死と絶望の果て【過去編】

第145話 死と絶望の果て⑥ ~安らぎ~


 それから4年後──

 それは、まだ寒い、2月下旬のことだった。


 その頃の神木家は、双子が生まれる少し前のタイミングで、マンションから一軒家へと引っ越していた。


 閑静な住宅街の中にある、少し古びた3LDKの平屋。和室と洋室が混在する少し和風のその家は、築年数はそこそこ経っているため外観は古いが、内装はそうでも無く、小さな子供がいるその頃の神木家にとって、そこそこ過ごしやすい家でもあった。


「「にーい!あちょぼー遊ぼう」」


 だが、そんな過ごしやすい我が家で、一際騒がしいのが、当時2歳の華と蓮だった。


 華と蓮は、居間にある長テーブルで、プリントを広げ宿題をしていた飛鳥(8歳、小学2年生)に、後ろからのしかかりながら、大きく声を上げていた。


「痛いよ、髪引っ張るな。俺、今宿題してるっていっただろ!」


 そして、そんな双子に、勉強の邪魔をされた飛鳥が、二人を押し退けながら声を荒らげる。だが……


「ああぁーやだぁぁ!! にーにぃのばか~~~ッ」

「うわぁぁぁぁぁん!」

「……っ」


 兄から邪険に扱われ、華と蓮が再びけたたましい声を発する。そして、それを見て、飛鳥は深くため息を着いた。

 学校から帰ってから、ずっとこの繰り返しなのだ。さすがの飛鳥も、そのイライラがピークに達したらしい。


「あーもう、泣くなって!? 近所迷惑になるだろ!」


「「えーーん!!」」


「もう! お母さーん、華と蓮が邪魔するー!」


 すると、台所で夕飯を作っていたゆりに飛鳥が泣きつくと、その声を聞きつけ、ゆりが居間に顔を出した。


(相変わらず、うちは騒がしいなー)


 見ればそこには、華が飛鳥の腕に抱きつき、蓮は飛鳥の筆箱で机をバンバン叩きながら、飛鳥を困らせていた。


 子供が3人もいると、なかなか静かになる暇もない。


「ほーら、華、蓮! 飛鳥の邪魔しちゃだめよー」


 飛鳥にまとわりつく華と蓮に、ゆりが近寄り声をかけると、2人は「ままー」と叫びながら、ゆりにを抱きついつきた。


「にーにが、あじゅんべぶべなぃ!遊んでくれない


「あはは、お兄ちゃんは、お勉強してるんだよ? 華と蓮はお絵かきおわったの?」


「もーちないのー」


「そっか~……(もう、飽きたのか)」


 子供とは気まぐれなものである。先程までクレヨンで大人しくお絵かきをしていたかと思えば、飛鳥が帰るなり、このありさま。


「飛鳥は、宿題はあとどのくらいかかるの?」

「邪魔されなきゃ、すぐ終わるよ」


 ゆりが、飛鳥の側で、華と蓮をなだめながら問いかける。すると飛鳥は少し不機嫌そうに返事を返してきた。それを見て、ゆりは


「飛鳥~」


「!? ちょっ、いきなり何っ?」


「だって、飛鳥今日は少しイラついてるみたいだから」


「……」


 どうやら、息子の様子がいつもと少し違う事に気づいたのか、ゆりは後ろからギュッと飛鳥を抱きしめ声をかけた。


「学校で、何かあった?」


 その言葉に、飛鳥は少しだけバツが悪そうな顔をした。


 だが、母に抱きしめられると、凄く安心する。

 それは、出会ったあの時から


 ──ずっと変わらない。


「あのね、お母さん……」


「ん?」


「……」


 だが、一瞬喉まで出かかった言葉を、飛鳥は再び飲み込むと


「……うんん。やっぱり、何でも無い」


 そう、呟くと、飛鳥はまたプリントに視線を戻した。ゆりは、そんな飛鳥をみて、どこか不安げな表情を浮かべた。


 最近少し、様子がおかしい気がする。


「……飛鳥。私はね、飛鳥が楽しそうに笑ってる顔が大好きだから辛そうにしてると、やっぱり心配になるよ。だから、もし何かあるなら、ちゃんと話してね?」


 ──楽しそうに笑う顔が大好き。


 それは、飛鳥の顔が大好きよと言っといた産みの母の言葉とは対照的で、飛鳥は自分を抱きしめる母の手を掴み、嬉しそうな笑みを浮かべる。


「……うん、ありがとう」


 母がいる。父がいる。妹も弟もいる。

 家族みんなで笑っていられる。


 それは、飛鳥にとって、何よりも幸せなことだった。


 でも、だからこそ──



(言ったら……きっと、心配する)



 飛鳥は、そう強く思う。


 笑っていられる今を壊したくない。


 だから、家族に心配をかけたくない。



「「にーにー、あちょぶー」」


 すると、華と蓮が再び飛鳥に抱きつき遊びの催促をしてきた。そんな二人に飛鳥は


「華、蓮、今は無理だよ。後で遊んであげるから、少しだけ待ってて」


 押し倒す勢いで抱きつく2人に優しく声をかけると、じゃれあう3人をみて、ゆりは顔をほころばせた。


(ふふ、やっぱり飛鳥は、華と蓮に甘いなー)


 何だかんだ言いながら、飛鳥はとても面倒見が良い。華と蓮がいたずらをして、ゆりが叱ると、いつも飛鳥が、かばいに来る。


 このままいけば、華と蓮はいつかブラコンになるのでは……と、ゆりは思う。


(まー、こんな優しいお兄ちゃんなら、仕方ないか)


 少し前まで、ただただ可愛いかった飛鳥も、最近めっきり男の子らしくなってきた。


 まだ、見た目は女の子みたいではあるが、やっぱり喋り方も考え方も男の子。


 成長とは嬉しくもあり、少し切なくもある。




「ただいまー」


 すると、そのタイミングで、侑斗が仕事から帰ってきた。


「「とーと!」」


「おかえり、侑斗さん」


「あはは、もしかして、この2人、また飛鳥の邪魔してるのか?」


 見れば、宿題をしている飛鳥にまとわりつく双子の姿。侑斗は苦笑いを浮かべながら居間に入ると、仕事用のビジネスバッグをおき、テーブルの前に座り飛鳥に声をかける。


「飛鳥、分からないところはないか?」


「ないよ」


「とーとぉ!、はなとれんもねー」


「かきかきちたよー」


 すると、華と蓮が侑斗に画用紙をもって押しかけてきた。見ればその画用紙には、〇やら△やらが、たくさん書いてあった。


「へー上手いな~♪(何を描いたんだ、これ?)」


 見た目でなにかは変わらないが、一生懸命描いたのは伝わってきた。すると、その瞬間、ゆりが、侑斗に向けて手を合わせた。


「ねぇ、侑斗さん。悪いけど、華と蓮みてて! 私、まだ料理の途中なのー」


「ああ、べつにいいよ」


「本当! ありがとう~、後でサービスして、肩揉んであげるね♪」


「あはは、それは嬉しいなー、でも、どうせならもっと大人なサービスのほうが」


「子供の前でなに言ってんの?」


 侑斗の言葉に、少し顔を赤らめながら、ゆりが迷惑そうに答えた。


 昔は、ゆりの方がそう言ったネタで、侑斗をからかっていたが、どうやら最近、立場が逆転しているようだった。


 だが、ゆりはその後、侑斗に「子供たちが寝たらね…」と、耳うちすると、パタパタと居間から出ていった。


 初めは12歳も離れた歳の差に、不安を感じた時もあったが、今も変わらず、二人は仲が良い。


「とーと!」

「!」


 すると、華がニッコリと笑いながら、侑斗に抱きついてきて、その無邪気な笑顔を見て、侑斗は目を細めた。


 一度、うしなったからなのか?


 こうした、なんでもない普通の幸せが



 やけに胸に染みる──




「お父さん、幸せだな~」


「ねえ、お父さん」


 すると、今度は宿題をしている飛鳥が、侑斗に声をかけてきた。


「ん? なんだ飛鳥?」


「蓮が、お父さんのバッグあけてる」


「!?」


 飛鳥の言葉に、侑斗が振り向くと、そこでは蓮が侑斗のバッグからノートパソコンを取り出し、なぜかバシバシと叩いていた。


「あああ?! 蓮やめろ!! パソコンは勘弁して!?」


「まね~」


「え!? それ俺のマネなの!? お父さん、パソコン破壊してるように見える!?」


「はなもー」


「いや、華ちゃん!? コラ! ちょ、待って!?」


(……うるさい)


 そして、父が増えたことにより、更に騒がしくなったと、飛鳥は黙々と宿題をしながらそう思ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る