第392話 着替えと女装


 その後、廊下の奥へ進み、脱衣所の前まで来ると、飛鳥は目の前の引き戸を開けた。


 ガラッと扉が開き、中を見れば、そこには、こじんまりとした脱衣所があった。


 洗濯機と洗面所。単身者向けの一般的な脱衣所だ。だが、その奥にお風呂があるのが見えて、飛鳥は、中に入るのを躊躇する。


(アイツ、普通に脱衣所に通したけど、よかったのかな?)


 いわゆるここは、あかりが常日頃、服を脱ぎ入浴をしている場所。そんな場所に、男を入れてよかったのか?


 これは、何も考えてないのだろうか?

 はたまた、俺を男として見ていないのか?


(いや、まぁ、完全にだよな)


 だが、その後、あっさり答えは出で、飛鳥は深いため息をついた。

 あかりにとって自分は、平気で脱衣所に押し込めるようななのだろう。


(俺、そんなに女っぽいかな?)


 異性と意識できないほど?


 ちょっと虚しくなったか、飛鳥はその後、中に入り、扉をしめた。

 

 荷物を置いて、鏡を見つめる。すると、その瞬間、花のような香りが身体中を包んだ。


 それは、まさにあかりの匂いだった。

 だが、そう気づいたら瞬間、柄にもなく動揺する。


(っ……やっぱ、脱衣所はまずかったかも)


 あかりの香りが染み付いた場所。

 そのせいか、余計に意識してしまった。


 こんな場所で、落ち着いて着替えなんて、できるはずがない。だが、今更後悔しても仕方ない。飛鳥は、袋の中から女装服をとりだすと、それを脱衣所のカゴの中に入れた。


(……早く着替えて、ここを出よう)


 そう思い、着てきた上着を脱ぎ、すぐさま中のシャツに手をかけた。だが、シャツを脱ぎすてた瞬間、ふと鏡の中の自分と目があった。


 長くて綺麗な金色の髪と、海のように深いブルーの瞳。顔立ちは中性的で、確かに女性と見間違うほどに美しい。だけど……


「身体は……完全になんだけどな」


 骨格も、声も、心だって、何もかもが──男。

 それなのに、なぜ少しも意識してくれないのか?


 その後、小さくため息をつくと、飛鳥はズボンのベルトに手をかけた。


 いくら好きな女の子のお願いとはいえ、その好きな子の家で、服を脱いで女装をする。


 そんな自分が、少しだけ――みじめに感じた。



 *


 *


 *



(やっぱり、脱衣所をすすめたのは、間違いだったかな?)


 その後、ケトルでお湯を沸かしながら、あかりはお茶をいれる準備をしていた。


 この狭い家で、着替えができる場所なんて限られてる。このリビングか、あとは脱衣所のみ。


 だが、恥ずかしさをかかえつつも、あえて脱衣所を進めたのは、彼にを、遠まわしに伝えるため。


(ここまですれば、気づくよね?)


 自分が異性として意識されてないとわかれば、きっと諦めてくれる。


 どんなに優しくしても、どんなに甘い言葉を囁いても、振り向かない女だとわかれば──


 だが、お風呂場を好きな人に見られるが、こんなに恥ずかしいなんて!


(あぁ、もう、やっぱり脱衣所はやめとけばよかった……なんでこんなに恥ずかしいの……直接、裸を見られてる訳でもないのに)


 ちなみに、脱衣所もお風呂場も、しっかり掃除をしたし、見られて困るモノは何一つない。


 なんせ、今日は、下着や着替えはおろか、バスタオルや歯ブラシですら、目に付かない場所に隠したのだ。

 それなのに……


「もぅ……意識、しすぎ……っ」


 自分の動揺具合に、呆れ果てる。


 前は、こんなこと一切なかった。だけど、両思いだと気付いたあの瞬間から、この感情は、日増しに大きくなっていった。


 好きな人が、同じ空間にいる。

 ただそれだけで、窒息しそうなくらい胸が苦しくなる。


 溺れてしまうのが、怖い。

 早く抜け出さないと、もっと苦しくなる。

 

 それは、はずなのに――…

 



 ――コンコン!


「……!」


 瞬間、リビングの扉が鳴って、あかりは息を詰めた。扉を鳴らす相手は、一人しかいない。


 さっき着替えに行った、神木さんだ。


「あかり、着替え終わったよ。入っていい?」


「あ、えっと……」


 飛鳥にそういわれ、あかりは、忙しない感情をすぐさま押さえ込んだ。


 今、顔を合わせて、大丈夫だろうか?

 少しだけ不安になる。


(だ、大丈夫だよね。落ち着こう……女の子に変身していれば、もう下手に意識することもないはずだし……)


 そうだ。目の前にいるのは女の子。

 そう思えばいいのだ。


「はい、どうぞ」


 明るく返事をし、あかりは、いつも通り飛鳥を招き入れた。


 どんな服を着ているだろう?

 そう思うと、別の意味で気持ちが高鳴った。


 すると、リビングの扉が、ゆっくりと開いて、中にが入ってきた。


 繊細なフリルがついたシフォンブラウスに、レースのあしらわれたクラシカルなジャンバースカート。そして、首元には大きなリボンとブローチ。


(ふえぇぇ、なにこれ、めちゃくちゃ可愛い!!)


 その飛鳥の姿は、まさに、を着た、眩いばかりの美少女だった!





✣✣✣


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