?」
「俺に取っては、切実な願いなんだよ」
「父さんは?」
「俺も飛鳥と似たようなもんだな~。エレナちゃんは、ミサのこと?」
「うん、お母さんの(精神的な)病気が、早く良くなりますようにって!」
「そうか、早く退院出来るといいな、ミサも」
「華は?」
「え?」
まだ、願い事を聞いていない華に、蓮が問いかける。すると華は、スッと息を吸ったあと
「私は『お兄ちゃんに彼女が出来ますように!』って願った!」
「「ぶっ!?」」
境内に響く大きな声!
それと同時に、男3人が吹き出した。
そして、その中でも一番驚いたのは、やはり兄の飛鳥!
「お前、なに願ってんの!?」
「だって、絶対、好きにならないとか言われたんだよ! こうなったら、神頼みするしかないじゃん! 大体、お兄ちゃん、この前(クリスマス)あかりさんの家に行ったんでしょ!? それなのに、普通にお茶だけして帰ってくるって、なにしにいったのよ!?」
「何しにって、お茶しに行ったんだよ!」
先日、あかりの家にいくと約束した飛鳥。
だが、文字どおり「ケーキご馳走するから、紅茶をご馳走して」と、お互いに後腐れのない関係を築くために、お茶をしただけだった。
なにより、エレナも一緒のあの状況で、あかりと、何かか、どうなるわけでもなく。
しかし、華は納得がいかないのか
「好きなら、もっと積極的に攻めなきゃダメじゃん!」
「積極的にって、言われても……大体、女の子って、どうやって口説くの?」
「はぁ!?」
だが、その放たれた兄の一言に、華は驚愕する!
「何、その質問!? 本気で言ってんの!?」
「だって俺、今までずっと"受け身"だったっていうか。基本、立ってれば誰かが口説きにきたから、自分から口説いたこと、一度もないんだよね?」
「な!?」
立ってれば、誰かが、口説きにきた!!?
未だかつて聞いた事のないパワーワードに、華は仰天する!
だが、確かに街を歩けば、モデルにスカウトされ、学校や大学でも人気者のお兄様!
そりゃ、わざわざ口説かなくても、女の子の方から、来てくれますよね!?
「うわ、信じらんない!? これだから、顔だけの男は!」
「は? 中身も、イイお兄様だろ?」
「ていうか、その見た目で、口説き方分からないとか、言ってて恥ずかしくないの!? さぁ蓮、言ってやって、女の子は、こうやって口説くんだって!」
「いや、俺もわかんねーよ!」
すると、いきなり、とんでもない無茶振りをされ、今度は蓮が仰天する。
ちなみに、蓮に好きな子がいたのは、小学生の時だ。
しかし、蓮は、その女の子から兄へのラブレターを渡されるという、とても苦い経験をしており、その後、口説くことも、口説かれることもなく、ここまで来た。
ちなみに、口説かれることがなかったのは、いつも横に華がいたからだ。
「うそでしょ、蓮もなの!? あんた、今までどんな人生歩んできたのよ!?」
(……基本、華を守る人生だったよ)
双子の弟に浮いた話がなかったのが、まさか、自分のせいとは思わない華。
すると、なにやら喧嘩が始まりそうな雰囲気を察して、侑斗が仲裁に入る。
「まぁまぁ。飛鳥も蓮も、昔から恋愛ごとに関心がなかったからな。でも、これから学んでいけばいいんだよ」
「もう、お父さんまで! いいの、そんなことで!」
見た目とは違い、ヘタレな兄と弟に、華は、神木家の将来を深く案じる。
「あ、お父さんなら、なにかいいアドバイスできるよね! 12歳も年下の女子高生、口説てるんだし!」
だが、今、まさに女子高生を口説いているような口ぶりに、侑斗が慌てふためく。
「いや、華ちゃん!! それじゃ、今も口説いてるようにきこえるから! てか、ここどこだと思ってんの!? 公共の場で、そんなこというのはやめてね!」
今の時代、色々厳しいのだ。女子高生をオッサンが口説いてたら、もう犯罪者。
「それに、俺もあまり自分から口説いた経験はないから、アドバイスになるようなことは」
「えー!?」
そして、あの兄弟にして、この父あり!
なんだかんだ、モテてきた侑斗さん。結局ルックスが良いため、自分からグイグイ迫った経験はあまりなく、それを聞いて華が脱力する。
「もう、なんなの! この、"肉巻きおにぎり系男子"たちは!?」
「肉巻きおにぎり?」
「なにそれ」
「肉食系に見えて、中身が地味すぎる男子のこと!」
説明しよう!
肉巻きおにぎり系男子とは、見た目はイケイケな肉食系男子でありながら、中身がまったく伴ってない、おにぎりのような素朴系男子のことである。
「はぁ~。なんで、うちの男どもは、こんなに残念なのかなー?」
「お前、おにぎり舐めるなよ。米は、お粥にも、炊き込みご飯にもなるし、時には餅にもパンにもなるんだよ。あんな万能な食材が他にあるとおもってんの?」
「そうだよ。人は水と米さえ、あれば、生きていけるんだよ」
「そうそう! だから最終的に、生き残るのは米男子だろ」
「米男子!? もう、肉すらなくなってるんだけど!?」
中身が素朴で地味だと言われても、決して、おにぎりを馬鹿にしない、胃に優しい男たち。
それが彼らの良いところであり、残念なところでもあるかもしれないが……
「はぁ…エレナちゃんはどう思う? こんな人達」
深いため息と共に、華が横にいたエレナに助けを求める。するとエレナは
「私、おにぎり大好きだよ! だから、みんなこのままでいいと思う!」
にっこりと可愛らしい笑顔で、そう言ったエレナ。そして、その天使のような笑顔に、4人の心はほっこり暖かくなる。
「あはは、これは華の完敗だな~」
「まぁ、おにぎり嫌いな人は、そういないよね」
「……っ」
もはや、取り付く島もなかった。
確かに、華もおにぎりは大好きだ!
というか、なにやら論点がズレた気がするが、華が言いたいのは、あのあかりを相手にするなら、もっと積極的にいかなくては、兄の恋が実らなくなるかもしれない!
──しかし、そこに
「……ていうか、華はどうなの?」
「え?」
蓮が口を挟んだ。
何が?といいたげに華が蓮を見つめれば、蓮は、ある方向に目配せをする。
その仕草につられ、華も後方に視線を向ける。すると、そこにいたのは、同級生の
きっと、実家である神社手伝いをしているのだろう。男性用の浅葱色の袴を着た航太は、巫女さん達と一緒に、いそいそと働いているようだった。
「華は、(榊に)グイグイ迫られたいの?」
「……っ」
そして、追い打ちをかけるように蓮が意味ありげなことを呟けば、その瞬間、華の顔は真っ赤になる。
「ち、違! 私のことじゃな……!」
「お前、なに赤くなってんの?」
「へ!? 赤くなんて!」
「いやいや、真っ赤だよ。華ちゃん、もしや好きな人でも出来た? それとも、誰かに告白でもされた?ていうか、誰だ。うちの華を、かっ攫おうとしてる不届き者は!」
(ヤバイ! これは榊くんが危ない!!)
別に告白された訳でもないし、本当に航太が、自分を好きなのかは、まだ半信半疑だ。
だが、どの道、この兄と父にバレたら、色々ヤバイ!!
「あーもう、この話終わり! ほら、おみくじ引きに行くよ!!」
「お前が言い出したんだろ!」
結局──その後、なんとか逃げて話は終わった。
はずだったのだが……
***
「榊くん、あけましておめでとう!」
「明けましておめでとうございます、飛鳥さん」
その後、社務所の前でばったり会った航太に、さわやかに新年の挨拶をする、父と兄。
それを見つめながら、華は一人冷や汗をかいていたとか?
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