第321話 男子会と隠し場所

「どうぞ、上がってください!」


 午後6時──


 それから合流した3人は、近くのスーパーで買い物をした後、大河のアパートまでやってきた。


 単身者向けの1K。だが、中は意外と広く、飛鳥は初めて訪れた大河の家に「おじゃまします」と言って入ると、手にした荷物をテーブルの上に置いた。


「よし! じゃぁ、ちゃっちゃと料理の準備、始めちゃいますか!」


「俺、なに手伝えばいい?」


「なんと! 神木くんも料理してくれるんですか!?」


「おい、大河!」


 飛鳥がコートを脱ぎながら、手伝う旨を伝えると、その瞬間、目を輝かせた大河を隆臣が諌める。


「お前、祝われる奴に作らせて、どうすんだ」


「あ、そうか!」


「別にいいよ。誕生日とか気にしなくても」


「そうもいかねーだろ。料理は俺がするから、飛鳥は適当にくつろいでろ」


「そうですよ~! 神木くんの手料理はめちゃくちゃ気になりますけど、今日は主役ですから!」


「主役……」


「まぁ、神木くんは常に主役みたいに輝いてますけどね! あ、テレビ勝手につけていいですよ! あと、本棚にある漫画とか雑誌とかも、どうぞ、好きに読んでください!」


「…………」


 そんなわけで、二人は買い物袋を手に、奥のキッチンに引っ込んでいったため、一人、ぼーっとすることになった飛鳥。


 8畳ほどの部屋の窓際にはベッドがあり、その隣のスペースには、テレビと本棚とコタツがあった。


 多少乱雑ながらもスッキリしていて、飛鳥は、とりあえず座るかと、コタツの前に腰を下ろすと、小さく息をつく。


(……なんか、落ち着かないな)


 修学旅行の時は京都だったし、学校行事だったというのもあり、家族と離れても、こんな気持ちになることはなかった。


 だが、今回は、帰ろうと思えば、すぐに帰れる距離だからか、どうも落ち着かない。


 なにより誕生日をこうして、友達に祝われるというのが、妙にくすぐったい。


(……何して、時間つぶそう)


 寒い冬の季節。今日の夕飯は、お鍋らしい。


 ならば、そこまで時間はかからないだろうと、飛鳥はテレビのリモコンを手にとる。


 だが、夕方のこの時間だからか、見たくなるような番組はやっておらず、ニュースをつけておくのもなんだかなと、一旦テレビを消すと、その後、本棚に目を向けた。


 本棚には、ほとんど漫画ばかりが並んでいた。


 あまり文芸書や文庫は読まないのだろう。あるのは、少年や青年向けの漫画や雑誌、あとは、映画のDVDが数本。


(あ、あの映画。もう、DVDでてたんだ?)


 すると、ふと、前に華と蓮が見たいと言っていた映画のDVDを見つけた。


 元々は小説が原作のアニメ映画。そして、その原作本は飛鳥も読んだことがあって、軽くネタバレしそうになって、華と蓮に怒られたのをよく覚えてる。


 飛鳥はコタツから出て本棚まで移動すると、そのDVDを手に取った。


(アイツら、まだ見たいのかな、コレ)


 噂によれば映像がかなり美しく、それなりに感動する良作らしい。


 借りていけば喜ぶかもしれないし、武市くんに、貸してとお願いしてみようか?


 飛鳥は、そんなことを考えながら、結局、いつも華と蓮のことばかり考える自分に苦笑する。


(双子ばなれ、か……)


 いつか、しなくてはならないとは思っていた。


 あの子たちも、もう高校生で、自分が必要以上に手をかける必要なんて、もう、なくなっていたから……


 世界が変わっていく。


 少しずつ、少しづつ、みんな大人になって


 いつかは、あの家をでていく。



 それは、あたり前のことで


 誇らしいことで


 でも、どことなく────寂しい。



 だが、その変わるきっかけを作ってしまったのは、他でもない自分自身。



 自分が、あかりのことを、好きになってしまったから……



「あ、神木くん!」

「!?」


 瞬間、いきなり大河が戻ってきて、飛鳥は我に返った。慌てた様子の大河は、エプロン姿で飛鳥の前まで来ると


「神木くん! そのDVDはダメです!」

「え?」


 そう言って、飛鳥の手にしたDVDを指さす大河みつめ、飛鳥は首を傾げる。


「あ、ごめん。なにか大事なDVDだった?」


「いや、大事と言うか……それ中身、AVが入ってます!」

「!?」


 一瞬、何を言われたのか、わからなかった。


 だが、その言葉の意味がわからないほど、飛鳥も子供ではなく


「はぁ!? お前、どこに隠してんの!? ていうか、一人暮らしなら隠す必要ないだろ!!」


「ありますよ! 万が一、親や妹が尋ねてきたら、やばいじゃないですか!? 家族に性癖ばれたらどうするんですか!」


「だったら、こんな国民的映画の中に隠すなよ! それこそ、親や妹が見ようとしたらどうすんの!?」


「あぁぁ、それはまずい!! えー、じゃぁ、どこに隠すせばいいんですか!」


「知るか!?」


 感動系DVDの中に入っていた、まさかのエロDVDに、飛鳥は驚いた。


 なにより、知らなかったとはいえ、AVを持ちながら、あんな真剣な顔で悩んでいのかと思うと、少し恥ずかしくなってくる。


「あ、でも、神木くんが見たいなら見てもいいですよ!」


「はぁ?」


「ていうか、神木くんもAV見たり、エロ本読んだりするんですか!?」


「……っ」


 なんだか、怪しい話題に切り替わってきた。興味津々に聞いてくる大河は、まるで子供のよう。


「そう言えば、神木くんも妹弟もいますよね!? 家の中の、どこにエロ本隠してるんですか!?」


「っ……どこにって」


 ズイと身を乗り出してくる大河に、飛鳥はわずかに後ずさる。だが、その時──


「お前ら、何騒いでるんだ?」


 と、料理中の隆臣がやってきた。


 腕まくりをして、料理をする隆臣の姿は、いつものウェイター姿と違い、どことなく新鮮だ。だが


「橘ー! 神木くんが、エロ本の隠し場所教えてくれない!」


「あぁ、とかじゃないか? 飛鳥、旅行とか行かないから、ほとんど使ってねーだろ」


「あのさ! 憶測でモノ言うの、やめてくんない!?」


 まだ、始まってもいない男子会。


 だが、大河を交えた男3人で飲むということに、飛鳥は、漠然とした不安を感じたのだった。

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