第320話 学生と時間

「それに、お前もそろそろ、した方がいいんじゃないか?」


「え? なにを?」



「……っ」


 双子ばなれ──その言葉に、飛鳥は眉をひそめた。


 なんだその、親ばなれ、子ばなれ、みたいなニュアンスは……


「双子ばなれって」


「お前、今まで常にアイツら優先にしてたけど、華と蓮ももう高校生だし、そろそろ離れても大丈夫な年頃だろ」


「そ、そんなこといわれても、あいつらまだ頼りないし、それに今はエレナもいるし、子供たちだけ置いとくわけには」


「何言ってんだ。今は、侑斗さんがいるだろ」


「う……っ」


 思わず言葉に詰まる。そうだ。今なら父がいるわけで、自分が不在にしても、なんら問題はないわけだ。


「侑斗さん言ってだぞ。今まで、家族のことばっかり考えさせてきたから、これからは、自分の時間も大事にしてほしいって……なにより、大学生活もあと一年ちょっとだし、学生らしいことできるのも、あと少しだろ。だから、そろそろ双子ばなれして、自分の時間に目を向けてもいいんじゃないか?」


「……」


 自分の時間──その言葉に、飛鳥は軽く目を伏せる。


 確かに、母が亡くなってから、ずっと家族のことばかりだった。


 失いたくない。

 手離したくない。

 離れていって欲しくない。


 そう思って、必死に守り続けてきた。


 華と蓮のことは、何がなんでも、失いたくなかったから──


 でも、それを、嫌だと感じたことは一度もなかった。


 むしろ、自分から、そうすることを望んでいた。


 そうすることで、安心していた。



 変わらない日常に


 壊れない世界に



 だけど、それが今、少しずつ、少しずつ




 変わり始めようとしてる。



「つまり、双子ばなれの一巻として、外泊しろってこと?」


 その後、小さくため息をつくと、飛鳥は手にしていたフォークを置き、改めて隆臣を見つめた。


「まーそういうことだな。俺が誘わなきゃ、お前みずから外泊なんてする気にならないだろ。まぁ、彼女でも出来れば、外泊もするだろうが、その調子じゃ、まだ先の話みたいだしな」


「……うるさいな」


 隆臣の話に、飛鳥は不貞腐れたように頬杖をついた。


 まぁ、あのあかりの態度を見れば、確実に先の話だ。というか、そんな日が来るかどうかすら怪しい。


「というわけで、土曜日来いよ」


「……それはそれは、人の"子ばなれ"にも協力的とは、お優しいことで? でも、隆ちゃんちじゃ、美里さんたちもいるし迷惑なんじゃない?」


「別に迷惑では……ただ、親父とお袋がいるのは確かだからな。あまり羽目をはずす感じにはならないかもしれない」


「てか、親の監視下でお泊まりって、まるで小学生……」


「いうな、それ。それとも、どっか泊まりに行くか?」


「泊まるって、男二人で? それなら、普通に居酒屋とかカラオケで一晩」


「いや、お前を外では飲ませられない」


「は? 前に飲みに行っただろ、一緒に」


「あの時、学んだんだ、俺は。お前と飲むなら、飲まさなきゃダメだなって」


「…………」


 だが、自分の体質を全くわかってない飛鳥は、どうやら隆臣の話に納得いかないようで


「はぁ? なんで、そこまで酒癖悪そうな扱いされなきゃいけないの?!」


「悪いだろーが、実際! 今度、動画撮っといてやるから、自分の目でしっかり見ろ!」


「ねー!」


 すると、そこに、ずっと蚊帳の外だった大河が口を挟んだ。大河は、バッと二人の前に身を乗り出すと


「俺も、神木くんの誕生日、祝いたい!!」


 目を輝かせて、そう言ってきた大河に、飛鳥と隆臣は同時に目を丸くする。


「ダメですか! 俺も一緒に祝っちゃ」


「え? それは、別にかまわないけど……」


「やったぁぁぁ! じゃぁ、もし良かったら、俺の家に来ませんか?」


「え?」


「俺、一人暮らしだし! 俺のうちなら親いないし、ハメはずせますよ~!」


 そんなこんなで、その後、あっさり大河の家で誕生日を祝うことに決まり、あっという間に、週末を迎えた。



 ***


「飛鳥兄ぃ、行ってらっしゃい!」

「…………」


 夕方、荷物をまとめた飛鳥を、笑顔で見送る神木家+エレナに、飛鳥はこころなしか複雑な表情をうかべた。


「飛鳥さん、気をつけて行ってきてね!」


「絶対にお酒に飲まれちゃダメだよ、兄貴」


「そうだぞ。飛鳥は可愛いんだから、男友達だからって気を抜いちゃダメだぞ!」


「必ず、無事に帰ってきてね!」


「なんの忠告?」


 ただ友人と飲むだけなのに、なにやら意味深な忠告をしてくる家族に、飛鳥は首を傾げる。


 ちなみに、今の時間は夕方5時前。


 今から隆臣たちと合流し、3人でお酒やら、夕飯の買い出しやらをしてから、大河のアパートに行くことになっている。


「まぁ、楽しんでおいで。隆臣くんたちによろしくな」


「……う、うん。じゃぁ、行ってきます」


 父の侑斗にも明るく見送られると、どこかぎこちない挨拶をして、飛鳥は玄関をでる。


(こういうの、真面目に修学旅行以来かも)


 自分が外泊するということに、違和感しかない飛鳥。


 果たして、この先、お兄ちゃんは、双子ばなれすることができるのか!?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る