第144話 情愛と幸福のノスタルジア⑱ ~家族~


 暫くして、唇が離れると、優しく微笑む侑斗と目が合って、ゆりは恥ずかしそうに頬を赤らめた。


「っ……近いっ」


「え? 今更?」


「だって……なんだか急に、恥ずかしくなってきちゃって」


 まるで、全身が火を噴くよう。ゆりは、先ほど重なった唇に指先だけでふれると、耳まで赤くし、その顔を俯かせた。


 キスひとつで、ここまで顔を赤くするなんて、こういうところは、まだまだ子供だなと、侑斗は微笑ましく思う。


 まぁ、また子供扱いなんてしたら、怒られそうだけど……。


「はは、そんなに恥ずかしがらなくても」


「っ……だって私、キス……初めて……なんだもの」


「!?」


 だが、その後予想外の言葉が返ってきて、侑斗はめをみはった。


「は、初めてって、いやいや、嘘だろ!?」


「嘘じゃないし!」


「いや、だって……」


 あんな、迫り方していて?

 だが、キスもしたことがないということは……


「もしかして、そっちの経験も無いのか?」


「……っ」


 多少、セクハラまがいなことを問いかければ、ゆりは再び顔を真っ赤にすると、その後、小さくコクッと頷いた。


「はぁ、マジか!? お前、経験もないのに、あんな誘い方してたの!? 今どきの女子高生どうなってんの!?」 


「そんなに驚かなくても良いでしょ!! そこそこ経験豊富な友達は多くて、それなりに知識はあるんだけど、ただ、その……じ、実践となると……さすがに」


(っ、だからあの時、怖がって──)


 前に抱きしめてしまった時、ほんの少し震えていたのを思いだして、侑斗は納得してしまった。


 だが、ゆりは義父に酷いことされかけて、毎晩怯えて暮らしてきた。


 だからこそ──


「そうか……だから、今まで大事に守ってきたんだな」


 そういって、またゆりを抱きしめ、侑斗が優しく頭を撫でると、ゆりの瞳からは、大粒の涙が溢れだした。


 怖かった。辛かった。苦しかった。


 だけど、やっと解放された。


 そして、こうして自身の初めてを、愛する人に捧げられることが、なによりも嬉しくて──


「ぅん、よかった……ッ」


 小さく小さく声を震わせるゆりの瞳からは、涙がとめどなく流れていく。


 それは、まるで、張りつめていたものが、すべて洗い流されていくようにも感じた。


(しかし、まさか、初めてとはな……)


 だが、それから暫くゆりをなだめていると、侑斗はゆりを抱きしめながら、また別の思考に陥っていた。


 キス一つしたことがない12歳も年下の女の子。


 これは、全く男を知らない純な女の子を、30のバツイチ男が毒牙にかけたみたいな……そんな感じになるのだろうか?


 あれ、なんか犯罪ぽい? 今更だけど。


 だが、はっきりいって、ゆりはかなり可愛いし、彼氏がいたことくらいあるだろう思ってた。


 それなのに、まさかキスすら、したことがないなんて…


(……本当に、いいんだろうか?)


 こんなバツイチ男が相手で───



「侑斗さん」


「?」


 すると、ゆりがまた花のような可愛らしい笑顔を浮かべて、侑斗をみあげた。


「私ね、今とっても幸せ」


 そういって、本当に幸せそうな笑みを浮かべゆりをみて、侑斗は──


「ふ……あははっ」


「え? なに、どうしたの?」


「いや、俺もう飛鳥の言った通りクズでいいや。年の差とか、世間体とか気にしない!」


「え?」


 クスクスと笑いをこらえる侑斗をみて、ゆりが困惑する。


 だが、そんな可愛らしいゆりの姿を見て、侑斗はまた小さく微笑むと、そのまま、ゆりの首筋に口づけた。


「ん、ちょっと……っ」


 シャンプーの甘い香りが鼻孔をくすぐって、気を抜けば、このまま食らいつきそうになる。でも──


「なに、ビビってんの?」


「だ、だって」


「今日は何もしないよ」


 そう言って、また首筋に口付けた。


 ちゅっ……とリップ音を響かせて、まるで遊ぶように肌の上を移動する。


 すると、ゆりは、侑斗に身体を預けたまま、暫く考え込むと


「……本当に、なにもしないの?」


「え?」


「いいよ、私なら」


「は?……って、お前、いきなりなに言って! だいたい俺が今、どれだけ我慢してると……!」


「だから、我慢しなくていいっていってるの!」


「いいわけないだろ!」


「いいの! さっきの言葉、侑斗さんと家族になってもいいってことだよね。なら、私──侑斗さんの子供がほしい!」


「……っ」


 しがみついて、ハッキリとそう言われて、心臓がドクンと波打った。


 ゆりの表情は真剣で、その言葉が冗談でないことが、強く伝わってくる。


「子供って……そんなに、欲しいのか?」


「うん。だって……妹弟がいたら、飛鳥も一人で寂しいなんて思ったりしないでしょ?」


「……え?」


 ──独りは、寂しい。


 それは、ずっと部屋の中に一人閉じ込められていた飛鳥が、逃げ出したあの日、ゆりに言った言葉らしい。


「私もね、兄弟欲しかったの。叶わなかったけど」


「そういえば、俺も、そう思ってたことがあったな」


 一人っ子が悪いわけではないけど


 親に恵まれなかったからか、妙に憧れたたことがあった。


 ただの「ないものねだり」だったのかもしれないけど──


「ねぇ、侑斗さん。私、この先ずっと、侑斗さんと飛鳥と、一緒にいてもいいんだよね?」


 するとゆりは、またいつものような、ふわりした優しい笑みを浮かべて、侑斗に問いかけた。


 侑斗は、その言葉を聞いて、再びゆりの頬に触れると


「あぁ……俺ももう、ゆりのいない生活は、考えられない。ゆり、俺と──」


 ──結婚しよう。


 そう囁いて、互いにみつめ合えば、またどちらともなく口付けあった。


 親には恵まれなかった。

 家族には恵まれなかった。


 でも、今度こそ


 愛し合って

 支えあって

 家族を増やして


 笑いの絶えない、幸せな家庭を築いていこう。




 君と、あなたと



 二人で───…







 パタタタタ……


 だがその瞬間、部屋の外から小さな足音が駆け寄って来る音が聞こえた。


 パタパタと可愛いその音は、部屋の前で止まると、その瞬間、突然部屋のドアが開かれた。


「お父さん!! ゆりさん、知ら」


 入ってきたのは、飛鳥。


 だが、その目には、父がゆりさんを抱きしめている姿が見えて、飛鳥は見慣れない光景に首を傾げる。


「二人とも、なにしてるの?」


「飛鳥!? あ、いや! まだなにもしてない」


「まだ?」


「侑斗さん! いいから離れて!!」


 飛鳥にとんでもない所を見られてしまい、ゆりが、侑斗を慌てて引き剥がす!


 だが、ある意味セーフだ。

 よかった。ほんと、よかった!!


 その後、侑斗がゆりから離れると、今度は飛鳥が勢いよくゆりに抱きついてきた。


「ゆりさん、勝手に帰っちゃったのかと思った!」


 瞳を潤ませ、見上げてくる飛鳥。きっと、ゆりがいないのに気づいて探しにきたのだろう。


「あはは、ごめんね。ゆりさん、勝手にいなくなったりしないよ」


「本当? 絶対?」


「うん……」


 その言葉に、またきゅっとしがみついてきた飛鳥をみて、ゆりは、目を細める。


「ねぇ飛鳥……私、飛鳥のお母さんになってもいい?」


「え?」


「……飛鳥が許してくれるなら、私この先、ずっと一緒にいられるよ」


 ずっと一緒──


 その言葉の意味を理解したのか、飛鳥はその後嬉しそうな笑みを浮かべると


「うん! ずっとずっと俺たちと一緒にいて……!」


 その言葉を聞いて、侑斗が飛鳥の頭を撫でると、ゆりもまた嬉しそうに笑った。


 そして、幸せそうな二人の笑顔をみて、侑斗は願う。


 どうかこの幸せが



 永遠に続きますようにと──





 ◇


 ◇


 ◇




「あ! そうだ! 私が飛鳥のお母さんになるってことは、飛鳥を私好みのイケメンに育て上げることが可能ってことだよね♪」


「なんだ、そのエセ光源氏計画。やめてくれ」


「?」


 だが、その後侑斗は、ゆりが飛鳥を育てたら、一体どう成長するのだろうか?と、ほんの少しだけ不安を感じたのだった。

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